池袋で、知らない兄ちゃんに負けた。。。
今日、池袋の東口を歩いていた。
駅前で突然、音楽が聞こえてきた。
「あ、高嶺の花子さんだ」
back numberの『高嶺の花子さん』。
学生の頃、カラオケでよく歌った曲だ。
めちゃくちゃ好きだったわけじゃないけど、まあ青春時代の曲ではある。
イントロを聴くと、なんとなく当時のことを思い出す。
「どっかで流してるのかな」
と思って音のする方を見ると、路上ライブだった。
「ああ、歌うんだ」
と思って、ちょっと立ち止まった。
で、聴いてみた。
……まあ。
正直、そんなにうまくない。
いや、歌が好きなのはすごく伝わる。
でも、うまいかと言われたら、
「うん……まあ……」
くらい。
何様なんだ、俺は。。。
審査員か!
と思いながら聴いていた。
しかも、そんなに人も集まっていない。
通り過ぎていく人の方が多い。
たぶん本人からしたら、まあまあ恥ずかしい状況だと思う。
でも、普通に歌っている。
そこで、なんか変な感情が出てきた。
「俺、この人に負けてるな」
って。
いや、歌じゃない。
度胸の話。
だって俺、池袋の駅前で一人で歌えないもん。
しかも、そんなにうまくない状態で。
人も全然見てない状態で。
「うわ、あの人歌ってる」
くらいの感じで通り過ぎられながら。
それでも歌う。
これ、俺にはできない。
なんなら、うまかったらまだ分かる。
めちゃくちゃ歌がうまくて、
「俺は歌で食っていくんだ」
みたいな人なら、
「まあ、そりゃやるよね」
とも思える。
でも、そうじゃない。
うまいわけでもない。
人が集まっているわけでもない。
それでもやっている。
そこに、ちょっと負けた気がした。
こういう感覚、RIZINを見ていてもたまにある。
最近、総合格闘技を見るのが好きなんだけど、興行だから、実力派の選手だけじゃなくて、いわゆるエンタメ枠みたいな選手も出てくる。
当然、いろいろ言われる。
「なんでこの選手が出るんだ」
とか。
負ければめちゃくちゃ叩かれる。
そもそも出場すること自体を叩かれることもある。
でも、俺はそういう選手を見ると、
「すげえな」
と思ってしまう。
格闘技として強いかどうかとは別の話。
その場所に出ていくこと自体がすごい。
だって、みんなに見られるから。
勝てば評価される。
負ければ叩かれる。
変なことを言えば、さらに叩かれる。
それでも出る。
しかも、周りの評価を気にして無難に振る舞うわけでもなく、
「俺はこう思う」
と、わりと好き勝手言う。
ああいうのを見ると、
「俺にはできんな」
と思う。
大人になると、恥をかかなくなる。
というより、
恥をかかないようにするのが上手くなる。
自分ができることをやる。
得意な場所に行く。
失敗しそうなことは避ける。
変なことを言わない。
できるだけ格好悪くならないようにする。
たぶん、それ自体は悪いことじゃない。
むしろ社会人としては、ある程度必要だと思う。
でも、ふと思う。
それって、そんなに格好いいのか。
俺自身、今はわりと自分の得意な場所で仕事をしている。
教育なら、それなりにできる。
noteを書くのだって、まあ自分の得意な方だと思う。
だから、こういうことをやっている。
でも、考えてみたら、
全部、ある程度できることなんだよなぁ。。
そりゃ、失敗もしにくい。
恥もかきにくい。
だって、自分がある程度できる場所を選んでいるから。
そう考えると、
「俺、最近ちょっと安全なところにいるな」
と思った。
別に、恥をかけばいいという話ではない。
何でも挑戦すればいいとも思わない。
ただ、
「恥ずかしいからやらない」
という理由でやめていることは、たぶん結構ある。
大人になるほど、
「それやったら恥ずかしいよ」
というセンサーが強くなる。
子どもの頃は、もっと適当にやっていた気がする。
やりたいからやる。
面白そうだからやる。
失敗したら、
「あー失敗した」
で終わる。
それがいつの間にか、
「失敗したらどう思われるか」
まで考えるようになる。
で、結局やらない。
その結果、まあまあちゃんとした大人にはなる。
ただ、たまに思う。
ちゃんとしてるけど、面白くないな、と。
今日、池袋で路上ライブをしていた兄ちゃんを見て、そんなことを考えた。
歌は、まあ、そんなにうまくなかった。
でも、俺にはできないことを普通にやっていた。
それだけ。
だから、ちょっと負けた気がした。
たぶん明日になったら本人のことなんて忘れている。
向こうも俺のことなんて知らない。
それでいい。
ただ、たまにはこういう、
「俺、これできないな」
と思わされる人を見た方がいいのかもしれない。
最近ちょっと、できることばっかりやってたから。
路上ライブすげえや
