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神社好きが高じて國學院「学ぶ部」に入ってめっちゃ楽しかった〜現代版、鈴屋

國學院大学が最近はじめた「学ぶ部」に参加してきました。楽しかった。


フラットに深く話せる場が世の中には少ない


私は神社、伝承、祭祀、磐座好きなのですが、でも、そうした話題をフラットに深いレベルで語り合える人に出会う機会はあまりありませんでした。

神社そのものに詳しい人や、「ここは行ってよかった」「こんなすごい体験をした」と教えてくれる人はいても、そこで話が終わってしまうことが多い。

「背景に神道のどんな世界観があるのか」みたいな踏み込んだ話ができる人はほとんどいなかったんです。(まあ、思想ってけっこうセンシティブでもあったりしますよね。)

だからこそ、私はnoteで好き勝手に自分の話を書き散らかしているのかもしれません。


「学ぶ部」は現代版の鈴乃屋

そんななかで出会ったのが「学ぶ部」。まさに現代版の鈴屋のような場所でした。

「専門家の話をただ聞く」のではなく、参加者全員が専門家でもあり聞き役でもある。
それぞれの関心を持ち寄って「ねえ、これってどう思う?」と問いかけたり、自分の知っていることをシェアしたり、そんな対等で温かい雰囲気が、とても心地よかったです。

たとえば「神社で参拝するとき、何をお願いする?」というテーマが出たのですが、これがまた面白くて、普段なかなか話す機会がない話題です。

答えは一つじゃない。みんなそれぞれに考えがあり、それを尊重しながら「あーそれ、いいね」と言い合える。
こういう場があるって、思った以上に貴重だなと思いました。


自由に語り合える楽しさ

印象に残ったのは、遠野物語を研究している方の話。

自分でインタビューもして、河童や座敷童の由来についてご自身の見解を話してくださったのですが、これがとっても興味深いんです。

「学ぶ部」は学会ではないので、「実はこうなんじゃないかと考えてる」という仮説レベルの話でも自由に飛び交います。正解のわからない世界を一緒に歩きながら考えるのが、新鮮で楽しかったです。


自分のルーツにも気づく時間

話題は注連縄やお正月、地域の行事など多岐にわたり、「長野と三重って意外と似てる文化があるよね」という話にもなりました。

話しているうちに、自分の実家・三重の文化にも知らないことがたくさんあると気づかされて、終わってから久々に実家の母に「うちの正月の飾りってさぁ・・」とか連絡をとったりも。

学ぶというのは、ただ知識を増やすことではなくて、自分の足元にあるものを新しい目で見つめ直すことなのかもしれません。

三重の南部にある蘇民将来の注連縄。京都と長野にも伝承があると聞いてる

「学ぶ部」に参加してみて感じたのは、同じ関心を持つ人との、知と好奇心の場の心地よさだと思います。

専門でなくてもいい。自分の関心を持ち寄って、語り合いながら、世界の見え方が少しずつ変わっていく時間が、とてもいいなと思いました。

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