短編小説33「畏怖を知らぬ者」
「白い闇に拱けば、手招きする黒い闇が見えるだろう。闇へと誘う追い風、進めば最後、闇は目を食らい、耳を飲んでいくだろう。強き心身を持つ者だけが異国を見る。」
これは、この村の古い伝承で、村全体の人々がこの話を知っている。しかし、口外するなという矛盾がついた不思議な伝承だ。祖父も「ここだけの話」と伝承を話したし、すでに公然の秘密となっている。そして、口外するなという暗黙の了解もついている。
村に住む女子高校生の猛松 暁美は伝承を聞いたとき、「事実がはっきりしないまま、憶測だけが一人歩きするような状態を放っておかないでほしい。」とふつふつと怒りがこみ上げた。というのも、幼いときから推理小説や謎解き本が数多く家にあった。そのせいか、答えを明確にしないものは靄や霧がかかったようで非常に解せないのである。
姉の猛松 百香は「答えがないから面白いんじゃない、ミステリアスだから伝承が今でも残っているのよ。」と一蹴した。ただ、妹の性格も分かっていたため、百香は「確かなのは視界が終始悪い場所ということね。」とはっきり暁美に言った。
暁美は姉の価値観は理解出来ないが、確かに視界不良である事は理解出来た。分からない事を放っておけないので、暁美は伝承について調べることにした。
視界不良なのだから、「交通事故や行方不明が起こる場所なのでは」と仮説を立て、調べると交通事故が多い場所が出てきた。そこは村から国道に出る場所でいわゆる旧道付近だった。
さらに調べていくと、見通しが悪いこともそうだが、街灯が全くない事もあり、当時の役場に苦情が来ていたという。
そこは村から小高い山を抜けるトンネルの前だった。すると、視界不良とは逆で視界良好だった。何も視界を遮る物もなく、LED電球は街灯に加え、トンネルの中にも煌々と輝いていた。ここまで明るいと逆に眩しくて見えない問題が出そうだった。
新聞の簡易的な地図や写真を見ると、まだ街灯も村に少なく、照度も低い時代だった。また、当時の道路は農業用道路をつなぎ合わせたような道なので、狭くジグザグしていた。これは事故を起こさない方がおかしいと暁美は納得していた。
トンネルの向こうから自転車に乗った弟の奈音が走って来た。すぐに気づいた奈音は暁美のいるトンネル前の交差点で自転車を止めた。
奈音は「なんでここにいるの?」と後ろのトンネルに少し木霊した。暁美は「伝承の件。」と少しあしらうように答えた。奈音は「あの伝承ね、実際に行ったわけじゃないけど、ここじゃないよ。」と林の方を指した。暁美は「なんで知っているの?」と聞き返した。
さらに聞くと肝試しスポットで有名らしい。奈音は「友だちが言うにはいくつか怖さを経験して、それをいくつ超えられるのか」というものらしい。
奈音は「姉ちゃん彼氏と行きな。」と自転車を走らせて帰って行った。暁美には勿論彼氏はいない。暁美は今日一日図書館で資料集めをし、現場調査できていた。
だが、偶然現れた弟は場所を知っていて、伝承より気にしている彼氏のいない事をからかわれる始末。日が暮れたのでとりあえず、帰ることにした。
翌日、弟に場所を確認し、再度向かう事とした。すると、狭い林道をつづら折りで登る事になった。道幅1.5メートルで農業の運搬車が通るような所だった。舗装はあってないようなもので落石跡がいくつもある。暁美はいくつ折り返したかわからず、疲れてきた。すると霧が立ちこめてきた。
なんとか上にたどり着くも舗装のない土の道路が続いていた。それに霧はひどくなり、足下が見えるか見えないかというレベルだった。暁美は伝承を思い出す。「白い闇。」白い闇は濃い霧を指していた。そして今、疲れ、目の前が見えないことで精神状態では「拱く」という表現が正しい。
前へ前へと歩くと後ろから風が吹き始めていた。遠くの方で何かが反響しているようで近づくとレンガでできたトンネルが見えていた。トンネルは掃除機の如く風を中に入れていく。足下をみると杉の葉はトンネルの前だけなく、綺麗にトンネルに吸い込まれて行った。
暁美はトンネルの入り口付近で考えた。「手招く黒い闇」がおそらくトンネル。伝承通りである。弟の友人が言うとおり、何もしらない人が訪れたら、視界不良は相当怖いし、トンネルに吹き込む風は、得体の知れない何かの仕業と思うだろう。暁美は疲労、視界不良の2つは心身をする減らすことに気付いた。
暁美はここで引き返すわけには行かず、頬を叩きトンネルの奥へ進んだ。靴の音が反響し、辺りは完全に見えなくなっていた。ふと目を下に落とすと目の前に左右出てくる自分の手足が見えないのだ。
暁美は「目を食らう」とは暗闇で見えないことを意味するのかとわかった。まもなく足音さえも聞こえなくなっていた。「耳を飲む」とは無音を意味していた。ただ、靴底から感じられる触覚を頼りに歩き続けた。五感の視覚と聴覚が消えた感覚は、臨死体験に近いだろう。
声を出しているのか、思っていることなのかの区別ができないのである。そうしている間に寒いという感覚だけは感じるのだ。それでも歩き続けた。すると、靴の音が再び聞こえ出す。そして、徐々に目の前が明るくなってきた。暁美はいよいよトンネルの向こう側にたどり着いた。
すると、波の音が聞こえてきた。何と海が広がっていた。同時に鼻がもげるような匂いがトンネルの中からしていた。付近に古びた桟橋が残っていて、入江だった事がうかがえる。弟と会ったトンネルの向こうに、走る国道は標識で同じ事がわかった。山から入り、海に出るのだから「異国を見る」なのかと伝承の言葉の意味が分かった。
海を左に見ながら、国道を村の方向に歩くと姉がそこにいた。「お姉ちゃん、なんでここにいるの?」というと、百香は「母さんが迎えに行けって。」と歩き出した。暁美は「いやいや、ここにいる事がどうして分かるの?」と聞き直した。百香は「私、あのトンネルは通ったことがあるのよ、逆からね。あと、奈音に出掛けることきいていたから。」とさらっと答えた。ただ、浮かない顔だった。暁美は「えっ今通ってきたけど、頭おかしくなりそうだったよ。」と姉がすごさを遠回しに言った。
百香は「ちょっといい?」とボディーチェックを行った。何も持ってないことを確認すると、別の何かの事で頭を抱えてしまった。暁美は「お姉ちゃん大丈夫?」と声をかけた。
百香は「はっきりあんたに言うわ。丸腰で行って帰ってこられた事が奇跡だわ。あそこは白骨死体がゴロゴロ転がっているヤバい所なの。二度と行かないで。」と言った。
暁美は顔が青くなった。「やけに石ころが当たると思っていたけど、全部骨って事?」と百香は頷いた。夏なのに寒気が止まらない。暁美は「で、でも死体があるなら、死臭がするはずよね。」というとしばらく、百香は沈黙をした。車の走り去る音、波の音、足音は聞こえているが、沈黙が怖すぎる。
百香は「その前に、二度とあそこに行かないって約束してくれない?」と強い口調でいった。暁美は「わかった。」と言った。百香は「暁美がトンネルを出たとき、すごくくさい匂いがしなかった?」と尋ねた。「した、あとトンネルからすごい風が吹いていた。」と答えた。百香は「それよ、村側から強力な風が吹いているの。」、続けて百香は「匂いというのは立ち上るものだけど、風が吹き抜けていくから気付かないのよ。」と言った。暁美は衝撃の事実を知った。
暁美「じゃあ、嗅覚は奪われていなかったってこと?」と百香に聞くと「正確には全部五感は生きているのだけど、トンネルの中では暗闇で緊張感が高まるから嗅覚も麻痺するのよ。」と答えた。聞けば聞くほど恐ろしい。
国道から村に入る煌々とLEDが輝くトンネルで暁美が「お姉ちゃんはなんであのトンネルを通ったの?」というと、百香は「あんたと同じ高校の頃、伝承について場所を突き止めた友人から、入り口だけ教えてもらってね、あんたとは逆側から入り口で鼻がもげるほどくさかったけど、歩いて行ったら20分は短縮できたのよ。」と少し懐かしむ感じだった。
少し間を空け、百香は「その後、お父さんやお母さんが笑わなくなって、ある日、『トンネルを通るのはよしなさい』と父さんから言われたの。」とトンネルに声が反響していた。百香は暁美に「服脱いで匂いをかいでみな。」と羽織っている服を脱ぐのを手伝った。暁美は嗅いでみるとあのトンネルの入り口で嗅いだ鼻のもげる匂いと同じだった。思わず、服を離してしまった。百香は暁美の服を拾い、「そう、死臭よ。」と決して脅かすわけでなく、諭すように言った。
姉はショートカットできるからと、視覚と聴覚が使えなくなる場所を数回使っていた。伝承から引用するなら、「強き心身」の持ち主だった。だが、村の出身である両親には「ある意味すごい」ということで決して褒められたことではなかった。
かつて、家で珍しく火を焚いて何かを燃やしていることがあった。それと、その後母は私を連れ、買い物がてら、服屋に制服の新調をした。おそらく姉の制服を燃やし、新調をしたのだろう。そういうことなら、つじつまが合う。
家に着くと、両親に姉は「暁美は無事。」と言うと母は安堵したが、どこか悲しそうだった。服はお気に入りだったため、洗濯し、消臭を自分でするという条件で燃やすことはなかった。
弟の奈音もまた、自転車で山側から海側へ抜けていた。暁美に奈音が「トンネルの場所が違う」と言ったのは昨日である。それがバレてしまい、父親の雷が落ちる事になる。
数年後、トンネルは取り壊しとなった。そして、国道に抜けるトンネルは1つになった。
暁美は自身の経験から、伝承を次のように解釈した。「濃い霧が山道からでてくる。霧の中を進むとトンネルがあり、風が中へ吸い込まれていく。トンネルの中は暗く、目が見えなくなり、耳も聞こえなくなるが、強き体と精神を持つ者が通り抜けられる。」となる。暁美は大切なノートに書いた。
百香はそのノートに「国道の脇道を入る、すごくくさい風が吹くトンネルが出てくる」と海側からの意見として書き残した。奈音は「俺、怖くて思い出したくないよ。」と親に怒られた事の方が怖かったらしく、弟だけ少しずれていた。好奇心はほどほどに。
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