近未来小説「ユートピア」第2話 「アイウエア」〜それは小さな眼鏡から始まった〜
【前回までのあらすじ】
定年後、八ヶ岳南麓の小屋に移り住んだ上社守(かみやしろ・まもる)。
便利で快適な生活を求め、多くの人々が「シティ」と呼ばれる都市へ移り住み、取り残されたかつての地方都市は、いつしか「自治区」と呼ばれるようになっていた。
インフラは衰退し、AIやネットワークさえ不安定になった旧北杜市自治区。そこで守が日々の足として愛用しているのは、昭和の時代に生まれた一台の「スーパーカブ」だった。
電気も高度なネットワークも必要とせず、自らの手で整備し、調整し、壊れれば直すことができる。
相変わらず美しい八ヶ岳の姿を眺めながら、守はそんなアナログな機械の確かさに、「自分の力で生きている」という実感と、ささやかな充足を覚えていた。
そして今日も、スーパーカブのエンジン音を響かせながら荒れた旧国道を走り、守はこれまで自分が生きてきた時代を思い返していく――。
【第2話 アイウエア】
思い起こせば、大きな変化が始まったのは2020年代後半からだったと思う。
もちろん、それ以前からAIはあった。
2000年代初頭には、未来学者レイ・カーツワイルが、AIの知能が全人類の知能を超える「シンギュラリティ――技術的特異点」が2045年ごろに訪れると予測していた。
当時の私にとっては、ずいぶん先の話に思えた。
2045年。
そのころ自分は何歳になっているだろう、なんて考えた記憶がある。
ところが、実際の変化は人間の予想よりずっと早かった。
最初に私たちの生活を大きく変えたのは、2020年代後半に発売され、広く使われる様になった眼鏡型デバイス――「アイウェア」だった。
当時すでに、人間の脳に直接チップを埋め込み、コンピューターと接続することも技術的には可能だと言われていた。
実際、一部では実用化に向けた研究も進んでいた。
しかし、身体、それも脳に機械を埋め込むこと、いわゆる「電脳化」への抵抗感は強かった。
臨床例がまだ少ないことへの不安もあったし、安全性やプライバシー、そして「人間の思考に機械がどこまで入り込んでよいのか」という倫理的な問題もあった。
ほんの一部の新し物好きは飛びついたけれど、大多数の人間が一足飛びにそこまで進むことはなかった。実際、当初には様々な事故もあった。
その点、アイウェアは違った。
見た目は普通の眼鏡とほとんど変わらない。
嫌なら外せばいい。
それが人々にとって、大きな安心感だったのだと思う。
それ以前、2020年代の電車の中には、今から考えると少し奇妙な光景が広がっていた。
座席に座っている人も、つり革につかまっている人も、ほとんど全員が「スマートフォン」と呼ばれる板状の端末を手に持ち、小さな画面を覗き込んでいた。
私もその一人だった。
ところが、アイウェアが発売されると、その光景は驚くほど短い期間で消えていった。
視界には必要な情報が直接表示される。
目線を動かす。
瞬きをする。
声をかける。
それだけで通信も、検索も、買い物も、仕事もできるようになった。
道を歩けば進むべき方向が視界に重なって表示され、知らない人と会えば、許可された範囲で名前や所属が表示される。
一度会ったことのある相手ならば、さらに互いに許可された範囲でその人の情報が瞬時に表示されるのだ。
もう、「顔は知っているのに…この人なんて名前だったっけ…」ということも皆無となった。
外国語の看板を見れば、その場で日本語に置き換わった。
会話している相手が外国人でも、翻訳された言葉がほとんど遅延なく耳に届く。
財布も、切符も、鍵も、時計も必要なくなっていった。
やがてAIは使用者の癖や好みまで覚え、こちらが尋ねる前に必要な情報を提示するようになった。
朝起きれば、その日の予定を教えてくれる。
家を出ようとすれば、
《午後から雨が予想されています。傘をお持ちください》
と教えてくれる。
体温や心拍数などのセンサーが組み込まれており、体調が少しおかしければ、本人より先に気づくことさえあった。
スマートフォンを取り出す必要など、もうなかった。
そして、電車の中から、あの光景が消えた。
誰も手元の小さな画面を覗き込んでいない。
人々は再び前を向いて歩くようになった。
もっとも――
本当に前を見るようになったのかどうかは、今でも私には分からない。
人間が覗き込んでいた小さな画面がなくなっただけで、その画面は私たちの視界そのものへ入り込んだのだから。
そして今振り返れば、あれが始まりだったのだと思う。
人間が必要なときだけAIを「使う」時代から――
人間の生活のすべてに、AIが寄り添う時代への転換点。
最初は誰も、それを恐れてはいなかった。
便利だったからだ。
あまりにも便利だった。
一度使えば、以前の生活には戻れないほどに。
そしてその先に待っていたものを――
当時の私たちは、まだ知らなかった。

