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アイリッシュパブとは何か - お酒と音楽の向こう側にあるもの

突然ですが、シロイの姉がこのたび名古屋に新しいアイリッシュパブをオープンさせました! 国内有数のアイルランド音楽イベント主催者&フィドル奏者(つまりアイルランドガチ勢)によるお店づくりを通して、アイリッシュパブそのものの魅力について語ってみたいと思います。


君は君自身の運命に出会ったことがあるか?

海外のお酒を趣味にしている人を除くと、アイリッシュパブというものがいったいどのような空間なのかって、一般にはあまり知られていないような気がしています。

私自身、3つ上の姉の影響でアイルランドの伝統音楽とコンサーティーナという楽器を始めるまで、あのドアの向こうに広がっている夢のような世界のことは何も知りませんでした。「ギネス」と聞いてもあの世界記録のギネスブックを連想するくらいで、アイルランドの国民的な(そして世界的にも有名な)黒ビールであるギネスビールにも縁がなかったです。

左上に浮かんでるのがアイルランド(Google Mapsより)

どんなジャンルにも、その世界にうっかり自分の人生を見つけてしまった人というのはいるものですが、私の姉にとっては緑の国・アイルランドがそこだったのかもしれません。

元々バイオリンを習っていたというわけでもないのにフィドル(民族音楽の世界でバイオリンのこと)を始め、地元で会社員をしていたかと思ったらいつの間にか名古屋のアイルランド文化の中心地であるirish pub shamrockの中核スタッフに転身し、10年ちょっと前に自ら立ち上げた音楽イベント「Irish Traditional Music Weekend」を毎年日本全国からアイルランド音楽の演奏者&愛好家が集まるものへと成長させています。

私自身も長年ITエンジニアをやっていたのに気づいたら個人で本を書くようになっており、どうしてそうなった感が類似している点にはかなりウケるのですが、とことん突き詰める・何でも自分でやるということを「せずにはいられない」というのが我々きょうだいの気質のようなのですね。(ちなみに我々は特に商売人の家系ではなく、両親はともに公務員が不人気だった時代に地方公務員をやっていたという家庭でした)

その姉が今年の春、ついに自分のお店を持つようになったというのも、別に一念発起して夢を叶えましたみたいなキラキラストーリーではなく、親しい付き合いをしている人々からすれば「1を10000回足したので10000になりました」くらいの自然な話として映っていたのではないかと思います。誰もがすごいとは思いながら、たぶん誰も驚いていません。

とはいえ、そこに膨大な時間を飲み込んでなお底が見えないような深さの沼がなかったなら、こうした長い積み重ねも起こらなかったはずです。アイルランドの文化には、そこまで人を引きつける何かがあります。

今回はそんなアイリッシュパブの魅力と、そこで楽しまれているアイルランド音楽の魅力をざっとお伝えしてみようと思います。

合間に挟まれる写真や動画はすべて、この春にめでたくオープンした姉のお店「The Oaktree Irish Pub」のものです。今回は写真レポのような感じでお店の様子をお届けしつつ、記事の最後に改めて、お店の紹介を簡単に載せておくことにします。

パブには人間がいる(駅に人間はいない)

まず、そもそもアイリッシュパブとは…? という話から。

パブという言葉はPublic House(公共の家)の略で、その語源のとおり、アイリッシュパブは「人の集まる場所」です。ここで言う「集まる」は、人気の飲食店にできる行列のようなものとはもちろん意味が異なります。

どんな国のどんな時代にも、ご近所の人々が日常的に付き合う空間というのはあったと思います。現代の日本でも、常連さんで賑わう個人経営の居酒屋というのは普通に見かけますね。もっとしゃれたバーみたいなお店もあって、そんな「行きつけのお店」があるという状態に密かに憧れつつも、一見さんとしてドアをくぐることはちょっとためらってしまう…という感覚に覚えのある方も多いのではないでしょうか。

立地はお店によりけりですが、Oaktreeがあるのは落ち着いたオフィス街です

こうした空間の面白いところは、お店の中心がテーブル席ではなく横長のカウンター席にあって、カウンターのすぐ向こうにいるマスターやスタッフさん、そしてすぐ隣の席にいる常連さんや初めてのお客さんと普通に会話が発生するという点にあります。「人が集まる」というのは、こういうゆるいコミュニケーションの場に自然と人が引きつけられる様子を指したものです。

日本で(特に都市部で)暮らしていると、他人というのはどれも他人であり、お互いの距離が満員電車やエレベーターくらいの近さになったときでも、外ですれ違う人々と視線や言葉を交わすということは基本的にありません。飲食店の中でも、店員と客はあくまで店員と客であって、AさんとBさんという個人対個人とは認識されず、どちらも無名の存在みたいになっていると思います。

ところが、パブではそれがちゃんと人間のAさんと人間のBさんになるんですね。お客さんも人間で、店員さんも人間になります。最初は普通の飲食店と変わらない感じで入るにしても、何度か足を運ぶうちに店員さんが「以前から何度か来てくれているあの人」とこちらを認識していることに気がつくでしょうし、カウンターの中でテキパキ手を動かす合間に他のお客さんと話したりしている様子も目に入るので、特に説明されずとも「ここには『他人とは他人行儀でなければならない』という暗黙のルールがないんだな」とすぐにわかると思います。

ギネスビール。パイントグラスはわりとでっかい

これが悪い意味で日本的になってしまうと、内輪の空気感が確立されてしまって一見さんが入りづらいという状況が生まれたりすると思うのですが、パブはもっとオープンで流動的な空気というか、ほどよい距離感がきちんと存在しています。そこはあくまで「パブリック」なわけです。

パブという空間の中では、他人行儀にならなくてもいいのと同様に、別に仲良しになる必要もなく、店員さんも他のお客さんも大人としての距離感というのは普通に心得ています。お客さん同士の会話は別として、店員さんとのやりとりの空気感は一昔前のスタバみたいなイメージが近いかもしれません。いつもスタッフさんがカップに手書きのメッセージを添えてくれた…のが、大量出店を経た現在は「手書きを装った印刷ラベル」になってしまったというのはなかなかぞっとしない話ですが(現代の寓話か何かなのか?)、そうなる前のスタバですね。

たまにネットなどで見かける話に、「店員さんに『いつもありがとうございます』と言われると、なぜかそのお店に行きにくくなる(行くのをやめる)」というものがあります。匿名でいたい、構わないでほしい、個人として認識されたくない、自分も生身の人間としての顔を出さないから店員さんにも生身の人間としての顔を出さないでほしい、といった感覚がそこにはあるようです。

おそらくですが、日本では「身内」と「外ですれ違う他人同士」の中間にあるような関係性の形というのがすごく少なくて、他人同士というラインを超えることが直ちに自分のプライベートに踏み込まれることを意味するように感じらるのかもしれません。職場のような「身内」から逃れて休日にカフェに来ているのに、そこでも店員さんに顔を覚えられては…というわけです。

かつてのスターバックスが「サードプレイス」というコンセプトで絶大な支持を得たのは、そういう「ベタベタしない温かさ」を求めている人が潜在的にすごく多かったからなんじゃないかなと思います。パブにはそれがあります。これがいちばん面白いところです。

パブの定番、フィッシュアンドチップス

パブには音楽がある(音楽は商品ではない)

次に、音楽の話もしておきましょう。アイルランドというのは生活に根付いた音楽のある国で、アイリッシュパブでも「セッション」と呼ばれる演奏の集まりが定期的にあります。

一般にイメージされるライブやコンサートというのは、「プロの演奏者がステージ上で演奏し、何百人もの一般のお客さんがチケット代を払ってそれを見に行く」ものだと思います。ショーはショーとして商業的に整えられており、私たちはお客様としてそれを消費します。

パブのセッションはそうではありません。昼間は普通にオフィスや工場や農場で働いている人々が夜にはパブに楽器を持ってきて、普通に飲んだり喋ったりしている他のお客さんのすぐ隣のテーブルで、同じように飲んだり喋ったりしながら演奏を楽しみます。アイルランド音楽の世界では「プロ」という概念はかなり曖昧で、めちゃくちゃに上手で普通にCDも何枚も出してる人が「普段は普通の仕事をしている普通の人」だったりして、お金を取らない純粋な楽しみとしての演奏をしているんですね。

今、これを説明した1段落だけで「普通」という単語を4回も使いましたが、さっきのサードプレイスがそれを持つ人々にとっては「普通の日常」であるように、パブに集まる人々にとってはこの音楽も日常のものになります。そういう世界に馴染みのない、知らずに入ってきたお客さんがそれに接したときの新鮮なリアクションというのは何度見ても面白いです。

左の六角形はシロイもやってるコンサーティーナ、右の丸はバウロンという打楽器

私が暮らしている名古屋の場合、月1の定例セッションのあるお店が複数ありますし、さらに人口の多い東京ではほぼ毎週1回〜複数回、どこかしらのお店でアイリッシュセッションの時間が設けられているようです。

ちなみに、アイルランド音楽をやっている人というのは職業的なバックグラウンドが本当に多様で、私と同じくソフトウェア開発のできる方もちらほらいるので、日本全国のセッションのスケジュールを共有するSessionGOというWebサービスも存在しています。

ちなみに姉のお店、Oaktreeでのセッションの様子はこんな感じです。音声ありでどうぞ。

音楽に詳しい方の場合、すべての楽器がユニゾンで同一の旋律を弾いてるということに気づいたと思います。

アイルランドの伝統音楽の特徴は、メロディにリズムが内包されている点にあります。いわゆるリズム隊(ベース&ドラム)は必要なく、フィドルやアイリッシュフルート、ボタンアコーディオンといった旋律楽器さえあれば、それだけで何も欠けていないアイルランド音楽が成立します。この「メロディひとつだけで全部」という構造もあって、アイルランドの伝統曲にはとにかくメロディの美しい曲が多いです。

その日のセッションがどういう音の雰囲気になるのかは、たまたまその日に集まった5人か10人くらいの人たちが何の楽器をやっているのかに左右されます。そのときだけの組み合わせで、そのときだけの音色が生まれるわけですね。伝統曲さえ知っていれば、ほんの10分前に「はじめまして〜」と挨拶した相手とすぐに一緒に演奏ができるというのも面白いところです。これは他の音楽ジャンルではなかなか見られないことだと思います。

アイリッシュをやる人たちは数百曲くらいのレパートリーがまるごと頭に入っていることが普通で、楽譜もなく曲目の打ち合わせもなく、「その場で思いついた曲を弾き始め、その場で他のみんなも合わせる」という形になっています。この辺はクラシックや吹奏楽などをやってきた方には「何時間もずっと演奏してるけど、いったいどうなってるの!?」という感じに映るようで、楽器経験のあるお客さんから興味を持って話しかけられることもよくあります。

もう一つ面白いポイントとして、この音楽の界隈にはやけにフットワークの軽い方が多く、たとえば名古屋のセッションでも大阪や静岡の方が何でもないことのように顔を出していたりすることが多いです。さきほど貼った動画でも、フィドルとギターを弾いているのは静岡から来てくださった方でした。みなさんそれだけアイルランドの音楽が好きで、そこから生まれる人間同士の繋がりを大切にしているんですね。

というわけで、アイリッシュパブとアイルランド音楽、ざっくりとでも雰囲気は伝わったでしょうか。これこそが私の愛する音楽と空間であり、私の姉や共通の友人知人たちが同じように愛するそれであり、また世界中のお酒好き、音楽好き、人間好きからも同じように愛されているアイリッシュパブという空間なんです。

The Oaktree Irish Pubへのアクセス

さて、今回の記事を書き始めたのは、平たく言えば「身内がお店を開いたからみんなも来てね来てね〜!」ということをお知らせしたかったからでした。最後に、ここまで写真でお届けしたThe Oaktree Irish Pubへのアクセスを載せておきます。

Oaktreeは名古屋駅のすぐ隣、伏見駅から徒歩2分の場所にあります。お店の情報は以下のとおりです。(2026年6月時点、最新情報はお店の公式InstagramまたはGoogle Mapsの店舗情報をご確認くださいね!)

The Oaktree Irish Pub
名古屋市中区栄2丁目1番14番地コモングラウンドビルB1F
営業時間: 16:00-24:00(日祝は16:00-23:00)
定休日: 月曜日

最後に、おすすめポイントも。シロイ姉こと店主の得意分野の一つに、焼き菓子やケーキ類などのデザートメニューがあります。irish pub shamrockのスタッフ時代にも好評を博していたもので、パブでこれだけのものが出てくるのはちょっと珍しいかもしれません。

ベイリーズを使ったレアチーズケーキ

私自身はお酒にあまり強くないので、アイルランド各地から取り揃えられたウィスキーのことなどは詳しくご紹介する知識がないのですが、デザートは何を頼んでも間違いなくおいしいです。(もちろん、ギネスとフィッシュアンドチップスがおいしいことは言うまでもなく!)

今回の記事でパブやアイルランドの文化に興味を持っていただけた方、名古屋にお越しの際はぜひOaktreeにお立ち寄りいただけたら嬉しいです。

ではでは、あなたにも素敵なサードプレイスが見つかりますように!

お待ちしておりま〜す!(私じゃなくて姉上が!)(シロイは家で寝てるよ!)

関連書籍

シロイが2年ほど前に初めて出した本は「社会人のための楽器の継続と上達の手引き」というもので、これはパブでの演奏活動と人間同士の交流がなかったら絶対に生まれなかった本でした。また、今年出した「人間関係が苦手でもなんとかやっていくための本」にも、パブのみなさんから学んだことをあれこれ盛り込んでいます。(あれ、おれってもしかしてパブに育てられたのか…?)

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