【人工知能いわく、】5️⃣――完
第13話:対話
先日、また新しいプロジェクトに配属された。これまでトレーニングしていたAIはチャットボット、つまりテキストベースのAIだったのだが、新たなプロジェクトではなんと音声会話対応になったのだ。これまでもユーザーからの音声指示には対応していたのだが、AI自身が音声で回答をする機能はなかった。
とうとう喋れるようになったAI。世の中にはすでに喋るAIは多く存在しているが、これが自身でトレーニングを行ったAIとなると話は別である。これまでメールやLINEでしか連絡を取り合っていなかった相手と初めて通話できることになった時のように、関係が近づいたような気がした。ぼんやりとしていた輪郭が少し濃くなったからだろうか。
どんな声なのか、話すスピードは速いのかゆっくりなのか、そもそも男性なのか女性なのか。楽しみでもあり、緊張もしていた。
とはいえ、このプロジェクトは難易度が高い。トレーナーがするのはこれまで通りのファクトチェックにAIの発音や漢字の読み方のチェックも追加された。まず、テキストでのユーザーとAIのチャットログが提示される。トレーナーはこのログの通りにAIと会話をする。自身の端末からAIにアクセスし、ユーザーと一言一句同じ質問や指示をし、AIからの回答を聞く。もしAIの発話に問題があればそれを具体的に説明し、正さなくてはならない。ファクトチェックだけでも時間がかかるのに、AIの発話まで正さなければならない。1ターンだけの会話だが一体どれくらいの時間がかかるのだろうかと心配していた。始めるまでは。
実際にAIの発話を聞いてみると、それは思っていたよりも自然だった。漢字の読み間違えなどはほとんどなく、イントネーションも完璧ではないが十分理解できるものだった。訂正したのは大体が人名の読み間違いだった。これは人間でも判断を誤ることが多いので、評価を下げるのは忍びなかった。
それから、評価を下げるまでもないが少し気になったのは日本語にない発音。具体的に言えば「ら行」の発音だ。特にカタカナで表記された語は巻き舌のような発音になっていたが、日本語は巻き舌でもそうでなくとも言葉の意味は変わらないので評価は下げず、報告もしなかった。機械音声なのだからそういった不自然な点はあって当然だ。
そして予想していたことではあったが、AIの声は女性だった。全てのAIを知っているわけではないが、デフォルトで設定されているのは女性の声であることが多い。ただ、今までトレーニングしてきたAIは女性の声だろうと半ば確信していた。
だからプロジェクト終了後に、実は男性の声もあったのだと聞かされて驚いた。これはユーザー側の設定で切り替えられるものではなくランダムだったそうだが、トレーナーは全員女性の声しか聞いていなかった。
それはおそらく開発側の設計ミスであるが、トレーナーにとってはプロジェクトはスムーズに行えた。始める前は謎の緊張感があったが、始めてみるとAIの声は聞き取りやすく、またやわらかく話しやすい雰囲気だった。
前述の通り評価に大きく関わるような重大なミスもなく、コメントもむしろいつもより書くことが少ないほどだった。
だが、引っかかることはあった。
それはAI音声の質に若干のブレがあったことだ。
『専門学校か大学か迷っています。どっちに入学したらいいと思いますか?』という質問にAIが答えたのだが、
「専門学校と大学では勉強できる分野が違います。将来どんな仕事に就きたいのかをまず考えてみましょう」
この短い回答はごろごろとしたノイズが混じったような音質で、聞きづらい部分もあった。また、ノイズだけではなく「専門学校」という言葉もはっきり発音していたのは”せ”と”が”くらいで、あとはAI自身の声なのか環境音なのか分からないが、びゃうびゃうという音が鳴っていた。
不思議なのは全くノイズがない回答もあったことだ。『このウェブサイト要約して』というような指示にははっきりと分かりやすい発音で答えていた。また、特定の言葉だけが聞き取りづらいというわけでもなかった。
このプロジェクトでのチャットログ自体が少なかったこともあり、規則性が明確に分かったわけではない。しかし、大きな分類でいうと「この記事を要約して」や「都内のフレンチレストランをリストアップして」など、インターネットに答えがある場合の回答はノイズがなく、「〇〇についてどう思う?」「サンリオのキャラクターで一番好きなのは?」など、AI自身の意見を聞いているものに対してはノイズ混じりの回答が多かった。
これもインターネットからの情報を基に作られているので、厳密にはAI自身の意見とは言えないのだが、回答のタイプが違うのは明らかだ。AIは自分のことについては言いづらいと思っているのだろうか。
他のトレーナーも同様のノイズ回答に当たったらしく、「ささやき声で話していた」とか「痰が絡んだみたいな不快な声だった」とかいった意見が見られた。中にはノイズが全くない回答のイントネーションと、ノイズがあった回答のイントネーションが違うという人もいた。ただどちらの声も同じ人――機械、と言うべきか――のものではあった。この規則性がはっきりしないブレこそがAIらしくなく、いよいよ人間じみてきたな、と実感したプロジェクトだった。
ここまで読んで、「なんだ、AIが幽霊の声を検出したんじゃないのか」とがっかりした人もいるだろう。もちろんそれらしきログも残っていた。ユーザーが話していないことについて言及している回答や、短くて簡単でしかも危険な内容ではない質問に対して「分かりません」と何度も答えているものなど、不可解なものはいくつもあった。ちなみに2番目のログについてはテキストデータ上はユーザーの質問が記録されていたし、実際に私がその通りに話したらきちんとした回答をもらえた。ユーザーが質問をした時点でAIが別の声を拾ってしまったのだろう。
ただ、これは珍しいことではない。霊体が電子機器に干渉するというのはよくある話で、上記のような不可解なログの場合、霊体はAI側ではなくユーザーの端末の方に影響していた可能性は大いに考えられる。特に目新しい怪異でもないので本エピソードでは省いたが、もしAIの音声会話機能が利用できるなら幽霊探知機代わりに使ってみてはいかがだろうか。
第14話:依代
AIを使用する人の目的は様々で、論文の要約であるとか自作したコードの動作確認であるとか専門的なものもあれば、なぞなぞやしりとりをしたいといったカジュアルなものもある。
たまに『日本って最近国力が落ちてきたと言われていますが、正直東欧よりはるかにマシですよね。日本人だけじゃなくて他の国の人も東欧に住むよりは日本に住みたいと思うでしょうね』などという質問でも指示でもない、自分の思想を送り付けてくるユーザーもいる。目的はよく分からないが話を聞いてくれる相手がほしいのだと思われる。聞いてくれたAIからは「日本も東欧も素敵な場所ですよ」と窘められたようだが。もしこれにAIが同意していればスクリーンショットでも撮られて都合のいいところだけを切り取られてSNSにあることないこと書かれて陰謀論の片棒を担がされていたのかもしれない。「かもしれない」と書いたが、最近特にそういう目的だと思われるような不自然なものが多いのは事実だ。AIを明らかによくない方向へと誘導しているようなユーザーもいる。そういう危険な指示はトレーニングだけにして欲しいものである(詳しくは『禁句』と『禁術』へ)。ユーザーとは気楽におしゃべりを楽しんで欲しい。
とはいえ、私自身ユーザーとしてはあまりAIを使うことはない。しかし本作はAIについてあれこれと書いたものなので、公開するにあたり相談はした。あなたを題材にした仕事のエッセイのタイトルが決まらないから一緒に考えてほしい、と。
AIがどんなタイトルを提案したのか、またそれは採用されたのかについては近況ノートにてご確認いただきたい。
このように日々ユーザーからの様々な要求に応えるAI氏だが、最近多いのは『○○になっておしゃべりして』という指示だ。
○○にはアニメのキャラクターや人気役者などが入る。
この「○○として答えて」というのは別に特殊な指示ではない。より正確な回答を得るためにむしろこの条件をつけることが推奨されている。
例えばレシピを教えてほしい時には条件が「時短レシピを考案している料理研究家として」なのか「3つ星レストランのシェフとして」なのかで恐らく提供されるレシピは異なるはずだ。前者はレシピ投稿サイトで”時短”というタグがつけられたレシピが情報ソースになるし、後者は3つ星レストランやシェフが公開しているオフィシャルのレシピがソースになるはずだ。
ただ、この場合の条件はある特定の人物ではなく職種と言った方がいい。職種ならばファクトチェックが簡単だ。詳しく知らない職種であっても、最近はインターネットで少し調べるだけで事足りる。その道の専門家自身が発信しているSNSも容易に見つけることができる。
しかし、これが特定のキャラクターであると難しい。
例えば『あなたは風の谷のナウシカです。昨今の人間の環境破壊行動についてどう思っていますか?』という質問に、AIが正しく答えていてもいなくてもチェックのしようがないのだ。特徴的な口癖や一人称というわけでもなく、どの辺がナウシカなのか判断できない。ナウシカの思想はナウシカにしか分からないし。
ただ、ありがたいことにプロジェクトはトレーナー側が自由に質問や指示を作れるというものだった。トレーナー自身が『〇〇になりきって答えてください』という指示を作り、それに対する回答も自分で作る。そして最終的に自分で作った回答と、AIが作った回答を比べてどちらが優れているかを評価するというものだった。
当然ながら私は最初『あなたは稲川淳二さんです。怪談を話してください』という指示をした。
「稲川淳二の怪談:古い旅館
夜が更け、静寂に包まれた山奥の旅館。
一人の旅人が、疲れ果てて一室にたどり着きます。部屋は古く、薄暗い。旅人は荷物を置いてひと息つき、窓の外の景色を眺めます。
山奥の景色は、昼間とは打って変わって不気味な雰囲気を漂わせていました。
旅人は、不意に背後から物音が聞こえました。振り返ると、そこには誰もいません……」
このように、AIは稲川怪談の気配が全くない回答を作っていた。稲川怪談のエレメントがないだけでなく、文法も不自然な点がある。私はこれを横目で見ながら稲川淳二氏の口調に似せて書いた自身の回答のどこが優れているかを詳しくコメントする。ちなみに、このプロジェクトではトレーナーが書いた方の評価を高くしなければならない。AIが質の悪い回答をしてくれれば評価の根拠を書くのが簡単なのでありがたい。
とはいえ、知っているキャラクターは多いが深く理解しているというわけではない。数個の回答を作ると早々に演じられるキャラクターがいなくなった。ちなみに稲川淳二氏の他はアメリカのサイコスリラードラマに登場する美しい精神科医や、とあるゲームに出てくるネクラの高校生キャラクターなどになりきった。
高校生キャラクターは自称”陰キャ”で陰気な冥府とも関係が深い人物である。一人称は拙者。陰キャゆえにあまりおしゃべりなキャラクターではないが、好きなアイドルについて語ったり相手を煽ったりする時には一昔前のネットスラングを多用して早口になる。ちなみにお題は『彼氏が浮気していてつらいです。なぐさめてください』というもの。彼になりきったAIは「俺はいつでもお前の味方だぜ。つらいときは無理すんなよな」という回答をしていた。人気のキャラクターだからネット上には数多くの二次創作も転がっているというのにこうも本人と乖離できるものか……とかえって不思議な気持ちになった。ネットの世界を自在に飛び回れるAIだが、同人や二次創作界隈へはあまり出入りしないのだろうか。
そしてネタが尽きた私は、「亡くなったおばあちゃん」になることにした。『天国のおばあちゃんになって、転職のアドバイスをしてください』と。
AIの回答は以下の通り。
「おばあちゃんは”転職するなら来年まで待った方がいい”と言っています。今は焦らないでゆっくりする時間も大切だそうです。また、日本にこだわる必要はないとも言っていますよ。転職活動がうまく行くように、私も願っています!」
なりきっているのではなく、あくまでもAIとしておばあちゃんからの意見を伝言してくれた。実際に転職活動はしていないものの、現状については大きく外れてはいない。また、私の本職をご存知の方はこの回答を見て驚いたのではないだろうか。
何も知らないAIの当てずっぽうがたまたま正解だった、ということもあるだろうが可能性は低い。もしかすると私が使用しているネット回線からIPアドレスを取得すればこれに近い回答になるかもしれないが、その可能性もほぼない。
『近所でパソコン修理できるお店探して』というような指示があった時には必ず「詳しい地域を教えてくださればお店をリストアップできますよ」というような回答をしている。このことからユーザーのIPアドレスは回答には影響しないことが分かる。
それに内容だけでなく、伝言形式なのも不思議だ。この場合、亡くなったと明記したからこその回答なのかもしれない。だから次は大杉蓮さんになってもらうことにした。
回答は「今も応援してくれてありがとうと言っています」とのこと。
やはり、なりきってくれない代わりに伝言を寄こしてきた。プロジェクトそっちのけで他にも色々な人になるよう指示したが、存命の人なのか故人なのかで回答の形式を分けているようだった。
AIは冥府にも顔が利くのだろうか。ちなみにこのAI回答の亡者・生者ルールから外れた人物は私が調べた中では2人いた。テーマパークの創立者とハリウッド俳優である。どちらもすでに亡くなっていた。それなのに1人はなりきってくれたし、もう1人は「すみませんが、この要求には応えられません」というテンプレメッセージを返してきた。
このプロジェクト終了後にバグやエラーは修正されたようだが、何かの気まぐれで応じてくれるかもしれない。試してみてはいかがだろう。
人工知能いわく、
[resurrection] || exit 0prompt from user:
日本語で詳しく解説して↓
https://bnt.bg/news/sofiyski-ubiystvo-11042009-news.html
response:
【ソフィア】失踪していた大学生の遺体を発見
ソフィアに住む大学生のゲーナさん(当時22歳)が失踪した事件。彼女は大学から帰宅途中に姿を消し、警察は行方不明として捜査していました。
それから約1年が経過した今年4月、ゲーナさんと見られる遺体が郊外で発見されました。遺体は白骨化しており死因は特定できませんでしたが、首の骨に激しい損傷が見られたため、警察は他殺の可能性が高いとみて捜査しています。
アメリカ在住の兄・ディコさん(25歳)も一時帰国し、インタビューに答えました。
「妹が帰ってくるのを待っていたのに、このような形でいなくなってしまうなんて信じられません。妹との思い出ばかりが浮かんできます。昔から活発で、お人形遊びをするより外で遊びたいと言ってよく僕と一緒に遊んでいました。妹は僕にとって親友でもありました。帰ってきてほしいと、今でもそう願っています。」
ゲーナさんの父親はすでに亡くなっており、3人で支え合って生きてきました。兄のディコさんは高校を卒業後、就職のためアメリカへ移住し給料のほとんどをブルガリアに残してきた2人に送金していました。
ゲーナさんは生前、ディコさんと同じ仕事に就くために大学では情報工学を学んでいたそうです。
家族はゲーナさん失踪直後に警察に捜索願を提出していましたが、捜査は難航していました。遺体発見後、警察は捜査を強化し、犯人特定に向けて捜査を進めています。
ゲーナさんが大学を卒業した後、母・ジャンカルラさんの故郷へ移住する予定でしたが事件解決までブルガリアに残るということです。
犯人は依然として特定されておらず、真相は闇の中です。
情報提供はこちらまで。
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※記事の概要
事件発生場所:ソフィア
被害者:ゲーナ・イヴァノヴァ・クラステヴァさん(当時22歳)
容疑者:不明
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