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ヨーロッパで好きな国は?と聞かれたら 

おそらく
一般的にヨーロッパと言われる国には
行ったと思う。


2026年8月現在の訪問国
どこもに思い出がある


「ヨーロッパで一番良かった国はどこですか?」
とよく聞かれるようになった。


正直、
私はこの質問がすごく苦手だ。


正確に言えば、
訪問回数が増えるほど
聞かれるのが苦手になった。


各国の有名な観光地には
もちろん足を運んでいるが、
行けば行くほど感じることがある。


まず1つ目は、
私はその国のことを何も知らないから。


もちろん、
観光地として聞かれてることは
分かってるんだけど、
それでも返答につまる。


海外に行くと、
全く溶け込めず、
浮いている自分を感じる。


私は旅行者でしかない。


性格上、観光地から少し離れ
住宅街をウロウロしたり、
わざとGoogleマップを使わない時間を作り
ひたすら歩いたりもする。


それでも私は
その国にお邪魔している部外者だ。


髪が金髪で、
ジーパンにTシャツやシャツという
ラフな格好で歩くため
時々在住者と間違われるのか、
現地の言葉で話しかけられることも少なくない。


言葉が分からないと英語で伝えると、
住んでるのかと思った!と談笑になる。


だからこそ、
私は旅行者であることを
改めて実感する。


私が見ている景色は
非日常だから、
どれもが新鮮に映るのかもしれない。


建物と空とのコントラスト、
行きかう人々の様子、
壁のちょっとした落書き。


どれもが今しかない景色だと
思うからかもしれない。


文化の違いに習慣の違いも、
旅行だから「これも経験」と
受け止められるんだとも思う。


旅を重ねるうちに、
何が起きても対応したり、
その場に順応したりできることも
少しずつ増えてきた。


ただこれもきっと旅行だから。


旅行と生活は別物。


海外に住みたい!という憧れは
行けば行くほど薄れ、
私の場合、
帰る場所があるからこそ楽しめるのかもとも思う。


もう1つは、
私が興味のあることが
観光地ではないからだと思う。


今、思い返しても、
私の旅の思い出は観光地ではなく、
人との関わりや
ふとした時に目に飛び込んできた光景。


2026年7月の東欧でも、
思い出すのは、そんなことばかり。


例えば、

ブカレストの屋台に並んでいた時に、
後ろにいたおばあちゃんが、
多分ルーマニア語で
すごく一生懸命話しかけてくれた。

私がどこから来たかを質問していたことに気づくのに
5分ほどかかったが、
「JAPAN」と答えると
「Japonia!」と笑顔になって
またルーマニア語でたくさん喋りかけてくれる。

私の前に並んでいた人が
「多分、近所の人に
 日本人と喋ったのよ!っていうと思うよ。
 おばあちゃんたちはお喋りなんだ。」
と笑いながら教えてくれ、
そこから少し談笑が始まる。


私の旅の記憶は、
そういう場面ばかりでできている。


だから、
聞かれたときにどう答えるかを決めている。


「自然で言うなら、
 スイスは間違いないです。」

嘘でもないし、
はずれがないと思っているから。


2026年7月で
ある程度のヨーロッパの国を回り終わった。


もちろん一部の都市だけだけど。


それでも帰りの飛行機を待っている時に、
「あぁ、ひとまず満足したかも」
とふと思った。


でもきっと、また行く。


好きな国は1つに絞れない。


また私は
あの少し浮いている感じを
心地よく思いながら、
人との関わりや
ふと目に飛び込んでくる景色を
探しに行くんだと思う。



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