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短編小説13「魚が泳ぐ村」

 山深い所にある「無尊ダム」近年、老朽化が問題視され、取り壊しが決まり、今日が一般公開の最終日だった。「この下におばあちゃんは住んでいたんだよ。」持っていた杖を貯水池に向けたのは、谷元澄子。喜寿を迎えた女性である。その言葉に、認知症を疑ったのは二十歳の孫娘、霞田蓮だった。
蓮は「おばあちゃん貯水池には住めないよ」と笑った。蓮の母で霞田 凛は「蓮、澄子おばあちゃんは認知症ではありません。」と蓮をにらんだ。
 蓮は「仮にこの下に住んでいるとしたら、おばあちゃんの正体は魚じゃなきゃ説明つかないよ。」と母の凜に言い返した。澄子と凜は笑い、澄子は「私が人魚で生まれた子供が凜かい?蓮は小説家になれるよ。」といい、凜は「じゃあ私は、人魚と人間のハーフになるね。」と付け加えた。だが、澄子はすぐに「そんなメルヘンな話じゃないのだよ。」と遠くの方をみた。
 蓮には意味が分からず、ずっと引っかかっていた。その頃、大学から「発電と環境問題」というテーマでレポート課題が出ていた為、「無尊ダム」について調べる事にした。
 調べていくと当時の社会問題を変え、エネルギー問題に一石を投じるきっかけまでも作ったダムである事がわかった。蓮は母である凜に「今度、レポートに出す無尊ダムの話だけど、情報に間違いないかな?」と紙を見せた。凜はちょうど洗い物を終え、お茶を飲んでいた。凜は「蓮、なんで私が確認しなきゃいけないの?」といい渋々レポートをみた。
…当時、総貯水量は約1億m³。 年間発電量は約5億kWhで、一般家庭約15万世帯分に相当する電力を生み出した「無尊ダム」。出来た当時、新聞には「水が油を制す時代到来!」と大々的に報道され、様々な専門家が水力発電に圧倒的優位性を唱えた。
 それは、当時の電力不足解消、川の氾濫を防止、ダム建設が将来的には石油依存からの脱却につながると考えたからだ。後に、政府がダム建設に莫大な予算をつぎ込み、ダム建設ラッシュになる。当時の政府の外務大臣、豊水和喜夫は中東に対し、「油はいらない。なぜなら我が国に水があるからだ。」と強気な姿勢を見せ、たった1年間だけ、石油を中東から買わなかった。
 しかしながら、ダム建設は莫大なコストと大規模な環境破壊と、建設後も川の生態系を崩すという側面から、規模の縮小が求められ、ダムの建設ラッシュは陰りをみせることとなる。…
 凜は「無尊ダムの概要、水力発電の社会的影響力とエネルギー問題の払拭、コストと環境破壊など、上手く短くまとめたわね。」
喜ぶ蓮に凜は「あと、ダム建設前後の話と水力発電の具体的なメリット、デメリットを肉付けすると適当な文字数になるわ。」とアドバイスをした。
 蓮は紙にメモを取っていた。あと、「澄子おばあちゃんの言っていた「貯水池の下に住んでいた」の意味分かった?」と蓮を見つめた。蓮は「分からないけど、住めないという事実と住んでいた事実があるって事?」と質問返しをした。
 凜は言葉をつまらせ、「答えは自分で見つけなさい」とほこりをかぶった地方新聞を渡した。その新聞はダムの下流の平裾市が発行したものだった。内容としては「平裾の人口が数ヶ月で増え、財政も潤い、念願だった鉄道が通ったという市が喜びに満ちあふれている」というものだった。
 紙は黄ばんでいるし、表現が古くさく読みづらかった。しかし、祖母の貯水池を指し、「この下に住んでいた」という言葉、母が言葉をつまらせながら言った「答えは自分で見つけなさい」という発言が引っかかっていた。
部屋に戻ると、情報を整理し始めた。祖母の澄子は77歳で、ダム建設が始まったのが60年前で、澄子は17歳。平裾市の新聞の発行日は61年前になっている。この時点では特に疑問点は見つからない。
 蓮はもう一度地方新聞を読んでみた。すると、いくつか不可解な点が出てきた。多くの移住者が短期間に来ている事や莫大な費用がかかる鉄道誘致だ。さらに謎なのは、当時平裾市の市長だった桑野氏は記事のあとがきで「市は転機を迎えている。蚕を育てるのではなく、人を呼び込む事に注力していきたい。千載一遇の好機を逃すわけにはいかない。」という発言だ。それまで養蚕が主な産業だったはずが、一転観光業に力を入れるという内容だ。
 蓮は「おかしい」とつぶやき、記事の隅にその年に移住してきた人々の名前が一覧になっていた。本来移住してくる人は大々的に記事に載るはずなのに、そのスペースが狭く、かろうじて読める程度の文字の大きさだった。その中に「谷元 澄子」と祖母の名前を見つけた。
 蓮は翌日、祖母の澄子の家に行った。戸を開け「おばあちゃん、澄子おばあちゃん」と呼んだ。
澄子は「おや、蓮どうした?一人かい?」と喜んでいた。部屋に行くとお菓子とお茶を出してくれた。蓮は聞きたいこともあったが、お菓子好きな為、勢いよく食べた。「そんなに早く食べなくてもお菓子はなくならないよ。」と笑って返した。
 蓮はお茶を飲み、澄子に今「無尊ダム」について調べている事を伝え、書きかけのレポートと不可解な平裾市の新聞を見せた。澄子は、老眼鏡を目にかけ、数分間黙って読んだ。読み終わると「蓮は小説家にも記者にだってなれる、おばあちゃんは今とっても嬉しい。」と蓮の頭を優しくなでた。
 蓮は一般公開最終日のあの日、澄子が無尊ダムの貯水池を指し「この下に住んでいた」という言葉の意味が分からない為、「澄子おばあちゃん、どういう意味か教えて。」と懇願した。すると、おばあちゃんもね、高校生ぐらいの時、国のお偉いさんがきて「引っ越してほしい」っていう意味が分からず、蓮と同じように「どういう意味か教えてほしい。」って言ったのを思い出したよ。
 少し間を空け、澄子は「蓮、話の前に不条理な事は前触れなく、突然起こる事を覚えておきな。」と険しい顔に驚いた。蓮は「わ、わかったよ。」とたじろぐものだから、澄子は「驚かしてごめんね、でも大事な事だからさ。」と表情をゆるくした。
 澄子は凛から話を聞いていると話した。「蓮は住めないという事実と住んでいた事実があるって言ったのだろう?」蓮は「貯水池は住めない事は分かるし、澄子おばあちゃんが嘘ついてないのも分かる。」と改めて言った。澄子は「今は貯水池の下で見えない。でも、昔は人が住んでいた」とだけ言った。その時、蓮は「待って、ダムの下に何かがあるの?」と澄子に聞いた。すると澄子は「ああ、村がある。沈んでいるけどね」と答えた。
 その時、蓮の頭の中で点と点が線でつながった。隣の平裾市に多くの人が短期間で移住してきた事、市として喜ぶべきはずなのに、分かりづらく表記している事、鉄道誘致や観光産業に舵を切った事。それらは多くの人と金が動いた証拠であった。裏ではダム建設に伴い村の立ち退きがあり、それを公にしたくないが為に平裾市は記載を小さくしたのだろう。蓮は、同時に祖母が村に住んでいて、蓮は、同時に祖母が村に住んでいて、突然立ち退きを求められた事を悟った。記事が正しければ、100人が平裾に転出した事になる。
 蓮は「澄子おばあちゃんはおかしいこと言ってないし、辛い事を思い出させてごめん。」と謝った。同時に蓮は祖母を一度でもおかしいと思った自分が恥ずかしかった。
 澄子は「立ち退きを言われた時、不条理だし、どうして自分達が家や村を離れなきゃいけないのかと思ったさ。」と言い憤りが表情にでていた。それから優しい顔をして蓮を見てから澄子は「でもね、冬はとっても寒いし、夏は農業をするのにはお日様が出ている時間が短いし、大きな学校や病院は平裾に全部あったからね。村のみんなはすこし、救われたのだよ。」と言った。その顔は穏やかでどこか寂しそうだった。
 蓮はとてもいたたまれなかった。それは村民への立ち退きは不条理であるが、一方で、住み続ける事の難しさや限界が村民に共通意識として存在したからだ。蓮の目から涙がこぼれていた。澄子は「蓮は優しい子だ、私や村の人の為に泣いてくれるなんて嬉しいよ。」と蓮を抱き寄せ、赤子をあやすように泣き止むのを待った。蓮はその後、澄子に礼を言い家に帰った。
 凛は蓮の目元が赤くなっているのと、晴れ晴れした表情をみて、事情を察した。蓮は「ダムの下に住んでいた意味わかったよ。」とはっきり言った。蓮は続けて「ダム解体の後、澄子おばあちゃんともう一度見に行かない?」と提案をした。凜は一瞬驚いたが、間を空け「ナイス!流石私の娘。」と賞賛した。
 数年後、水が引いたダムを山裾から凜と蓮と共に、見下ろす澄子がいた。建物の原型はかろうじて残っていたが、それでも、澄子に感動を与えるのには十分だった。帰った後、昔話に花が咲いたのは言うまでもない。

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