宇宙と祈りの間で 01|宇宙は今も膨張しているという話
宇宙は今も膨張している。
講演の中で聞いたその話は、知識としては前から知っていたはずなのに、あらためて耳に入ると、少し違う重さを持って残った。
「宇宙は膨張している」
そう聞くと、どこか理科の授業みたい。
わかったような顔で通りすぎられる言葉でもある。
けれど、講演の場でその話を受け取っていると、それは単なる説明ではなく、いまこの瞬間にも世界がじっとしていないってことだよな、と思うわけで。
もうできあがったものを、あとから人間が観察しているのではなく、宇宙そのものが、まだ途中にあって、まだ広がっていて、まだ変化の中にいる。
そう考えると、「宇宙」という言葉が急に古びたものではなくなる。
現在進行形なの・・・。
それは少し、不思議な感じ。
宇宙の話を聞いているのに、どこか「生きているもの」の気配を受け取るような。
もちろん、宇宙に意志があるとか、そういう話ではない。
けれど、「膨張している」という一言の中には、止まっていない感じとか、終わっていない感じとか、まだひらいていく感じがある。
成長してるみたいなことだよなって思う。
満月に近づく月みたいなイメージかもしれない。
人はつい、世界を「そういうもの」として固定して見たくなる。
宇宙も、歴史も、他人も、自分のことさえも。
もう決まっているもの。
だいたい見えているもの。
そう思えたほうが、少し楽だからかもしれない。
けれど、宇宙は今も膨張している。
見えないほど大きな場所で、いまなお広がり続けている。
そう聞いてしまうと、「世界はすでに決まっている」という感覚のほうが、むしろずいぶん頼りないものに思えてくる。
不安定だ、とか言いたいんじゃなくって。
ただ、完成したものとして眺めていた世界の表面に、ほんの少しひびが入る。
そのひびの向こうで、まだ動いているものの気配がする。
講演を聞きながら、宇宙はどこまで広がっているのか、という問いより先に、
「まだ広がっているものの中に、自分もいるのだな」
という妙な感覚が残った。
とても大きな話なのに、急に他人事ではなくなる。
遠い宇宙の話は、ときどきこうして、こちらの足元を少し揺らす。
世界は、もうできあがってしまった箱ではないのかもしれない。
いま見えているものだけで閉じたものでもないのかもしれない。
そう思うと、少しだけ呼吸が深くなる。
宇宙が今も膨張しているということは、ただ「すごい」と言って終わる話ではなくて、世界はまだ途中にある、という知らせにも聞こえる。
人が何かを受け取りなおすことも、わかったつもりだったことが、ある日もう一度ひらくことも、止まっていたはずのものがまた動き出すことも、どこか少し似ている。
講演のあとで2025年のメモまでさかのぼってしまったのも、そういうことだったのかもしれない。
終わったはずのものが、終わっていなかった。
通りすぎたはずの言葉が、まだこちらに向かって広がっていた。
宇宙は今も膨張している。
その一言は、宇宙の説明である前に、世界を固定して見すぎるな、と静かに言われたような気もしている。
まだ広がっているものの中にいる。
そう思うと、少しだけ、見える景色が変わる。
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