【掌編】パラレルワールドは失せて
「もし僕が宇宙人だったら、どうする?」
いつもの食卓、いつもように君が作ってくれた料理を前に、いつも通りに二人手を合わせ「いただきます」と唱えた後で、僕はそれを放り込んだ。
「え、何?」
予想通り、君は怪訝な顔をする。予想通りなので僕は驚かない。味噌汁の椀を持ち上げ、口へと運びながら、続ける。
「もし、だよ。そういう並行世界に身を置いたと仮定して、どうする?」
「どうする、って何を?」
「そうだな」味噌汁を一口。美味い。「このまま予定通り、僕と結婚する?」
ぱちくりと瞬きをして、小首を傾げる君。
「もし、あなたが宇宙人だとして?」
「そう」
「うーん」
今日のメニューは、白米に豆腐とわかめの味噌汁、春菊のお浸しに牛肉を甘辛く炒めた上に白胡麻をかけたもの。その牛肉の一品に、箸を伸ばしながら、君は唸る。
「例えば、子供は産めるの?」
「わからない」
「わからない、って何よ」
「試したことがないから、わからない。授かることができないかもしれないし、できたとして、地球人が生まれるか、宇宙人が生まれるか、はたまたその両方の性質を備えた子が生まれるか」
「あら、結構リアル」
「言ったろう。そういう世界に身を置いたとして、って」
ほほう、とわかったような、そうでもないような相槌を打ち、君は牛肉を白米の上に乗せ、一緒くたに口へと運ぶ。もぐもぐと咀嚼して飲み込み、また僕を見る。
「食べないの」
「食べるよ」
君に倣い、牛肉へ箸を伸ばして、白米と共に口に。
「美味い」
「本当?」
「本当だよ」
「つまり、宇宙人でも味覚は我々と一緒、というわけね」
「あぁ……」僕は頷く。「うん、そうだね。食べるものは同じ」
「人を襲ったり、危害を加えたりは?」
「しない」
「春菊は?」
「食べるよ」
僕らはしばし食事に集中する。かつ、こつと食器が奏でる音。むぐ、ちゃくり、と咀嚼の音。窓の外から車の走行音。また、かつ、こつ。そして、むぐ、ちゃくり。
「子供以外にはないの?」
君が問う。
「何が」
「あなたが宇宙人であることで、なにかイレギュラーが起こりうること」
「まぁ、ないかな。多少生態系が違うだけだけで、一般的な生活を送るのに大きな影響はない」
「生態系って?」
「例えば、三十代を過ぎて以降も、モスキート音が聞こえ続けたり」
「他には」
「多少平均寿命が地球人より長かったり」
「長いって、どれくらい」
「だいたい二百歳ぐらいまで生きる」
「え、じゃあかなり貯蓄しないとやばくない」
「大体百五十歳までは現役で働ける」
「ちょっと待って。見た目は?ちゃんと老ける?」
「老けにくい」
「それは困る。私は順調におばあちゃんになるんだよ」
「できるだけ、年相応に振る舞おう」
「頼むよ。空気読んでね」
話しているうちに、器の底が見え始める。「春菊か牛肉、どっち食べたい」「牛肉」「じゃあ、私春菊もらうね」。かつ、かつ、かつ。むぐ、もしゃ、んくり。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
「お茶、飲む?」
「うん」
キッチンへ行き、急須にお湯を注ぐ君。湯気のたつ湯呑みをふたつ持って、またテーブルに戻ってくる。黄緑色の水面から、奥深い香りが漂う。
「まぁ、大丈夫じゃない」
「あ、そう?」
「うん。子供のことは気がかりだけれど、そもそもが授かりものだし。後はまぁ創意工夫でなんとかなるでしょ」
「器がでかくて助かるよ」
ずずずず。二人して、湯呑みを啜る。
僕は片手で、君は両手でそれを囲って。
「ただし、本当に宇宙人ならね」
「え?」
「本当に宇宙人で、このタイミングでこの話を持ち込んできたのならば、このまま結婚するわよ」
「……もし、違ったら?」
「ちょっと考えるかなぁ」
「嘘」
「本当です。マリッジブルーなめんじゃないわよ」
君はすぼめた唇を湯呑みにつける。すす、と控えめな音が鳴る。
「……悪かったよ」
「はぁい」
こつん、と湯呑みを置いて、君は立ち上がる。かちゃり、がちゃり。空になった食器をまとめ、それを両手に。崩れそうなバランスを器用に保つ。
「……で?」
「え?」
まだ湯呑みを手に動かない僕を見下ろし、君は訊ねる。
僕が予想もしなかった、しかし、いかにも君らしい、優しい問いを。
「本当のところは、どうなの?」
この世界で。
明日も君と生きるための答えを、僕は探す。
