田端の街に、永遠の恋文を。
不思議なエラーに袖を引かれた巣鴨を後にし
私たちは田端へと足を運んだ。
田端駅に着いて早々、私の方向音痴が顔を出し、北口ではなく南口に導かれてしまった。
徒歩数分で着くはずが、
最初から計画が狂ってしまう。
駅を出た瞬間に目に飛び込んできたのは、
南口出口前で楽しげに動画を撮る
私と同世代の少女たちの姿だった。
ここが何かあるのかと思って調べてみると
どうやらここは映画『天気の子』の聖地らしい。迷い込んだ先で出会う予期せぬ景色。
方向音痴もたまには悪くない、と苦笑する。
長い石段を一段ずつ登り、しばらく歩くと
芥川の通学路について書かれた看板を見つけた。

「今日みたいな晴れの日も、雨の日も、
彼はここを歩いて学校へ通っていたのだな」
そんな当たり前の事実に、
自分の背筋が少しだけ伸びる。
近くを歩く女学生たちがすごく上品な口調で
話しており感心していると、
後から来た男子たちが「お前が馬鹿だろー」
などと騒ぎ合っていて、都会の子供も私たちと
変わらないのだなとどこか安心した。
そんな何気ない、けれど愛おしい記憶が、
田端の街並みとともに胸に刻まれていく。
そうしてようやく辿り着いた
「田端文士村記念館」。開館直後だというのに、
館内にはすでに先客が数名、
静かに展示を見つめていた。
震える筆跡に宿る、死と生のグラデーション
展示は本当に素晴らしかった。
その中でも私の目を釘付けにしたのは、
やはり数々の原稿用紙だった。
複製の原稿であったが、そうだとしても
彼がこの紙に向かい、ペンを走らせ、
言葉を刻み込んだという事実は、
何よりも雄弁に彼の「生」を語っていた。
彼の言葉が今もなお生き続けている証のように
見えて、胸が熱くなる。
晩年に向かうにつれ、
彼の筆跡は段々と変化していく。
どこか可愛らしいような、けれど細々と、
繊細に、震えるように綴られた文字。
その一画一画に、彼が削り取った魂の欠片が
張り付いているようで、目が離せなかった。
芥川龍之介を支えた、一輪の強き花
展示の中では、妻・文さんへ宛てた恋文や、
中国旅行のお土産なども見ることができた。
他人の恋路を覗き見るような気恥ずかしさは
あったけれど、そこにいたのは
「文豪」ではなく、一人の女性を熱烈に、
時には子供のように甘えて愛した、
等身大の「芥川龍之介」だった。
何より、今回の展示で私の心を最も揺さぶった
のは文さんという女性の存在だ。
写真の中の彼女は、どこまでも可愛らしく
柔らかな微笑みを浮かべている。
けれど、その穏やかな表情の裏側には
到底想像もできないほどの「真の強さ」が
秘められていたことがよくわかった。
ふと、芥川龍之介全集に収められた
数々の彼女への恋文を思い出す。
「文ちゃん」と呼びかける甘やかな響き。
寝る前にそれを読んでみるたび、
お似合いすぎる二人の幸福に酔いしれる。
けれど、今回の展示で私が知ったのは
文さんという女性の圧倒的な「強さ」だった。
母が席を外している間に館内のDVDを観た。
田端の歴史と東京大空襲の映像。
主を失った芥川家を襲う、劫火。
文さんは、ただ「文豪の妻」として
守られていたような人ではなかった。
降り注ぐ焼夷弾、焼き尽くされる街。
そんな極限の絶望の中で、
彼女は決して龍之介の遺した場所を、
そして子供たちを離さなかった。
主人のいない家を守り抜き、
激動の時代を生き抜いて息子たちを
育て上げた彼女。その凛とした立ち姿は、
もはや一輪の可憐な花などではなく、
嵐の中に毅然と根を張る木のようだった。
内側に燃えるような真の強さを秘めた美しさ。
龍之介の、硝子細工のように壊れやすく
繊細な魂を包み込むことができたのは、
この慈愛と勇気を兼ね備えた文さんという
女性だけだったに違いない。
私ですら彼女の生き様に、彼女自身に恋をして
しまいそうなほど、
その魂に圧倒されてしまった。
澄み渡る空と、再会の約束
お土産にはポストカードを選んだ。
かっぱのクリップを買い損ねたことだけが
少し心残りだけれど、それは
「またここに来るための理由」にしようと思う。
たくさんのパンフレットと素敵な記憶を抱えて
外に出ると、田端の空は信じられないほど青く、澄み渡っていた。
この街に「芥川龍之介記念館」が
完成したなら、私は再びこの場所を訪れ
今度はもっとゆっくりと田端を歩きたい。
次は線香を忘れずに携えて巣鴨へ。
日本近代文学館へも行ってみたい。
東京旅行の余韻に浸りながら、私はもう
次の旅への地図を心の中で描き始めている。
100年前の彼らが愛し、守り抜いたこの景色を
私はこれからも私自身の瞳で追い、
語り続けていきたい。
この旅に付き合ってくれた母へ
最大の感謝を込めて。
いつかこの文章を母に見せる日が来たら
またこの日のことを語り合おうと思う。
筆を置くけれど、私の旅は終わらない。
全集のページをめくるたび、私はまた何度でも
彼らの生きる時代へと旅立つのだ。
