マラソン魔改造男
週末、マラソン大会に参加する。
ハーフマラソン(21.0975キロ)を走ってくる。
そんな宣言を冒頭でしたものの、そもそも私はマラソンが嫌いだった。そして嫌いかつ苦手でもあった。
小学校の頃のマラソン大会は、ビリに限りなく近い順位だった。
限りなく透明に近いビリである。なんとなくビリスタルである。ノルウェイのビリである。当然、真夜中はビリの顔であった。
そんな小学校時代を送っていたので、走ることについてよいイメージは全くなかった。
私の通っていた中学校や高校には、マラソン大会のようなイベントはなかったし、部活にも入っていなかったので、10代の頃もほとんど走るという行為をするには至らなかった。
それは20代に入っても変わらず、趣味で走ってみようなんて思いつきもしなかった。
走ることが趣味なんて、どんなM気質の人なんだろう、きっと分かり合えないんだろうなと考えていたくらいである。
きのこの山派かたけのこの里派か、iPhone派かAndroid派か、ジャニーズ派かエグザイル派か、ボリシェビキかメンシェビキか、宇多田ヒカルか倉木麻衣派か、カレーにはじゃがいもを入れる派か入れない派か、ハッピーセットメインはチーズバーガー派かチキンナゲット派か、山口百恵派か桜田淳子派か、納豆はタレを入れる前に混ぜる派か入れた後に混ぜる派か、フシギタネ派かゼニガメ派か、いとしのエリーか真夏の果実派か、谷繁派か古田派か、というくらい分かり合うことは未来永劫ないという感じだった。
そんな私が、30代のある日、突然ランニングを始めようと思ったのだ。
そこに特に大きな理由はなく、たまには歯磨き粉をいつものクリニカではなくクリアクリーンにしてみようか、くらいの軽い気持ちだった。
物事を始めるきっかけは、深い理由がなく、ふとした瞬間の思い付きだということもあるんだな、と自分のことながら思う。
きっかけはフジテレビではなく、きっかけはふとした気まぐれである。
ふとした瞬間に視線がぶつかり、幸せのときめきが聞こえてくるようにランニングを始めた。
やってみるとわりと楽しくて、なんだかんだで長く続いている趣味となっている。
子どもがかなり小さい頃は、ランニングする余裕がなく、少しだけ走るとこから遠ざかっていた時期もあるが、やめずに続けられているので私に向いている趣味なのだろう。私はとんだM野郎だったということが、ランニングが趣味となったことにより白日の下にさらされた。
ランニング好きな人がM気質だというのは、私のただの偏見なので、どうか気にしないでいただきたいのだが、とにかく私は走っているのである。
私が走ることや身体を動かすこと全般について忌み嫌っていたという過去を知っている20代からの友人には、悪徳自己啓発セミナーで人格を魔改造されたというような疑いも受けるのだが、30代に入り突然走ることに目覚めてしまった。
そんなこんなで、30代のころは日本各地のマラソン大会に参加してランニングライフを満喫していた。ハーフマラソンの大会は通算で30回くらい出たと思う。フルマラソン大会にも出場したことがあり、完走することができた。
そして、今週末もハーフマラソンの大会に参加するのである。
ただ今回は、今までの大会とはちょっとコンディションが違う。
私は今年の8月末に血を吐いて倒れて、2週間ほど入院した。今回は入院後、はじめてのマラソン大会である。
入院後ということで不安はあるが、ここ1ヶ月くらいは自宅のエアロバイクで体力回復のためのトレーニングをしていた。
それで病み上がりの身体を、走れる身体までもってきたつもりだった。
しかし、それは大きな間違いだった。
先日、トレーニングの一環としてエアロバイクではなく、久しぶりに外を走ってみることをしたのだが、全然身体が動かない。
病み上がりの身体は、まだ回復しきってないようなのだ。エアロバイクできても、走るのはまだつらい。
こんなはずではなかった。
こんなはずじゃない。だってしょうがない。だから仕方ない。病み上がりだから。それは分かってる。ため息で塗りかえられた久しぶりのランニングだった。
とはいえ、週末のマラソン大会はやってくる。恋が走り出したら君が止まらないように、マラソン大会は待ってくれないのだ。
ただ、まだ週末にはほんの少し時間があるので、もうちょっと練習すればなんとかなるはずだ。
きっとできる。できるできるんだ。できるにちがいない。できるはずだ。できるといわざるをえない。できるだろう。できるかもしれない。
できたらいいな。できるかも。できるってしんじてる。できるよ。できたらほめてください。
たけのこの里を食べつつ、谷繁のYouTubeチャンネルを見ながら、マラソン大会へのやる気を高めた、そんな小春日和の穏やかな日だった。
おしまい
