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巳 歌舞伎座 七月大歌舞伎 昼『大森彦七』『船弁慶』『高時』『紅葉狩』<白梅の芝居見物記>

新歌舞伎十八番四作品一挙上演という試み

 暑いさなかではありますが、新歌舞伎十八番の一挙上演を試みたその心意気には賞賛を送りたいと思います。
 新しい歌舞伎作りに励む一方で、力及ばずとも(?)古典に果敢に挑戦していこうとする姿は尊いものがあると私は思います。

 また四作品が並ぶと、今まで漠然と捉えていた九代目市川團十郎丈がどういった役者であったかを考え直す機会ともなり、私自身とても大変勉強になる舞台を拝見させて頂くことが出来たと思います。

 九代目は自身の得意とする作品群である「新歌舞伎十八番」を制定しその数は32種とも40種とも言われますが、今ではほとんどがどういった作品でっあたかも残っていないのでわかりません。
 一方、いくつかの作品は今も繰り返し上演され、古典作品として演じ継がれています。

 九代目が如何に「芸」で魅せる役者であったか、今回実感しました。

 大森彦七

 福地桜痴作、明治30年<1897>10月明治座初演。
 近代的な時代考証を作品に取入れようとした<活歴物>と呼ばれるジャンルの舞踊劇と位置づけられます。
 九代目は新しい時代の「時代物」として活歴劇に積極的に取組んでいました。

 この『大森彦七』は今日そう多く上演される機会がある作品ではありません。今回も26年ぶりとのことです。
 九代目以後、七代目松本幸四郎丈が度々演じ普及させたようです。
 私は今回が初めての拝見であるのか、前回の上演をよく記憶していないのですが。
 役者の芸、役者の魅力で見せる、実は大変面白い作品であると私には思われました。

 渥美清太郎氏は拙い作と評されています。 
 が、九代目のような芸達者な役者が演ずれば、どこまで面白くなるのであろうかと、可能性を内に秘めた作品であるように私には思われます。
 時代の好みに合わない、もしくは役者や観客の好みに合わない時代がもしかしたら続いていたのかもしれません。
 これから可能性が再認識される時代になってくる作品のように私には思われます。

 数ある活歴物の中でも本作は、享保13年<1773>年4月竹本座初演の人形浄瑠璃『車還合戦桜』を種としていることもあるのでしょうが、舞踊劇としてしっかりと纏まっているように私には思われます。

 大森彦七の市川右團次丈が健闘していると思います。もちろん、役の人物としての大きさ、愛嬌、味わい、どれをとってもまだまだ上を目指して頂きたいとは思うのですが。この作品の面白さ、可能性を十分見せて下さる舞台であったと思います。
 大谷廣松丈の千早姫。清潔感があり真摯にこの役に取組んでいる姿が千早姫の人物像に重なって、彦七の行動に説得性を持たすのに大いに貢献していたと思います。

 船弁慶

 能の『船弁慶』を歌舞伎に移した松羽目物。
 能においても度々上演される人気の高い演目だと思います。
 ただ、能においても前シテの静と、後ジテの知盛を同じ役者が何故演じるのか、まだ私にはわからず難しい作品と感じています。
 能で陶朱公の故事を引いて〽功なり名遂げて身を退くは天の道と心得て‥、遠島を楽しむ」ことを静としては願いつつ、義経としては西国に落ちることを怨霊により阻まれてしまう。阻まれたのは義経の宿命だったかもしれない、そうしたことを描いているのでしょうか‥。

 役者のやりがい、曲や演出の面白さ故に残っていると言えるだけなのかもしれませんが‥。
 少なくとも歌舞伎にとってはそうした演し物と言えるかもしれません。

 清和源氏を考える際に言及したことですが、「長刀」を使う武人というのは実は女性です。
 ただ、『義経千本桜』の「大物浦」が、がっちりとした体躯の男性らしさが強調される演し物として確立している今の歌舞伎において、そうしたことをここで云々する気は毛頭ありません。
 男らしい骨格の役者が知盛を演じる迫力はやはりそれだけの魅力が確かにあり、それが作品世界を壊すことにつながることもないのですから‥。

 その一方で、男らしさに重きをおいた結果、『船弁慶』では前半の静の舞がどうしても加役的なものに終わってしまいかねない傾向があるのも事実だと思われます。
 その静に果敢に臨んでいこうとする姿は確かに尊いものがあります。
 ちょっとしたところに静としての情を出そうとしているのも今時の役者さんらしい試みだとも思います。

 ただ、加役的な静をも一個の歌舞伎役者として見せ場としていこうとするのであれば、どういった舞を目指そうとしているのか。
 そういった覚悟が伝わるまでにはまだ思い入れが足りないようにも思われます。

 後半部分の知盛は他の役者では見たことがない、ある意味「妖怪」とも言えるような独特な味わいを出していました。
 良し悪しをここで言うつもりはありません。
 妖しさやスピード感、迫力を優先しそれを観客が面白いと受入れるのであれば、それも一つの舞台の在り方だとは思います。

 中村梅玉丈が義経ではなく舟長にまわり、中村虎之介丈に義経を抜擢しているのも、芸の味わいより力のぶつかり合いを優先させる舞台作り優先させたが故でしょう。

 史書が語ることによれば、西国に落ちようとした義経は大物浦における暴風のため難破し西国行きを断念しています。
 能において知盛の怨霊は弁慶の祈りにより払いのけられ引き潮の白波の中に消えてゆき、そしてその後は静寂が訪れる。そういった余韻を残すイメージで詞章が書かれているように私には感じられます。
 團十郎丈の描く知盛の怨霊はどこにいくのでしょうか‥
 静寂の中に消えていったのでしょうか‥
 今の心理主義的な作品の捉え方では、なかなか手に負えない作品であることは確かでしょう。

 高時

 明治17年<1884>11月猿若座で『北条九代名家功』の外題で初演された作品の、上中下の三巻の上の巻のみが再演を繰り返し残ったのが『高時』とのこと。河竹黙阿弥作。

 北条高時は14才の時に第14代の執権職に就き、2年後には鎌倉殿中問答などをさせる人物です。24才には執権職を退き出家、30才前には自決して果てています。
 上演を重ねていくのであれば、横暴だけでは済まされない描かれ方をして然るべき人物のように私には思われます。

 そういう意味では前半部は非常に難しく中途半端な表現では面白さが出ないように私には思われました。
 相当な芝居巧者か技術云々以前の若い役者が技巧抜きに真摯に演じる方が生きる演目のように思われました。
 坂東巳之助丈の高時は、すでに若さだけで押し切るには経験を積みすぎ、芝居の旨さで見せるにはまだ力不足の感は否めません。

 前半の難しさの一方で、この作品の眼目は後半の天狗にたぶらかされての舞であることは確かです。
 そういった点では巳之助丈の持ち味が生きて、この作品の面白さがどこにあるのかを感じさせて頂くことが出来る舞台でした。
 九代目はあざやかにトンボを返ることが出来たと聞いています。
 身体能力を最大限に生かしつつしかもさらに芸の味わいを磨いていけば、こうした作品が実は大変面白い演し物であることを十分感じさせることが出来る演目なのだろうと思います。

 しかも、歴史を紐解けば高時という人はとても繊細で純粋な人であったろうと私には思えます。
 そうした人が為政者としてどうにもならない無力を感じつついらだち、横暴とも言える振舞を結果としてしてしまう。
 ゆがんだ腹黒さを持った人物より、実はこうした高時のような純粋な人物の方にこそ説得力のある表現が出来る、巳之助丈はそうした仁(ニン)を持っている役者さんのように私には思われます。

 紅葉狩

 能を素材とした演し物ですが、歌舞伎らしさを最大限生かした作品としてよく仕上がっている一幕であることを実感します。

 團十郎丈の鬼女の身のこなしがかなりがさつであるところが気になりましたが、最大の見せ場は、幸四郎丈の維茂との立回りでしょう。
 團十郎丈の今の最大のテーマは恐らくパワーにあるのでしょうが、同世代の役者同士の対峙、殊にこうした様式として練り上げらた立回りの中で表現される力強さはやはり見応えがあります。

 團十郎丈の更科姫は加役の域を出ませんが、立役ならではの迫力は他の役者ではなかなか出ない魅力であり、ご本人もそれを見せ場と思って取組んでいらっしゃるのだと思います。
 ただ『船弁慶』でもそうですが、能がかりものに最も大切だと思われるぶれない体幹の安定性、これが鬼女になってからは特に保てていないのがやはり気になります。

 そういった点では幸四郎丈との差はどうしても出てきます。
 今はいいのかもしれませんが、パワーだけでいつまでも押し切ることは出来ないのではないかと危惧します。

 侍女野菊に市川ぼたんさん、右源太左源太に廣松丈、虎之介丈という若い布陣ですが、中村雀右衛門丈の局田毎と幸四郎丈の維茂によって、芝居が落ち着いたものになって大変いい効果をもたらしていました。
 市川新之助丈ですが、非常に攻撃的な色合いのある山神(サンジン)を初めて拝見したように思います。そうした役作りの伝承があるのか気になりました。
                        2025.7.24

 

 

 

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