自分が感動するものをつくらなきゃ、なんにもならないでしょう
クリエイターとして、あるいは自分のすることに納得して幸せに生きたいと願う一個人として、決して譲ってはならないラインについて。
誰も徒労で終わりたいとは思ってない
先日出版した書籍「人生の意味のつくり方」では、私たち自身の生き方の改善に役立ついくつかのキーワードを用意していて、その考察を中心に各章の話が進んでいく構成となっています。この中で、序盤で出てくる最重要キーワードのひとつに「主観性」というものがあります。
簡単に言えば、私たちが「意味を感じる」というのは純粋に主観的な感覚なので、これを支えるものとして客観的な証拠を求めたり、立派な理論立てや他人からの評判を必要とするなら、それは必ず失敗するということです。つまり、あなたの人生の意味はあなたの主観の中にしかないのだ、というのがこの本の中心的なメッセージになります。
やるべき仕事はきちんとこなし、周りの人間とも普通に仲良くしながら、それでも「主観に徹底して生きる」というのはなかなか難しい課題です。まあ、この世に簡単なことなんてないよねというのはこの本の最初にも確認することなのですが、とにかく努力の方向性はそちらにあります。社会的に成功しようがしまいが、自分が納得していなければそれは虚しいので、するなら結果が虚しくない可能性のある努力のほうがよいでしょう。
この本は「生きる」ということ全般を扱ったものですが、おそらくこの中にはプロのクリエイターとか、趣味で創作や表現の活動を行っている人に対しても有益な視点が含まれていると思います。また、ふつうの日常生活と具体的な表現活動ということをそこまで区別せずに、この騒々しい社会の中で「どうすれば自分の意見、生き方、価値観というものをしっかりと持っていけるのか」という課題もここには関係してきます。
今回の記事で考えたいのはその点です。「かくあるべきだ、そのようにしなさい」と言われて、実際にそのとおりにやり遂げたとしても、それで私たちが心の底から満足することはないのですから、そんなものは徒労でしかないです。そちらに流されてはなりません。
しかし、この世でただ「しっかりする」ということが本当に困難なのだということも、私たちは毎日の生活の中で嫌というほど実感していますね。どうすればよいのでしょう?
間違った要望に応えてしまうとどうなるのか
誰でも知っているとおり、食べ物の好みというのは人それぞれです。大抵の子どもはカレーやハンバーグや唐揚げが大好きで、もちろん大人でも同じように好きだという人もいくらでもいます。しかし、中にはそうした「定番の庶民的ごちそう」の一部が嫌いだという人も存在します。
どんなに素晴らしく調理されたものであっても、その素材や調味料などを苦手としている人からは好まれません。それは料理人の腕前の問題ではなく、その送り手が創出することのできる価値が、たまたま受け手のキャッチできる範囲には含まれていなかったというだけです。
このミスマッチという考え方は、就職や恋愛のような話題でも頻繁に出てくるので、社会人として何年か働いたくらいの年齢になれば、誰からも「そういうものなのだ」という形で(達観して平気な顔でいられるかどうかは別として)理解されるようになることだと思います。この世で大事なことは、だいたい相性とかタイミング次第という偶然でできているので、純粋に本人のレベルがどうこうという話だけで決まることは基本的にありません。
そこで、このような気まぐれな世界の中で、私たちができることについて考える必要があります。よく言われる話として、「自分でコントロールできることとできないことを分けよう」「コントロールできることに集中して、できないことは受け入れよう」というのがありますね。ここで変えられないものは「過去と他人」、反対に変えられるものは「自分と未来」ということになります。この話は聞いたことがある人も多いと思うので、詳細はわざわざ繰り返さなくてもよいでしょう。
今ここで注目しているのは、人はそれぞれに異なる好みと意見を持っていて、それはそう簡単に変わるものではないのだという点です。これを「自分の供給とマッチした需要を抱えている相手にターゲットを絞ろう」と表現すれば商売上のノウハウになりますが、今回私が伝えたいことは別にあります。
それは「大切にしている世界がマッチしていない相手なら、あれこれ言われても放っておこう」ということです。これは単に「なるべくよい気分で平穏に暮らすための心がけ」といったレベルの話にとどまりません。それを気にして自分のやることを歪めてしまうと、あなた自身の幸せや生活の質、クリエイターであれば創作物の質といったものが、おそらく現実に下がります。きっとひどいことになります。
簡単な例を出せば、あなたがスパイスカレー専門店のシェフで、たまたま辛いものが苦手なお客さんから「辛すぎる」とクレームをつけられたとしましょう。ここでカレーを無難な甘さにしてしまうなら、それまでの尖った味を気に入っていた常連さんは離れてしまうだろうし、クレームをつけたのはそもそもがスパイスカレーで特別喜んでくれるタイプの人間ではなかったし、あなたは本来やりたいことの道から外れてしまいました。
結局のところ、誰も幸せになっていないわけです。
人は自分のものさしを通してしか判断できない
シンプルな陸上競技のように、何かをタイムやスコアとして測定できるような分野で競争しているなら、目標もシンプルです。やり方は人によって多少異なるとはいえ、進むべき方向は誰にとっても「数字が高く(短く)なるほう」になります。
しかし、料理のおいしさというのは単一のスコアではありませんね。元々、おいしさは数値化できないということもありますが、そのおいしさというのが人それぞれの好みによって全然違って感じられるので(受け取ったデータを数字にできないだけでなく、感受される内容自体が人によって異なる)、そこには主観的な判断が必ず含まれます。
料理人の場合であれば、多くの人がおいしいと感じるかどうかというのは確かに重要でしょう。しかし、その料理を出した本人が知ることができるのは、自分の味覚を通した味だけです。レシピや味付けのさじ加減について何かを決めたいのなら、自分自身の好みと主観的な感覚を基準として判断するしかありません。
本来、ここに他人の意見というのは混じってこないはずです。他人は他人の感覚をベースとして何かを言っているので、それは自分と同じ基準に基づいて測定された情報ではなく、そもそもが「混ぜて扱うことができない情報」なのです。
ここで問題になってくるのが、基準の混同という事態です。仮に何か日曜大工をするとき、何ミリや何センチという数字の振られた普通のものさしを使っているところに、なぜか外国のものさしが紛れ込んできたらどうなるでしょうか。そこにはヤード・ポンド法で何インチという数字が振られていて、同じように「5」と書かれた目盛りの位置でも、5センチと5インチでは全然異なる長さを示しています。
このものさしをごっちゃにして適当に使えば、完成品はメートル法基準としてもヤード・ポンド法としても正しくない、どちらから見てもおかしなものになるでしょう。結果として、いびつでバランスの崩れた、誰にとっても役に立たないものが出来上がったということになります。
そこに答えを与えられるのはあなただけだ
話を創作や商売の分野に限れば、アンケートの平均点の推移だとか、まとまった期間での売り上げ金額だとか、そうしたデータを気にする必要はありそうです。それは反省と改善のきっかけになるので、自分の活動をよりよくしていく上での参考資料になります。
しかし、「味付けをもっとこうしてほしい」みたいな具体的提案にいちいち振り回されるのはやめましょう。それはたまたまその人がそう感じたというだけです。仮に何か方針を変えるのなら、「批判されたから」「要望があったから」ではなく、自分が直接的に感じ取れる情報のみで判断すべきです。これは日常生活の場面で小言を言われた場合でも同じです。
あなたが何かをつくるなら、何か意味のある生き方をしたいのなら、あくまで自分の感覚としてそうしなければなりません。そこに他人の感覚を混ぜてはなりません。絶対に混ぜないでください。
他人が他人の感覚として何かをつくるのはいいし、その人にはその人の生き方があるので、どっちがいいという話ではないです。他人の生き方や作品に学ぶということも当然あります。それは学ぶべきでしょう。お互いにそうしたほうが、お互いが幸せになれる確率が上がります。あなたがあなた自身に独自の価値を持っているように、他の誰かもその人に固有の価値を持っているからです。
問題は、あなた自身の不安から、自信のなさから、批判への恐れから、自他の価値観の基準を混同してしまうという点にあります。
結論はこうです。あなた自身の感覚で、あなた自身が意味を感じる生き方ができなければ、あなた自身が心を動かされるものをつくらなければ、そんなことをしていったい何になるというのでしょうか? ちぐはぐの生き方を選んだとしても、あなた自身は嬉しくないし、あなたの家族も友人も、ファンも顧客も、誰も喜んではくれないでしょう。
そうであるとしたら、今からでも自分の感覚を信じるべきです。これは単に心がけ云々の問題ではありません。あなたが何か意味のあることをするための有効な基準は、あなた自身の中にしかないからです。
関連記事
冒頭にも出てきたとおり、今回の話は書籍「人生の意味のつくり方」から派生した内容です。「自分らしく生きる」ということをもっと深く考えてみたい方は、ぜひ書籍版のほうもチェックしてみてくださいね!
分厚い紙書籍の通常版と、Kindle向けでお財布にやさしい「分冊版」上下巻が好評発売中です✨️
関連記事
人はどうして、大人になると絵を描かなくなるのだろう (2023.12.9)
で、そもそもみなさんは何のために生きてるんでしたっけ? (2024.11.29)
継続は力っていうか、たぶん継続以外の力が存在してないんですよね (2025.3.27)
いいなと思ったら応援しよう!
いつも応援ありがとうございます✨ いただいたチップはおやつ代へ…(カロリーを書籍とnote記事に変換しています🍩🍰☕️