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巳 歌舞伎座『義経千本桜』Bプロ「鳥居前」「吉野山」「川連法眼館」

 右近丈の忠信

 『義経千本桜』通しのBプロ、第一部の「鳥居前」と第三部の「吉野山」「川連法眼館」
 中心となる狐忠信を尾上右近丈がつとめました。

 古典歌舞伎に興味を持って頂いた方にはいい興行であり、十分楽しんで頂けたのではないかと思います。

 ただ、これから歌舞伎を背負って行かれるであろう右近丈には、期待を込めてどうしても厳しい見方をしてしまいがちです。
 歌舞伎座の看板を背負った演目を、花形歌舞伎の勉強会としてではなくまかされる一人になっているのですからお許し頂けたらと思います。

 今回の右近丈の忠信の中では、「鳥居前」が私としては一番見応えがありました。
 錦絵を飛び出してきたような、古典歌舞伎としての役者ぶりのよさでは当代随一といっても過言ではないかと私は思います。

 「鳥居前」の荒事としてはまだ不完全であり、ご本人がどこまで荒事に食指が動いているのかはわかりませんが。
 先輩役者に手取り足取り丁寧に教わったことを忠実に再現しようとする姿勢が十分に伝わるものでした。

 この仁は肉体から肉体に移されていく芸を忠実に再現することにかなり秀でた才を持っているようにお見受けします。
 私がそれを一番強く感じたのは、「研の会」で藤娘に挑まれた時でした。

 三種類の「藤娘」を踊り分けるということで興味を抱き拝見したいと思いました。三日に分けて踊るのだとは知らず、一日で三種類を見せてもらえるものと勘違いしていたのですが‥。
 たまたま私の拝見した日は、六代目中村歌右衛門丈の藤娘を写すことが試みられた日であったようです。

 私は実際には六代目の「藤娘」を拝見したことはありません。
 その上私が歌舞伎を見始めた時には六代目はすでに肉体的にかなりきつい状態になっていたと思います。
 右近丈の肉体を通してその六代目の藤娘を、私が拝見することのできなかった元気で美しく生き生きとした舞台として拝見する日が来るとは‥。
 私は非常に感激しました。

 教えた方も教えた方ならそれを忠実に再現している右近丈に非凡の才を見いだしたことは確かです。

 今回の「鳥居前」の忠信は今までの右近丈の舞台からは想像が出来ないような舞台でした。
 こうした荒事さえ手の内に入ってくること。また荒事の忠信としての写りの良さ姿形のまるい男らしい色。さらなる芸の成熟を見たいと思わせる舞台でした。私は大変驚きました。

 一方、先輩の肉体から肉体へ写し取った芝居の秀でた出来栄えとは対照的なのが、「吉野山」と「川連法眼館(四の切)」でした。

 「吉野山」は役者ぶりもあがり、姿の良さや美しさも手伝って未熟なところがあっても決して悪い舞台であるとまでは言えないと思いますが。
 ただ、今回の「四の切」などが、澤瀉屋型に対する音羽屋型と胸を張れるものなのか‥。手順としては確かにそうかもしれませんが‥。そう言えるのかどうか、私はためらいさえ感じてしまうというのが正直なところです。

 恐らく肉体的な写しではなく、抽象的な説明や部分的な指摘がなされた役柄に関しては、演目の役どころとしてどうしても統一感が出てきません。
 部分をつなぎ合わせてみても、役の性根、その人物として一貫したものが役者の肉体の中で統一されていないのが如実に出てしまうのです。
 役の造形に関してまだまだ未熟さが露呈してしまいます。
 張り切れば張り切るほど素の右近丈が役より強く表面に出てしまいます。

 劇団で基礎をしっかりと身に付けた娘役などに関してはそうした違和感が出ないので、謙虚に芝居に取組むことを積み重ねて行くしかないのでしょうが‥。

 すぐになんとなく出来てしまった役柄を、その理想型を崩さずに再演を繰り返し芸を深めていくことが果たして出来ていくのか‥。
 芝居をすることに飽きずにモチベーションを保ちながら芸を確実に身に付けていくことが出来るのか‥。
 もしかしたら右近丈にとってはかなり厳しい道のりになる可能性があるように、老婆心ながら私は感じてしまいます。

 小さくまとまる必要はないと思います。
 まだ、若いのですからエネルギッシュにのびのびと舞台で輝く姿を愛でる見物がいらっしゃるのであれば、そうした見物の期待に添うこともとても大切なことだと思います。

 ただ老婆心ながら、見物の受けだけを追っていては早晩行くべき道が見えなくなってしまうようにも思われます。
 どんな美学をどんな精神を、役者として体現して行こうとしていくのか‥。
 今回のAプロでは清元の立としも悪戦苦闘していらっしゃいましたが、芸の道は厳しく長いものだと思います。

 山あり谷あり、時に行くべき道が見えなくなることもあるかも知れません。
 そんな時に自分の原点に帰ることの出来る「志」を持っていることが、どの役者さんに対しても言えることだと思いますが、とても大切なことのように私には思われます。

 鳥居前

 Aプロより芝居としての膨らみが出ていたのが印象的でした。
 それが一番良く出ていたのが、中村橋之助丈の弁慶です。Aプロより芝居としての面白さが数段上がっていました。

 尾上左近丈の静が清楚で時分の若い時分の花の美しさの上に、ほんのりと色気まで漂わせるようになっていて、いつの間にそんなことを覚えたのかと驚かされました。
 日進月歩の成長ぶりです。

 中村歌昇丈の義経。芝居として思い入れを大切につとめている姿勢は播磨屋としての矜持でしょう。
 ただ、SNSに客席に流し目をしているなどのコメントが見うけられたのは残念でなりません。「刀剣歌舞伎」の余韻が残っているのでしょうが師匠が知ったらどう思われるでしょうか。
 同年であるAプロの坂東巳之助丈に比べても後塵を拝していると言わざるを得ません。
 様々な役柄にチャンスをいただける、そのことを一つ一つ大切にして行って頂けたらと、願わずにはいられません。

 吉野山・川連法眼館

 中村米吉丈の静。確実に役者ぶりを上げてきていると思います。
 ただ、役を表現する上でとても視野が狭いのが気になります。
 ご自分のすることで手一杯。相手役のことをまだほとんど見えていない意識していないようにさえ私には思われます。ゴーイングマイウェイの右近丈相手であれば仕方ない部分もあるかと思います。が、「四の切」においても中村梅玉丈と自然に寄り添い相対する性根が感じられないのは、大先輩に対する遠慮ばかりとも言えないように私には思われました。

 藤太の中村種之助丈。役柄の広さは若手の中でも随一です。どの役もそつなくこなしていきます。地味ではありますがどんな役にも丁寧に取組んでいくことで大輪の花を咲かせる道も確かにあると私は思っています。藤太のようなニンの役をおおらかで洒脱、愛嬌をもって深めていかれることを期待します。

 巳之助丈と中村隼人丈が亀井と駿河で花を添えます。
 梅玉丈がこの配役で「四の切」の義経を支えることになってしまったのは見物の私でさえ申し訳なく思えてしまいました。大先輩に気持ちよくお付き合い頂く意識が、もう少し若手にあって欲しいと願わずにはいられません。

                       2025.10.26

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