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春休み、家でダラダラする子どもがうっとおしいのは、私の問題かもしれない

私たちは養育里親として、新高校1年生の里子と暮らしています。

先日、里子の高校の入学式がありました。

そのときの私の心の声は—
「やっと、やっと、入学してくれたー!」でした。

長かった春休み。
正直に言うと、子どもが家にいるのが、うっとおしかったです。

起きてくるのは、お昼過ぎ。
テレビやYouTubeを見て、一日が終わっていきます。

「せっかく受験が終わったんだから、ゆっくりさせてあげたい」
そう思う気持ちもありました。

でも、それとは別に、
どうしてもイライラしてしまう自分がいたのです。



なぜ、こんなにうっとおしいのか?


子どもが学校に行かずに、ずっと家にいる春休み。

なぜこんなにうっとおしく感じるかというと…

昼ご飯の用意だけでなく、いつ起きてくるかわからない子どものお世話で、生活のペースが乱されるから。

在宅ワーカーの私にとって、仕事の場に子どもが入ってくること自体がストレスになります。

「今、やろうとしている作業」が後回しになることも、
「ねえ、ちょっとこれ見て?」と不意に声をかけられるのも、いい迷惑。

そう感じてしまう自分がいます。

そして、広くもない家で、人が1人多いと、圧迫感があって落ち着きません。

  • 里子だからか?

  • 嫌いなのか?

と問われれば、答えは「NO」。

コロナ禍で夫が家にいた時も、同様に感じていたからです。

うっとおしい。
—それに尽きます。


でも、冬休みは違った


だけど、ふと「冬休み」を思い出したら、そこまでストレスを感じていなかったことに気づきました。

冬休みは受験前の追い込み時期。

猛勉強していた里子をサポートしたいと感じていましたし、実際あっという間でした。

今回の春休みも、その前の冬休みも、里子が「ずっと家にいる」のは同じ。

なぜ、こんなに感じ方が違うのでしょうか。

違いは、たったひとつ。
勉強しているか、していないか。

冬休み中はよく勉強していた里子も、受験が終わった春休みは勉強なんてせず、毎日ダラダラしていました。

なるほど、私は「ダラダラと生活する人」が苦手らしい。

そういえば、コロナ禍に夫が家にいた時も、仕事が休みだったので、家でダラダラしていました。


何もしていないと、不安になる


私がキリキリと仕事をしている側で、誰かがダラダラしている。
もしかして、私は嫉妬しているのでしょうか。

「私もダラダラしたいのに、ずるい!」という感情。

確かに、ゼロではありません。

自分が働いている時に、夫が休みでのんびりしてると、「じゃあ、これやっといて?」と家事をふりたくなるもの。

だけど、嫉妬よりも、不安感や不快感の方が大きいことに気づきました。

あ!と思い出したのは、
昔、親によく言われた「働かざる者、食うべからず」という言葉です。

子どもの頃、長期の休みをダラダラすごしていると、親からこのように言われて、家の掃除をさせられたもの。

当然、勉強をするようにも言われました。

そして、「いい子にしていないと、山に捨てる」と言われたのも記憶しています。

私にとって「働かざる者、食うべからず」と「山に捨てる」はセット。

今でも、ダラダラした生活は居心地が悪いですし、何もしていないと見捨てられる気がして恐怖を感じます。

とはいえ、他人が「何もしない」ことにまで不安に感じて、イライラするのはどうなのでしょうか。

ただの八つ当たりです。



問題は、たぶん私のほう


里子はただ、春休みをのんびり過ごしているだけ。

問題は里子にあるのではなく、それを見た時の自分の感情なのだと思います。

私の中にある「働かざる者、食うべからず」という古い価値観や
「見捨てられるかも」というアラートに引っかかる感じ。

大人になった今、私は「働かざる者、食うべからず」なんて言葉、長らく使っていません。

実際、生産性ばかり重視するのはどうかと思います。
何もしない時間こそ、大切にしたいです。

でも、「働かざる者、食うべからず」という価値観は私の奥深くに残っていて、完全に離れられたわけではないようです。

子どもの春休みをうっとおしく感じるのは、私の問題だと気づいたら、少し楽になりました。



それでも、うっとおしい


だけど、頭で問題を理解していても、「うっとおしい」という感情は残ります。

私は、お互いが快適に過ごせるように、現実的な線引きをしました。

  • 私の仕事中は声をかけないこと

  • 週に2日は図書館に行って、自習すること

  • 外出しない日は、必ず散歩をすること

境界線をもうけることで、ストレスはかなり減らせました。

次の難関は夏休み。

きっとまた同じことでイライラする気もしますが、
そのときはそのときで、また考えるしかないです。

みなさんは、どんな工夫をされていますか?


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