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午 歌舞伎座 六月大歌舞伎 夜 『華舞於河賑』『盟三五大切』<白梅の芝居見物記> 

 華舞於河賑(ハナガマウオガワノニギワイ) 俄獅子

 非常に微笑ましくまた見応え十分な一幕です。
 七代目尾上菊五郎御大のお姿がないのは寂しい限りですが‥
 中村梅玉丈を中心に、尾上松緑丈、尾上辰之助丈が小川家総出の一幕に華を添えて、江戸歌舞伎の粋とも言える舞台になっていると思います。

 大ベテランからベテラン、中堅、若手、そして未来を担うちびっこ役者が一堂に会した賑わいはまた格別です。
 泉下の三代目中村時蔵丈や小川ひなさんがさぞや喜んでおられるだろうと思います。

 「俄獅子」は江戸時代に年中行事になっていた吉原の俄(往来で行われる即興劇)という趣向で、手古舞に獅子舞をさせたのが始まりなのでしょう。
 幕末から明治期に活躍した豊原國周の浮世絵では手古舞が獅子舞を担っていたことを思わせます。
 江戸の祭礼で山車を警護した鳶職のことを手棍前(テコマエ)と言ったようですが、その形を真似た衣裳を着て祭礼で練り歩く女性達を手古舞と呼ぶようになっていったと言われます。

 現行のように鳶頭や鳶、芸者の、粋でいなせな舞踊に変化していったのはいつ頃のことなのか‥。

 今回、ちびっこ達に手古舞の風俗をさせ、女形陣は遊女というより深川芸者のような、張りと意気地を醸し出して色を競っています。
 鳶たちは威勢がよく、鳶頭の皆さんの醸し出すいなせな色気は、江戸歌舞伎の一番の魅力であると私には感じられます。

 盟三五大切(カミカケテサンゴタイセツ)

  本作は四世鶴屋南北作、文政8年<1825>10月江戸中村座初演されました。
 『東海道四谷怪談』の後日譚とし上演されましたが、評判が悪くその後上演が途絶えていた作品です。近代に入りまずは歌舞伎以外で再度日の目を見ることとなります。

 歌舞伎では郡司正勝補綴・演出で昭和51年<1976>8月国立小劇場で復活上演されたものが今につながっています。

 本作は、並木五瓶作『五大力恋緘(ゴダイリキコイノフウジメ)』の書替え狂言としての側面もあります。
 『五大力恋緘』は寛政6年<1794>2月大坂中の芝居の二番目として上演されたものが評判となり独立させて上演されるようになっていきます。
 寛政7年<1975>正月江戸都座において、大坂の世界を江戸の世界にすべて書替えて上演され、大好評を博しました。

 『五大力恋緘』も『盟三五大切』も、実は初演当時の政治状況や社会心理と非常に密接したテーマをもって書かれた作品だと私は考えています。
 殊に『盟三五大切』は、身分や階級制への皮肉などと言う次元ではない社会劇としての思想性を内包している深さがあります。 
 ただその点に関しての詳細な考察は、別の機会に譲りたいと思います。

 本作の肝はやはり喜劇性をまといながら政治や社会、人間というものを客観的に鋭く描き出しているところにあるのだと思います。
 その冷静で乾いた視点は、長い下積み経験から花開かせた人間や社会に対する深い洞察力に裏打ちされていることは確かでしょう。

 深刻な状況でさえ笑いの中に描き出す。
 したたかな人間の行為の中に、真摯に生き抜こうとする生命力というものを見い出そうとする。
 南北は人間を決して諦めない。どんな悲惨な状況でも、人間の根底にある力を信じ、信じさせてくれる。
 そんな作者であるように私には思われます。

 凄絶な殺しの場面に衝撃を受けている見物も少なからずいるようです。
 ただ、本作は登場人物の心理に異常性を感じさせることはない作品だと思います。

 例えば同じ四世鶴屋南北の『霊験亀山鉾(レイゲンカメヤマボコ)』が平成29年国立劇場で上演された時には、悪人の策謀にまんまと返り討ちにあってしまうところを丁寧に見せられてしまい、目を背けたくなるような、いてもたってもいられない感覚にさせられました。
 さすがに、令和5年2月歌舞伎座における所演の時はかなり緩和されていましたが‥

 それを思えば、本作が猟奇的作品とは言えないことは確かです。

 ただ、まだ初日に近いAプロでは、喜劇性が中途半端で、三五郎がどういった人物であるかがうまく描ききれていなかったからだと思います。源五兵衛の切れ味するどい冷徹さだけが、必要以上に観客の脳裏に植え付けられてしまったことは確かです。
 あまりにも歌舞伎味の薄い近代的な色合いの強い芝居という印象でした。
 それはそれで面白かったのですが‥

 歌舞伎は先人の舞台の素晴らしさが、まず役者にも見物にもある芝居です。
 そのため、本作が源五兵衛中心の芝居であるように思いがちだと思います。

 ただ、Bプロを拝見して、三五郎役者の存在感の大きさ、その重要性を思わないではいられませんでした。
 本作の面白さは、この三五郎が如何に生き生きと、喜劇性をもって、しかも真摯さと情の深さのある、実は愛すべき人物として描かれるかがとても重要であること実感させられました。

 Aプロ、Bプロそれぞれに、それぞれの面白さがあります。
 源五兵衛に役者それぞれの個性が表われていて、その違いを見ることも見物の醍醐味だと思います。
 違いでいくと、私としてはやはりAプロの本水を使った源五兵衛の引っ込みがとても印象に残りました。

 中村勘九郎丈、尾上松也丈の源五兵衛と三五郎、中村七之助丈の小万の熱演がやはり一番の見所であることは確かでしょう。

 中村又五郎丈の助右衛門と中村歌昇丈の八右衛門の芝居が光りました。

 それ以外の脇を固める役者さんもそれぞれに存在感をしめしていて、芝居に厚みを持たせて下さるのに大いに貢献していたと思います。
 世話物では殊に、本当に周りの役者さんの一つ一つの芝居が如何に重要かを実感させられます。
                     2026.6.13

 

 

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