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【掌編】パイナップルマンの跳躍


子供の頃の品を整理していると、昔描いた落書きに遭遇した。

『パイナップルマン きずをなおす。』

大型連休。久しぶりに帰った実家の自室で、僕はそいつと睨めっこを始める。

「なんだ、これ」

小学一年の算数の教科書、その余白に描かれた件の絵は、なるほどパイナップルを模した長細い頭部にトゲトゲの髪の毛を付けたヒーロー面の男だった。それだけならば、なんとなくわかる。どういう経緯でパイナップルをモチーフに選んだかは不明だが、子供ならではの柔軟な発想なのだろう。しかし、その名と共に添えられた言葉は、いかにも不可解だ。

『きずをなおす』

パイナップルの栄養価が高いことに異論はないが、しかし『きずをなおす』というイメージはピンとこない。これが例えば『アロエマン』や『ハチミツマン』なら理解もできるが、何故パイナップルマンにそんな特性を与えたのか。

「これ、なんだと思う?」

傍にいる妻に聞いてみた。

結婚して四年、義実家との間に生じる煩わしさをものともしない彼女は、いつも文句も言わず、僕の里帰りに付いてくる。むしろここ数年は、進んで僕を実家へ帰らせようとしている節があった。「東京にいたら、仕事に呼ばれちゃうでしょ。離れた場所で、リフレッシュしないと」。休日も呼び出しに備え業務用携帯を持ち歩く僕に対し、日頃、苦言を呈している彼女である。

その妻が、僕の教科書を覗く。

「何これ。かわいい」
「いや、かわいいかな」
「『パイナップルマン』だって。あなたが描いたの?」
「でしょうね」
「この『きずをなおす』っていうのは?」
「だから、それがわからない」

どうしてだと思う? 問いかけると妻は、うーん、と腕を組み、唸ってみせる。

「当時、こんなキャラクターが流行っていたとか」
「覚えがないな」
「そもそも、なんでパイナップル?」
「そこもわからない」

うーん、うーん。目を閉じ、首を捻り、考える彼女。やがて「閃いた」とばかりに、手をパンと叩いて僕を見た。

「わかった。多分、パイナップルが好きな友達がいたんだよ」
「友達?」
「そう。そしてその子が、怪我をしていた」
「どういうこと?」
「だ、か、ら」

探偵が推理を披露するかのように、リズミカルに人差し指を振る。

「怪我をしたパイナップル好きの友達を勇気づけるために、あなたはこの絵を描いたんだよ」
「えぇ?」流石に無理がある、と思ったし、実際に口にした。「流石に無理があるよ」
「え、そうかな」
「そうだよ」
「あなたならそういうこと、やりそうだけれど」
「いや、そもそもパイナップル好きの友達なんて、いた試しがない」
「違うかぁ」

その後もやいのやいのと言い合いながら、しかしパイナップルマンの謎は解けることがないまま、部屋の整理は終わった。夕方になり、両親と妻とご飯を食べて、父と軽く晩酌をし、シャワーを浴びて布団に入った。

自室ではなく、客間に敷かれた二枚の布団。隣の布団では、妻が先に寝息を立てている。
僕もそれに倣い、仰向けになって、オレンジ色の電球の灯りを眺めた。

あなたならそういうこと、やりそうだけれど。

日中、妻に言われたことが、思い出された。

結婚して一年も経たぬうちに、今のプロジェクトチームに抜擢された。働きが評価されたものと最初は浮き足立ったが、連日の激務に追われ、休日もろくに休めない日々が続いた。ここ数年はようやく落ち着きを見せてはいるものの、やはり忙しさに変わりはなく、気が付けば仕事のことばかりを考えてしまう。妻との生活を顧みる余裕がどれだけあったか、と問われると自信がない。

それでも、言ってくれた。
友達のために、励ましの絵を描く。
いかにも子供らしい純朴さを讃えたその所業を、あなたならやりそう、と。

日々の自分の中に、そんな優しさを見出してくれていた。

まさに「忙しい」という字に表されるように、心を亡くした。慌ただしい生活の中、そう感じていた僕だけれど、多分そうじゃない。
僕自身が気付く余裕を無くしていただけで、僕の心はちゃんとここにある。こんな状態の僕でも、ちゃんと誰かを思いやったり、そういうことがまだできる。

そんな風に思うと、ふと涙腺が緩み、電球のオレンジ色がじんわりと滲んだ。

『パイナップルマン きずをなおす。』

なるほど。

時を飛び越え、未来の僕を助けに来てくれたヒーローに、僕は人知れず感謝した。



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