古代霊的ネットワークの構築⑤ 熊野編2
【長期連載 毎週金曜日発信】
前回はこちら↓
今週は熊野編第2回です。
1 花の窟神社
2 神倉神社
3 神武東征
4 玉置神社
5 熊野三山
圧倒的な大地と火のエネルギー。
熊野のはじまりの地である。

2 神倉神社(かみくらじんじゃ)

1 神倉神社とは
和歌山県新宮市に鎮座する神倉神社。
現在は熊野三山の一角である
熊野速玉大社の摂社(あるいは境内外社)という位置づけにある。
この神社の最大の特徴は、
天ノ磐盾(あまのいわたて)という
断崖絶壁の上に今にも落ちてきそうな
姿で鎮座する「ゴトビキ岩」と呼ばれる巨石を御神体としている点だ。

社殿が整えられる以前の、
自然物そのものを神の依り代として
崇める原始的な巨石信仰(磐座信仰)の姿を今に伝える聖地として知られている。
▼創建
不詳 磐座信仰
128年(景行天皇)
▼御祭神
天照大御神
高倉下命(たかくらじ)
2 降臨の地「元宮」としての神倉
神倉神社は現在は熊野速玉大社の
摂社である。
しかし、熊野の神々の降臨の地とされ、
歴史的には速玉大社よりも古い。
よって「元宮(もとみや)」として
尊崇されてきた。
伝承では、熊野の神々(熊野権現)が
最初に降臨した聖地とされており、
ここから現在の速玉大社の社地へと
神々が遷されたと考えられている。

3 「新宮」としての熊野速玉大社
熊野速玉大社が鎮座する
和歌山県新宮市の
「新宮(しんぐう)」という
地名そのものが、
神倉神社との対比から
生まれたものである。
古い聖地である神倉山(神倉神社)に
対し、新たに熊野川の河口付近に
社殿を構えて神々を祀ったことから、
こちらを「新宮(新しい宮)」と呼ぶようになった。

山上の巨石を拝む
「垂直の信仰」から、
川のほとりに壮麗な社殿を築く
「水平の信仰」へと、
祭祀の形態が発展・組織化された
プロセスが、この「新旧」の名合に
現れていよう。
4 歴史的・呪術的な繋がり
神倉神社と速玉大社は、
単なる本社と摂社の関係を超えた
深い絆で結ばれている。
▼お燈(おとう)祭
毎年2月に行われる
この勇壮な火祭りは、
神倉神社の「元宮」としての
霊威を称え、
神の火を新宮(里)へと引き継ぐ、
両社の新旧の繋がりを象徴する
儀式である。


▼熊野三山参拝の起点
熊野川の河口(速玉大社)から
遡上し、本宮、那智、
そして奥宮である玉置神社へと
続く熊野の広大な聖地巡礼。
神倉神社の巨石は
「はじまりの点」としての
象徴性を持ち続けている。
5 なぜ「元宮」が摂社として残されたのか?
古代の国家設計や
呪術的観点から見ると、
古い聖地(元宮)を完全に廃止せず、
新しい社殿(新宮)の摂社として
維持する形式は、
「大地の根源的な霊力(モノ)」を
「文明的な秩序」の中に封じ込め、
循環させるための装置として機能しているといえよう。
神倉神社のゴトビキ岩が放つ荒々しい
自然のエネルギーが、速玉大社という「新宮」を通じて人々の暮らしへと
調整され、届けられるのである。

