見出し画像

まちを変える「たったひとり」に出会いたい。デザイナーとフィールドワークを振り返る

2025年3月に北海道砂川市で実施した、「砂川パークホテル」リニューアルに向けてのフィールドワーク。ホテルのサインやロゴなどのデザインを担当する、UMA / design farm代表の原田 祐馬さんも参加しました。全国各地の自治体と仕事をし、フィールドワークをしてきた原田さんの目に映った“ちょっと心配な”砂川とは。SHIRO会長の今井浩恵との対談、前編です。

原田 祐馬
UMA/design farm代表。たんぽぽの家の播磨 靖夫理事長から「領域を横断してプロジェクトを横串にし、ガラガラぽんするデザイナー」と言われたことがきっかけでその意識を持ち活動を続けています。フィールドワークを大切にし、日本中を移動する。愛犬の名前はわかめ。


「たったひとり」が見当たらない

──フィールドワークの印象を、一緒に行ったデザイナーの原田さんにも伺ってみたいと思います。今井さんはあまり良い印象はなかったようですね。

今井:正直なところ、ショックでした。

フィールドワークをしてから数日は、感情の整理が難しいほど、心が荒れていました。

幸い、フィールドワークが終わった瞬間から、地元・砂川で頑張っている方たちが、Podcast「あいだのハナシ」のことを砂川の行政に伝えてくれたり、「砂川がもっとこんなまちになったらいいな」というお手紙を私たちに書いてくださったりしました。市民の方の動きに励まされましたが、ネガティブな感情が10日間くらいは抜けませんでした。

原田:一番ショックだったのはどのあたりでしたか。

今井:何よりも「たったひとり」が見当たらないな、ということです。

現地で命をかけて、その地域を100年先までつなごうと見て取り組んでいる。そんな人がたったひとりでもいると、まちは変わってくると思っています。でも、そんな人に出会えなかったな、と。今、この瞬間を頑張っている人たちはいるのですが、そこがショックでしたね。

原田:僕は砂川に近い規模感の地域に行くことがありますが、自治体によっては、さまざまな人の活動を横串に刺して、未来に向けてつないでいこうという人に出会うことはあります。しかし、砂川ではそういう人にはまだ会えていないな、と僕も感じました。

特に、行政の人ですね。

まだたくさんの人とは話せていないのですが、お会いした人からは自分ごと感はあまり感じられませんでした。そこが、ちょっと心配だなと思いました。

今井:そこが最もショックでしたね。

原田:……。声に出せないうなずきをしてしまいました(笑)。

たとえば、行政が運営する複合施設の「すないる」に関して、基本的な説明はしていただけるのですが、「どうなってほしいか」「市民にどう使ってほしいか」というビジョンがまだ、わかりませんでした。

ビジョンを言語化する会議やワークショップをやってきたと思うのですが、、その言語化はまだできていない印象を持ちました。

今井:何を聞いても、のれんに腕押しでしたね。

原田:その反面、駅に併設されNPO法人ゆうが管理している地域交流センターの「ゆう」や、そこで年1回演劇を披露する市民劇団の「心呂座(ころざ)」の話は響きました。砂川を盛り上げたい想いで立ち上げられていて、だから劇場がしっかりと設計されているのか、と実感できました。

今井:「ゆう」への共感がすごく溢れました。「ゆう」だけを見ると、「たったひとり」がいますよね。スタートの時から八巻さんという方がいて、圧倒的に命を注いでやっている。

原田:最初に立ち上げた想いがちゃんとつながっていくのでしょうね。しかし、「すないる」にはそういう想いをまだ感じませんでした。

最初に想いがないと、未来に繋がっていかないと思うのですが、今はまだ本当の想いが語られていないだけかもしれません。もしかしたら運営者側にそういうことを語れる人がいるかもしれないので、また別の機会でもう一度話を聞いてみたいと思いました。

砂川の地域おこし協力隊が定着しない理由

──行政の人とお話しするときに、原田さんの質問で印象的だったのが、地域にまつわる制度や法律、あるいは地域おこし協力隊の定着率をたずねていたことです。厳しく質問されていましたね。

原田:他の地域に行っても思うことなのですが、地域おこし協力隊が定着しない原因は、協力隊側だけにあるのではなく、行政との関係性づくり、さらには地域の人たちとの関係性づくりにもあると思うのです。

砂川では、協力隊に来てもらった後、その人の特性・個性にお任せしてしまっているのではないか、と話を伺いながら感じたので、定着率について質問してみました。

──定着率は15%ぐらいとおっしゃっていました。これは原田さんが今まで関わった他の自治体と比べても低いという印象ですか。

原田:多くの自治体は定着率が低いと言われているので、砂川だけが低いわけではないと思います。ただ、僕が関わっている佐賀県の地域おこし協力隊は定着率が高くて、そのまま行政職員になった人や、その地域で自立して活動している人たちがいます。

定着率が低いのはおそらく、市の政策に合っていない人材が来ているとか、そもそも応募者数が少ないとか、いろんな課題があるのでしょう。

募集する時に、「こういう仕事をしてくれる人を求めています」とちゃんと伝えないと、本当にその地域や政策に合った人材は来てくれません。そういうコミュニケーションが、行政の人は苦手なことが多いように思います。

今井:「砂川を世に広めて」というお題に対して、観光地として広めてほしいと思っているのか、医療のまちとして広めてほしいと思っているのか、市が広めてほしい形が分かりにくいのだろうな、ということは、地域おこし協力隊の人たちと話していて感じました。

同じ北海道でも、栗山町は地域おこし協力隊を募集するときに、「森林に関わる人」「栗山の森を一緒につくってくれる人」と具体的に示しています。

原田:砂川にはその具体性がないかな、とは思いました。

違う角度から戦っている人がいた

──行政以外の人たちのなかで、印象に残った人はいましたか?

原田:印象的だったのは高齢者のケア施設を手がける「りんごの里」の方々です。

サ高住と認知症高齢者が生活する施設(グループホーム)を見学させていただきましたが、運営者の方々の想いが詰まった、温かい場所だなと感じました。

「砂川にはこういうことが必要なのだ」と思っている人たちがいると、こんなに活動する人たちの幅が広がるし、風景が変わることを実感しました。

今井:介助が必要な人たちが、とても楽しそうに過ごしていましたね。

原田:はい。いい雰囲気だなと思いました。

今井:空間も社長の想いも、とても温かかったですね。説明一つひとつに説得力がすごくある。

「同じ地域に、私たちとは違う角度からこんなに戦っている人がいるんだ」と気づかされました。もし、SHIROがこの高齢者施設の事業に関わることなく美容業界だけにいたら、お会いできませんでしたし、この景色も見られなかったでしょう。

──「りんごの里」の皆さんのような、砂川や空知地方のキーパーソンを見つけていくことは、砂川パークホテルの鍵にもなりそうですか?

原田:サ高住に関しては、キーパーソンは医師だと思いました。

病院はみんなが来やすい場所にありますし、いろんな人に開かれているので、今後、非常に重要な地域拠点になると思います。問題は、医師の数です。

サ高住だけでなく、福祉に関わる施設は医師や医療従事者の人たちと密接につながっていることを改めて感じましたが、足りていません。砂川に限らず、どの地域も圧倒的に医師が足りず、大きな課題になっていることを痛感しました。

──「りんごの里」の施設でも、訪問診療をしてくださる医師があまりに少なくて、今は高齢の方が一人しかいない。その人が休みなしで一手に訪問診療を引き受けているので、今後の大きな課題になっているとおっしゃっていましたね。

原田:一人でおこなうのは相当ハードでしょうね。

今井:新たに訪問診療をする医師が出てこないのは、砂川の医師が悪いわけではないと思います。医師の皆さんは、すでにまちの医療にとても貢献されている。

構造的な問題があると思います。訪問しなくても収益が成り立っている医師は、訪問することで収益が下がるかもしれないし、体力も必要になります。だから、社会的意義はあっても、やらないという選択になるのは、おかしくないですよね。

それに、医師が年をとって跡継ぎもいないまま閉院していくケースもたくさんあります。すると、さらに一人に負担がかかる。砂川はその悪循環に陥っている気がします。

原田:病院の経営も厳しいようですね。日本全国で、かなりの数の私立病院が赤字になっているというニュースもあります。

今井:砂川市立病院もまさに今、赤字の状態にあると思います。

原田:大きな黒字化を目指す必要はないと思いますけど、地域を支える医療機関が赤字という状態は結構しんどいものがあります。

今井:人口が減ったことで、医療機関が成り立たなくなってきました。お医者さんが命を救うことは素敵なことですが、経営面サイドにも人材がいなければ成り立ちません。まちの医療の問題は、医療機関を経営する人の能力にかかってくるのかな、という気がします。

「行政とうまくやれた」と言いたい

今井:繰り返しになりますけど、やっぱり私は砂川の「たったひとり」に出会いたいと思いました。SHIROの仕事をしている以上、私が砂川に住むという選択はできず、本物の「たったひとり」にはなれないと思うからこそ。

原田:場所が出来上がると、人は変わっていくし、その場所から「たったひとり」が育っていくこともあると思います。今回でいえば、砂川パークホテルがその場となる。だから、この場所を大切にしていき、そこを訪れた人を大切にすることが僕らの仕事だと思います。

今井:思いがけないことが起きて、人の気持ちが変わり、何かが始まってほしいですね。

原田:岐阜の「みんなの森 ぎふメディアコスモス」はまさにそういう場だと思うのです。施設ができたことで、人が集まるようになり、プレイヤーがどんどん溢れてきた。「自分が何か行動をしていいんだ」という感覚を持てる場があるかないかで全然違うと思います。

今井:メディアコスモスでいうと、当時の教育長と当時の市長が、総合プロデューサーに吉成信夫さんを選んだことと、設計者に伊東豊雄建築設計事務所さんを選んだことがすごく肝でした。

そう考えると、まちが変わるかどうかはやっぱり行政につながりますよね。

原田:それは本当にそう思います。

先日、伊東豊雄さんとお話しする機会があったのですが、その時にメディアコスモスと「おにクル(茨木市文化・子育て複合施設)」の話が出て、「行政の人たちと一緒につくれた感覚がすごく良かった」とおっしゃっていました。

その“すごく良かった”感覚が、空間にも表れていますよね。そこから始まってたくさん広がっていくという感覚が空間に内包されているので、「ああ、空間が生きているなぁ」と改めて思いました。

今井:ともすれば、ビッグネームの人たちを選ぶと、いろいろ気を遣うこともあると思います。だけど、それを面白がってやれるだけの幅がある行政だからこそ、岐阜というまちが盛り上がっているのかなと。

原田:そうですね。

今井:「行政とうまくやれた」と言えるのはいいですね。そう言いたい(笑)。

「あんな時代もあったけど、行政と協力し合ってこんなにいいものをつくれたんだよ」「こうやって悩んできたからこそ、砂川のまちがこうなったんだよ」といえるようになりたい。

だからこそ、行政についてネガティブなことも言っているのですけど、早く好転していけるといいな、という期待はあります。

(後編に続く)
(編集サポート:泉秀一、杉山直隆、バナーデザイン:3KG 佐々木信)

いいなと思ったら応援しよう!