忘年会のあとには沈黙の森へ
とある忘年会に行った翌朝、言葉が出てこなくなった。何かを言おうとしても、いや、やっぱりと口をつぐんでしまう。きっと昨夜にたくさん話したからだろう。私は無理に話さず、沈黙を味わうことにした。
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世の中は情報であふれている。われわれが情報に接するとき、あたかも能動的に情報に近づいていったかと思いきや、気づけば情報の波に飲み込まれておぼれていることも少なくない。
人と話すこともそうだ。自分から話しかけにいったはいいものの、相手の話をふんふんと聞くうちに自分が何を考えていたのかわからなくなってしまう。笑顔と相槌をくりだしながら、気づけば私は情報の大荷物で身動きが取れなくなっている。
そんなときには、沈黙の森に入る。草をかき分け、落ち葉を踏みしめ、歩いていく。木漏れ日があたたかい。切り株に座って、静かにぼんやりと日の光をながめる幸せたるや。
穏やかな時間が流れる。目を閉じる。ただ、存在しているということを感じる。どこまでも、どこまでも、静か……。
しばらくして、私はよっこらしょと腰をあげる。そして、ふたたび森の外へと続く小道を歩く。
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身支度をする。朝ごはんを食べる。電車に乗る。やるべきことをかたづける。暮らしは続く。森の記憶は夢のような色彩をまとって、水底へと沈んでいった。
