music column|THE POLICE
〈data〉
メンバー|スチュワート・コープランド(ds/vo/g/key)
スティング(vo/b/key/g)
アンディ・サマーズ(g/vo/b/key)
活動期間|1977年ー1986年
(再結成2007年ー2008年)
〈discography〉
〈スタジオ〉
●Outlandos d'Amour
(1978年/邦題:アウトランドス・ダムール)
●Reggatta de Blanc
(1979年/邦題:白いレガッタ)
●Zenyatta Mondatta
(1980年/邦題:ゼニヤッタ・モンダッタ)
●Ghost in the Machine
(1981年/邦題:ゴースト・イン・ザ・マシーン)
●Synchronicity
(1983年/邦題:シンクロニシティー)
〈ライブ〉
●Live!
(1995年/邦題:ポリス・ライブ)
〈column〉
ザ・ポリスと出合ったのは1979年。NHK-FMのラジオ番組だった。
番組名は忘れてしまったが、DJが「すごいバンドがイギリスから出てきました」と言ってプレイしたのが「ロクサーヌ」だった。
小学5年生の頃にKISS、エアロスミスと出合って以来、歌謡曲など見向きもせず洋楽を聴きあさっていたが、いままで聴いた音楽、自分の知っている世界とはまったく違う曲に、文字通り耳を奪われた。
エッジの効いたギター、ハスキーでハイトーンもヴォーカル、そして何よりも鮮烈だったのはそのリズム。スチュワート・コープランドがたたき出すそのリズムは、それまで聴いてきたハードロックやポップスとはまったく違う、ひとつのメロディを奏でるようなドラムだった。
他の曲も聴いてみたい、そう思いながらFM雑誌のオンエアリストを端から端まで呼んで「ザ・ポリス」の文字を探した。そしてようやく見つけた番組で「孤独のメッセージ」を聴いた。そして再び打ちのめされた。「ロクサーヌ」では鋭利なカッティングを聴かせてくれたアンディ・サマーズが、今度は緻密で複雑なアルペジオで魅了してくれた。
当時ギターも始めていたので、イントロをコピーしてみた。ハードロックの耳コピにも慣れていたので音を取るのはそれほど難しくなかったが、アンディ・サマーズのようになめらかでリズムに乗ったアルペジオにはならない。スチュワート・コープランドの叩き出すリズムにも乗れない。
当時、まだレンタルレコードもなく、音源を手に入れるのはラジオかレコードを買うしかなかった。とはいえ小学生。お小遣いで買えるレコードは限られている。LPレコードなど夢。なので当時の私は「買いたいレコードリスト」を作り、誕生日に買ってもらったり、お年玉を貰ったら買おうと決めたリストを作っていた。
もちろんリストに書いたアルバムをすべて買えるわけではない。リストに書かれたアルバム名の頭にはA〜Cの記号を書き、優先順位も決めていた。Cだったアルバムが、ある日別の曲を聴いてBにランクアップしたり、逆にすごいアルバム(バンド)と出合ってしまったら、AだったアルバムをBに落とし上位にランクすることもあった。
ポリスのアルバム「アウトランドス・ダムール」の名前の頭には「AAA」と記入した。そしてようやく手に入れたそのアルバムは、期待に違わず、いや期待を遥かに超える名盤だった。
翌年、「アウトランドス・ダムール」を手にしてからほどなく、セカンドアルバム「白いレガッタ」が発売になった。もう翌年のお年玉まで待ってはいられない。中学生になってお小遣いの額はアップしたものの、このアルバムを買ったら1ヵ月一文無しで過ごさなければならない。でも迷うことはなかった。お小遣いを貰ったその日にレコード店に行って購入した。
「ロクサーヌ」に続いて打ちのめされた曲「孤独のメッセージ」が「アウトランドス・ダムール」に収録されていなくて残念に思っていたが、この「白いレガッタ」のオープニングでいきなり「孤独のメッセージ」からスタートした。(シングルとして「ロクサーヌ」と「孤独のメッセージ」が発売されたのはともに1979年であり、日本発売は本国よりも遅かったためだと思われる)
「アウトランドス・ダムール」がほぼスティングの曲だったが、「白いレガッタ」ではスチュワート・コープランドの曲が半数を占め、曲もサウンドもバリエーションに富んだ作品となっていた。同作はザ・ポリスの世界的地位を固めると同時に、私の中での地位も絶対的なものとなった。
そして待ちに待ったサード・アルバム「ゼニヤッタ・モンダッタ」が発売。しかし、リリース前から「ドゥドゥドゥ・ディ・ダダダ」や「Don't Stand So Close to Me(邦題が最悪なので敢えて原題で)」がラジオで流れていて、正直「あれ?」と思っていた。ただ、ファーストからセカンドへの音楽性の変遷を考えると、これもありかなと思いつつ購入して聴いてみたが、全編通して聴いた感想も「あれ?」だった。良曲も多いものの、なんとなく全体的にバラバラで(前作は良い意味でのバラバラだったが本作は悪い意味で)、何よりザ・ポリス「らしさ」が見当たらなかった。
逆に次作「ゴースト・イン・ザ・マシーン」は評論家からも酷評されていたが、個人的には前作よりははるかに良く、ザ・ポリスらしいと感じた。そして後になってわかるが、このアルバムは、ラストアルバム「シンクロニシティー」への大いなる布石となっていたのだった。
サード・アルバムリリース後から音楽雑誌などで、メンバー間の不和なども話題になっていて、「ゴースト・イン・ザ・マシーン」の商業的な失敗(と言われている)もあり、それまでは毎年リリースされていたアルバムが、翌年はリリースされなかった。正直、このまま長期休眠に入るのか……と思っていたら1983年、それは突然届いた。アルバム「シンクロニシティー」である。
いままでのザ・ポリスか?と言われれば「NO」だ。しかし、そんなことはまったく関係なかった。1曲目「シンクロニシティーⅠ」でのスチュワート・コープランドのはじけるようなドラム、ファーストよりもより鋭利なアンディ・サマーズのギター、そしてすべてはこのアルバムのために試行錯誤していたんじゃないかと思うほどのスティングのヴォーカル。すべてが完璧な作品だ。結果的にバンド最大のヒット曲「見つめていたい」や「キング・オブ・ペイン」を含むこのアルバムは、捨て曲なし、絶対的なナンバーワンアルバムとなった。
加えて、このアルバムリリース後に行われた「シンクロニシティー・ライブ」での映像作品がリリースされ、アルバム以上の衝撃を受けた。ドラムセットがぶっ壊れるんじゃないかと思うほどパワフルに叩くスチュワート・コープランドの格好いいことといったら。見所は、「キング・オブ・ペイン」の前半でマリンバを叩くスチュワート・コープランドが、転調する直前にマレットをポーンと後ろに放り投げてドラムセットに走って行き叩き始めるシーン。また、このビデオではスティングがいかにベースが上手いか、歌いながらあのフレーズをよく弾けるなと感動する。アンディ・サマーズは冒頭珍しく12弦ギターを弾いているのだが、どんなギターを弾いてもやはりアンディ・サマーズの音で、終始楽しげに弾いてライブを堪能しているように見えた。
これが不仲で空中分解しかけたバンドの演奏だろうか。ここからまたザ・ポリスの新しい歴史が始まる、また次のアルバムを待つワクワク感を持てるのか。その想いはあっさり裏切られた。
ザ・ポリスはこのアルバムを最後に活動を停止する。正式には解散してはいないが、いまでも新たなアルバムはリリースされていない。不仲で、とは言ったがそれはあくまでも噂の域を出ず、3年後に新たなレコーディングを始めていること(アルバムリリースはされなかったが)、2000年代以降に散発的にステージやライブを行っていること、2007〜2008年にワールド・ツアーを行っていることなどから考えると、不仲ではなかったのではないかと思われる。ただ純粋に3人のやりたい音楽の方向性が違っていったのではないかと思う。実際、ソロになってからのスティングの楽曲や、アンディ・サマーズ、スチュワート・コープランドの活動を考えると納得できる。
2025年現在、3人とも元気に音楽活動を続けている。だが、ザ・ポリスが再結成してほしいとは思わない。過去の楽曲のみを演奏するリユニオン・ライブがあったとしても興味はない。私にとってのザ・ポリスは、あの時、あの時代のザ・ポリスである。
出合いから「シンクロニシティー」まで実質5年。アルバムはたった5枚。だけどその5年のワクワク感、5枚の高揚感はいつまでも大切にしたい。
