僕は、サイゼが好き、ではない
もう20年くらい前になる。
東京に出てきて、
初めて“ちゃんとしたバイト”をしたのが
サイゼリヤだった。
当時のアパートから近く、
夜は2時まで営業していた。
深夜手当もつくし、夜型の僕には都合が良かった。
10代の終わりから20代のはじめ。
だいたい3年くらい働いた。
店には、少し風変わりな人が多かった。
役者志望、音楽家志望、目的のないフリーター。
役者志望の人に誘われて、
舞台というものを見に行ったこともある。
テレビに出るのが“役者”だと
思っていた僕は、驚いた。
50人ほどしか入らない古びた地下の劇場で、
彼は大きな声で、
わざとらしいセリフを
言いながら演技をしていた。
舞台役者という種類があることを、
そこで初めて知った。
不思議な世界だな、といつも思っていた。
多くのバイトの中には、
もちろん女の子もいた。
年下の子と付き合ったこともあれば、
先輩女性にアタックして
盛大に砕け散ったこともある。
今思えば、あれは、
少しだけ、青春のような時間だった。
出会った人は多かった。
その中でも印象的だったのは、
サイゼを心から愛している
社員さんやバイトベテランさん達だった。
そういう人は、意外と多かったのだ。
「このワインを、この値段で
飲めるなんてあり得ないよ!」
「普通の店なら、この料理は
3倍の値段だよ!」
「このデザートは海外に行かないと
食べられないよ!」
みんな、楽しそうで仕方がないと
いう顔をしていた。
彼らの笑顔とプレゼンと、
その熱量に囲まれながらも、
僕はどうしても、彼らと同じように
サイゼを好きになれなかった。
世の中に対して、
斜に構えていた年頃のせいかもしれない。
生活費のほとんどは
サイゼからのバイト代でまかなっていたくせに、
食欲旺盛な時期、まかないで、
お腹いっぱい食べさせて
もらっていたくせに、だ。
ずいぶん時間が経って、
今でも、ごくたまにサイゼに行く。
確かに安い。
そして、
すごく美味しいわけではないけれど、
ちゃんと美味しい。
昔も今も、変わらない。
企業として本当にすごいと思う。
それなのに、
どうして、
僕はサイゼを“好きだ”と言えないのだろう。
店の中では、中高生くらいの男女が
楽しそうに話している。
目を輝かせながら、
少しカッコつけて、照れたり笑ったり。
別のテーブルでは、
大人のグループがワインを
片手に盛り上がっている。
そんな光景は、昔から変わらない。
サイゼの、いつもの風景だ。
あぁ、そうか。
これだったのか。
僕の中高生時代には、
彼らのような“青春”がなかった。
いや、青春をつくることすら、できなかった。
異性と手を繋いで帰ることも、
夜な夜な電話をしてみることも、
憧れだけで終わった。
人間関係をうまく築けず、
みんなでワイワイするのが、
どうしても苦手だった。
そんな自分にとって、彼らはずっと羨ましく、
ときに、自分に対して、悔しく思っていたんだ。
だから、あのころの、
「満たされない僕」を思い出させる場所。
楽しそうな人達で満たされたサイゼを、
素直に好きになれないのだと思う。
僕は陰キャ、なのだろう。
群れるよりも、1人でいる方が落ち着くし、
そのほうが幸せだと、
そう自分に、今日も言い聞かせている。
スーパーに行くため、
駅前のサイゼの前を通りかかる。
制服の男女が、メニューを覗き込みながら
「入ろうか、どうしようか」と
楽しそうに迷っている。
夕暮れ時のオレンジ色の光の中、
2人の笑い声だけが、わずかに聞こえる。
やっぱり、僕は、サイゼが好き、ではない。
