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それ、褒めてますか?認めてますか?

私は昔、
「褒めるのが上手い人」
になりたいと思っていました。

周りには、
人を褒めるのが上手くて、
チームを動かすのが上手い人がいました。

言葉をかければ、
人が動く。

空気が良くなる。

モチベーションが上がる。

正直、
すごいなと思っていました。

それに比べて、
当時の自分の周りには、

「言われたことをやらない」
「思ったように動かない」

そんなスタッフも多かったんです。

だから昔の私は、

“自分は褒め方が下手なんだ”

と思っていました。

でも、
人と関われば関わるほど、
少しずつ違和感が出てきたんです。

私は昔から、
あまり「褒める」が得意ではありません。

でも不思議と、
「褒めるの上手いですよね」
と言われることがあります。

ただ、自分の感覚としては、
褒めているというより、

尊敬したり、
感謝したり、
純粋に「なんでそれできるんだろう」と
興味を持っている感覚に近いのです。

だから、

「良く出来たね」

という言葉は、
ほとんど使いません。

むしろ、

「ありがとう」
「助かった」
「すごいね」
「どうしたらできるの?」

そんな言葉の方が自然に出てきます。

昔は、
この違いをうまく言語化できませんでした。

でも人と関わる中で、
少しずつ気づいたんです。

自分が違和感を持っていたのは、

“人を動かすための褒め”

だったのかもしれないと。

もちろん、
褒めること自体が悪いわけではありません。

ただ、
「褒めれば伸びる」
「褒めれば動く」

という考え方には、
どこか相手を操作するような感覚がある。

そしてその空気は、
案外相手にも伝わります。

敏感な人ほど、

「あ、今コントロールされたな」

という違和感を持つ。

だから私は、

“褒める技術”


みたいな言葉が少し苦手です。

実際、
現場で強く感じることがあります。

“褒め”で動く人は、
言われたことしかやらなくなる。

もちろん最初は動きます。

評価されたいから。

期待に応えたいから。

でも、
基準が常に
「相手からどう見られるか」
なので、

次第に、

「何をしたら褒められるか」

を探すようになります。

すると、
言われたことはやる。

でも、
言われていないことはやらない。

失敗しそうな挑戦も避ける。

なぜなら、
減点されたくないからです。

正直、
それを見ていて、
私はあまり面白いと思えませんでした。

でも、
最近ふと思うことがあります。

当時、
私の思った通りには動かなかったスタッフたちは、
今どうなっているのだろうと。

気づけば、
その子たちの多くが、
今では責任者になっています。

役職について、
チームを持って、
中には私より上の立場になっている人もいます。

もちろん、
理由はそれだけではないと思います。

でも今振り返ると、
彼らは最初から、

“誰かの正解をなぞる”

より、

“自分で考えたい人”

だったのかもしれません。

だから、
簡単には人の期待通りに動かなかった。

でもその性質こそが、
長い時間をかけて、
人を引っ張る力になっていったのだと思います。

一方で、
承認されている人は少し違います。

結果だけではなく、

向き合い方や、
考えている過程を見てもらえている人は、

課題に対してクリエイティブです。

自分で考える。

工夫する。

試してみる。

それは、

“評価を取りにいく”


というより、

“自分の意思で関わっている”

状態に近いのだと思います。

後から知ったのですが、
これは Alfred Adler の
「横の関係」
という考え方に少し近いのかもしれません。

アドラー心理学では、
“褒める”という行為に慎重です。

なぜなら、
褒めるには、

「評価する側」
「評価される側」

という上下関係が生まれやすいからです。

だからアドラーは、

“褒める”より、
“勇気づけ”を大切にしていました。


それは、
上から評価することではなく、

相手を一人の人間として尊重する関わりです。

私自身、
現場で人と関わる中で感じるのは、

人は、
上手く褒められた時よりも、

「ちゃんと見てもらえた時」

の方が変わるということです。

結果ではなく、
向き合い方を見てもらえた時。

評価ではなく、
理解しようとしてもらえた時。

人は安心して、
少しずつ前に進めるのだと思います。

だから私は、
これからもあまり上手に褒められない事があるかもしれません。

でもその代わり、

「ありがとう」
「助かった」
「そこ尊敬する」

そんな言葉は、
大事にしていきたいと思っています。


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