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【普通】になりたいあなたへ。

「繊細さん」だとか
「HSP」だとか、
そんな言葉が出てきて
もう何年経っただろうか。


わたしも昔は、自分がそういう人種なのかも、と知れたことで、ホッとした経験がある。

それまでは
「こんな風に感じる自分はおかしいんだ」
「どうして周りと同じように感じられないんだろう」って、

いつも、ずっと、
思っていたから。


【普通】になりたい。
【普通】って何なんだろう。
でも、なれない。
わからない。

わざわざ周りの様子をうかがって、
自分の言動を見張って、
「これはちゃんと【普通】だろうか?」
って、いちいちやってた。


今思えば、
本当に、
がんじがらめで
しんどかったな。
(お疲れさん、わたし)


あれから何年も経って
今思うことは、

本来はみんな、
そういう心を持っているんだ
ということ。

そっちの方が
自然なんだ
ということ。

わざわざ特別に
「繊細さん」とか「HSP」だと
くくる必要はないんだってこと。
本当はね。

(でもその分類があったことで、わたし自身、自分を知るきっかけとして役に立ったのもやっぱり事実)


日本人は本来、
繊細で丁寧に感じられる
そういう心を持っている。
それが自然な姿なんだと思う。


でもなぜか、
不自然なことを叩き込まれ、
不自然に生きることがよしとされ、

本当は
繊細で丁寧で細やかで、
という性質の方が自然なのに

いつの間にか
少数派、ということにされて。
なぜかこっちが
生きづらさを感じるという矛盾。


見方によっては
大変だね、と言われてみたり。
そんなんじゃ生きていけないよ、
なんて馬鹿にされてみたり。

変な世の中だな、って思う。


心を無くさないと働けないとか、
社会についていけないとか、
肩身の狭い思いをするとか、
差別されたり下に見られたり、

どう考えてもおかしくないか?
って、思ってます。


20年近く看護師をやっていたけど、
「心のある」人たちほど
心を病んだり心が折れたりして、
どれほど辞めていったか。


誤解を恐れずに言えば、
強い人、
心を限りなく無にして働ける人、
上に言われたことに従順になれる人が残っていく。

そうなればなるほど、
職場はどんどんギスギスして
無味乾燥、温度も色もなく
ただただ
ルーティンをこなす
起きたことに対処する
それだけの場になっていった。

おっと。なんか暗くなったぞ。


とにかく。
【普通】になんて
ならなくていいよ。

【普通】になんて
なろうとしなくていいから。

【普通】になんて
なっちゃダメ!


自分らしく、
自分の人生を、
自分の手で選びとって、
自分の足で歩いて行けるのだ。


ただ、忘れているだけ。
見えなくなっているだけ。
奪われているだけ。
上塗りされているだけ。


「そんなことできない」
「そんなの無理」
「できるわけない」

そう思うよね。
わかる。
わたしもそうだったもん。
そう考えただけで、
不安に押しつぶされそうで、
怖くて怖くて仕方なくて。


「もしかして、ひょっとしたら、
違うやり方、考え方、捉え方があるのかもしれない」
「もっと楽に楽しく生きられる方法があるのかもしれない」

わたしも、
そこからスタートしたから。
そう思えたら、こっちのもん。
自分が諦めなければ、叶っていく。


【普通】って、
社会が作り出した概念だから。

【一般的】とか【無難】とか、
【常識】とかね。
嫌いな言葉、オンパレード。笑


わたしもまだまだ
道の途中だけど。

コツコツ。ひとつずつ。
諦めるなんて選択肢はないので^ ^


最後に、
尊敬する人からもらった言葉を。

【普通】であることに囚われない。
【自分】であることにこだわれ。

社会を生きることには不真面目に。
自分を生きることには大真面目に。

何かが伝わったら
うれしいです^ ^


のんびりのびのび
素敵な週末を♡


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