幸せとは、誰と出会うかではなく、誰と成長するか
人との出会いを求めるとき、私たちは何を求めているのだろう。寂しさを埋めてくれる人、刺激を与えてくれる人、自分を承認してくれる人を探すこともある。しかし心理学では、幸福を一時的な快楽だけでは捉えない。Hedonic Well-Being(快楽的幸福)に対して、Eudaimonic Well-Being(自己実現的幸福)という考え方がある。心理学者Edward Deci(エドワード・デシ)とRichard Ryan(リチャード・ライアン)のSelf-Determination Theory(自己決定理論)でも、Autonomy(自律性)、Competence(有能感)、Relatedness(関係性)は、人間の健全な発達やWell-Being(幸福・ウェルビーイング)を考える重要な心理的欲求として位置づけられている。つまり幸福とは、「どれだけ強い刺激を得たか」だけではなく、その関係の中で、自分の人生がどの方向へ進んでいるのかという時間軸からも考えることができる。
そう考えれば、出会いの場所も単なる偶然ではなくなる。人間関係にはHomophily(同類性・類似性選好)があり、教育、職業、関心、価値観などが似た人同士の関係が形成されやすいことは社会学で長く研究されてきた。また、人は自ら環境を選ぶSelf-Selection(自己選択)によって、接触する人々の母集団そのものをある程度変えることができる。知性を求めるなら、知性へ時間を投じる人が集まる場所へ行く。専門講座、大学の公開講座、語学、資格教育、研究会、読書会、芸術活動など、自分自身を高めることを目的として人が集まる環境を選ぶ。重要なのは、娯楽の場にいる人の人格を一律に評価することではない。自分が求める人間的特性と、その特性が観察されやすい環境を一致させることである。 出会いは偶然でも、その偶然が発生する場所は選択できる。
この方法には、もう一つ大きな違いがある。誰かと出会うことだけを目的に時間を消費すれば、望む相手と出会えなかったとき、得られるものは限定される。しかし、自分の知識、技能、感性、専門性を高める場所へ行けば、誰とも恋愛関係にならなくても、知識が残る。技能が残る。経験が残る。人的ネットワークが残る。そして自分自身が成長する。Opportunity Cost(機会費用)の観点から考えても、これは重要である。有限な時間とエネルギーを「相手を探すこと」だけに投入するのではなく、自分の人的資本を形成する活動へ投入し、その過程で同じ方向へ進んでいる人と出会う。 出会いそのものを目的にするのではなく、自分が成長する場所を選んだ結果として出会いが生まれるのである。
さらに、関係が始まった後に問われるのはAttraction(魅力)の強さだけではない。社会心理学者Stephen Drigotas(スティーヴン・ドリゴタス)、Caryl Rusbult(キャリル・ラスバルト)らが研究したMichelangelo Phenomenon(ミケランジェロ現象)では、親密な相手が本人のIdeal Self(理想自己)を理解し、それに沿った働きかけをすることによって、本人が理想自己へ近づいていく過程が示されている。良質な関係とは、相手を自分の理想通りに作り替える関係ではない。相手自身が「こうなりたい」と考えている方向を理解し、その可能性が実現することを互いに支える関係である。だから、私は恋愛にRespect(尊敬)が重要だと考える。知性、倫理性、専門性、努力、生き方を尊敬できる相手であり、自分もまた相手から尊敬される人間であり続ける。「この人といると楽しいか」だけではなく、「この人といる私は、自分がなりたい人間へ近づいているか」。そして、自分も相手の可能性を広げているか。 関係の価値は、その問いからも測ることができる。
幸福とは、誰かに自分の不足を埋めてもらうことだけではない。互いにAutonomy(自律性)を持ち、それぞれが一人でも成長できる人生を持ちながら、共にいることでCompetence(有能感)やRelatedness(関係性)をさらに豊かにしていく。刺激やNovelty(新奇性)は時間とともに変化する。しかし、学び、経験、信頼、尊敬、そして互いの成長を支えた時間は、関係の中に別の価値を形成していく。だから、良い相手を探すことだけに時間を使うより、まず自分が良くなる場所へ行けばいい。そこで同じように自分の人生を高めようとしている人と出会い、互いを尊敬し、互いのIdeal Self(理想自己)へ近づいていく。より持続的で自己実現的な幸福とは、誰かを見つけることではなく、互いにより良い人間になっていける相手と人生をつくることなのだと思う。
