HADOから何を学ぶか
この記事は HADO Advent Calendar 2025 6日目の記事です。
何もいわずとも企画が走ってくれるのはありがたいことです。企画&お誘いに感謝! @okoto2323
誰
右端の人です。

誰もが知るために
昨今、HADOの教育現場への導入が加速しています。
【お知らせ】
— HADO (@hado_info) December 2, 2025
四国中央市立川之江小学校にて、2025年度からARスポーツHADOが体育授業に正式導入されました! 💡
運動が苦手な子どもも楽しめ、協働や主体性を育む“新しい体育”がここに。学級づくりや不登校傾向の児童の登校のきっかけにも。https://t.co/bDrYB34jw8#HADO #ハドー #ARスポーツ… pic.twitter.com/oB8xExTlfE
📣 メディア掲載のお知らせ
— HADO (@hado_info) December 5, 2025
福島県西郷村 羽太小学校 の体育授業で、ARスポーツ HADOを11/25〜12/5に試験導入!🌟
性別・体格・運動能力に左右されない環境で、児童一人ひとりが「体を動かす楽しさ」と「誰でも主役になれる体育」を体験しました。… pic.twitter.com/erJiWAM2Sf
HADOが生まれてからというもの、色々な売り方をしてきました。あるときは休日のイオンタウンのイベントスペースで、あるときは社内の運動会で。はたまた、ゲームセンターなどで。7-8年前なんかは月1のイベントをやるだけで大ニュースだったものですが、今となっては毎週のようにどこかしらで体験できるようになっています。ありがたいことです。
特に最近では、学校で活用されることが増えました。新しい体育のかたちとして意欲的な先生たちの目に止まり、ありがたいことに授業として導入していただけるというパターンが増えてきたように思います。これはすごいことです。
以前から「サッカーのように有名になるには、まず競技を知ってもらわなければならない」と言ってきましたし、そのための観戦事業でした。サッカーを見に行く人の9割はサッカー選手ではないように、プレイヤーを増やすにはまず観戦者を増やすこと、そして観戦者を増やすためには、まず認知を増やす必要があります。
その認知向上の施策の最たるものの1つが、義務教育で通過するということだと思います。義務教育でやらなければ知らなかったもの、たくさんあるともいます。シャトルラン、ポートボール、平均台、肋木。。。そしてこのたび義務教育でHADOに触れることができるということで、認知の拡大、あわよくばプレイヤーへの昇華が期待できるわけです。
スポーツから何を学ぶか
学校に納入されるのは基本的にはみなさんがプレイしている対人戦のHADOです。では、子どもたちはHADOから何を学ぶことができるでしょうか。
もちろん、メインなのは体育での活用だとは思います。体を動かす楽しさ。スポーツマンシップ。チームでの共闘。戦略を考える。敗北の悔しさ。なにくそという情熱。勝利の喜び。
そしてそれだけではありません。デジタル機器を用いたAR技術。これは情報技術に繋がります。アナログスポーツからモータースポーツ、そしてテクノスポーツへの変遷。これは歴史の勉強になるかもしれません。ベンチャー企業としての矜持。起業に興味がある子の教材になったりするのかも。
みなさんは、HADOから何を学びましたか。また、今後学校でHADOをプレイする子どもたちに、HADOを通じて何を学んで欲しいと思いますか。
適切な言葉遣い
課題もあります。義務教育に導入するにあたり、現状のHADOが全てそのままで良いのか、という問題も浮上します。
子どもを「K.O.」するのは適切か
HADOでは相手を倒すことを「K.O.」と表現します。また、公式の表現ではないですが、倒し倒されをキルデスという人もいます。このあたり、想像に難くないと思いますが、普通に良くないです。
撃った弾の数をUSED BULLETと言ったりもしますが、BULLETは(銃)弾のニュアンスが強いです。日本は銃社会ではないがゆえにBULLETという表現にゲームを感じやすいのですが、この感覚は海外には通じません。問題になる言い回しです。
HADOをスポーツ路線で売っていくと決めた時、キル・デスなどの言葉は適切ではないと判断し、K.O.およびGot K.O.という言葉を使いはじめました。しかしK.O.にしたとはいえど、それはノックアウトであることに変わりはありません。相手を倒すという行為は、教育には良くないのです。
身近な話題としてドッジボールが学習指導要領から消滅したというものがあります。ドッジボールはもともとデッドボールという名前の競技で、学習指導要領に掲載されるときに名前が変えてまで乗せました。それでも人を狙ってボールを投げる競技という本質は変わらず、結局平成29年に学習指導容量から削除されました。
このように、特に昨今においては、暴力的な表現やいじめを助長するようなふるまいが含まれるものは表舞台からは退場することになってしまいます。我々も同じ轍を踏まないように、気をつけていく必要があります。
学ばれる側になろう
ソフトウェアサービスですので、上に挙げたような用語はアップデートなどで今後改善していくことができます。
ですがHADOというコンテンツは、プレイする人たちあってのものです。義務教育に組み込まれることで、プレイヤーのみなさんが人から見られることも多くなると思います。
ぜひ、子どもたちの見本になってください。
憧れられるようなプレイヤーになってください。
憧れる対象は選手としての成績かもしれませんが、言動や振る舞いかもしれません。PKの前にボールに水を掛けるなとは言いませんが、ルールブックに書いていないからといって何をやってもいいという訳でもありません。
特に初期から関わってくださっている人からすれば、現状はどんどん息苦しくなっていっているのかもしれません。ですがコンテンツが大きくなるということは、さまざまな人がさまざまな形で参加するということです。
提供側として、アーリーアダプターとして、プレイヤーとして。これから新しくHADOに触れる人たちに良い見本となれるように、我々も学び続けていければよいと思っております。
なんか真面目な話だったので懐かしい写真でも貼って終わります。


明日はHANA/虹のまりもさんです!よろしくね
