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なぜボードゲームを続けた子どもは考えるようになったのか

楽しいから夢中になった。夢中になったから考えるようになった。

息子が初めて私にオセロで勝った日のことを、今でもよく覚えている。あれは保育園年長の頃。

当時のスマホには対局結果の写真が残っている。2023年12月27日は63対1で私の勝ち。そして約3週間後の2024年1月19日には、14対50で私の負けだった。
もちろん、その間にも何度か対戦している。それにしても成長が早すぎた。息子は対戦するたびに強くなり、おばあちゃん、おじいちゃん、親戚のおじさん、そして妻まで次々と倒していった。

「そのうち私も負ける日が来るかも…」とは思っていたものの
こんなに早いとは。
父の威厳を保つためにも負けるわけにはいかん。そう思って本気で勝負した。

そして本気で負けた。

ま、負けた、、、やっちまった、、、

息子は「やったー!」と心の底から叫びながら、両手をグーにして何度も大きく振り上げていた。その姿を見ながら、「やっちまったぜ」と思う一方で、「成長ってすごいな」と感じていた。

今振り返ると、私が驚いたのは勝敗そのものではない。息子が考えることに夢中になっていったことだった。

ボードゲームとの出会い

思い出のブロックス

もともと息子は考える遊びが好きな子ども。ジグソーパズル、賢人パズル、レゴ。ニンテンドースイッチも持っているが、どちらかと言えば画面の中の遊びよりも、自分の手を動かして試行錯誤する遊びが好きな様子。
実際、今でも時間があればレゴで何かを作っているし、将来の夢はレゴのマスターモデルビルダーだそうだ。

そんな息子と本格的なボードゲームを始めたのが2024年1月、最初に遊んだゲームはブロックス。
きっかけは何も特別なものではない。Amazonでよく見かけるし、レビューも良いじゃない。面白そうだから買ってみよっかな、と軽い気持ちだった。

今振り返ると、この「面白そう」がとても大事だった。

勝つために考え始めた

ブロックスを始めると、息子はすぐにルールを理解した。オセロで勝ち負けを経験していたことも大きかったのかも。とにかく最初から勝つ気で遊んでいた。

驚いたのはその翌日。
息子が一人でブロックスを広げていたのだ。

最初は積み木のように遊んでいるだけだと思った。しかし、よく見ると違った。4色すべてを自分で動かしながら、「ここに置いたらどうなるか」「こう攻めたらどうなるか」を試していた。

こ、これは立派な配置シミュレーション。
正直、その時はかなり驚いた。「そこまでやるか」と思った。

同時に、「買ってよかったな」と思った。もともとパズルが好きな子だったが、その延長線上にここまで夢中になれる遊びがあったのだ。

そしてもう一つ思った。「これはまた、すぐに強敵になるな…」
オセロの時と同じ予感だった。

カラフルな盤面で楽しいブロックス

ゲームが終わった後も考えている

実際、その予感は当たった。

ブロックスを続けるうちに、息子はどんどん大胆なプレイをするようになる。私は比較的慎重なタイプ。相手の動きを考え、リスクを考え、選択肢を比較する。その結果、守り寄りの手を選ぶこともしばしば。

ところが息子は違った。私が自陣周辺で様子を見ている間に、平然とこちらの陣地へ入り込み、長いピースで重要な場所を塞いでくる。

「そんな手を打ってくるの?」と思うことが何度もあった。

理由を聞くと、「パパとママのやり方がかぶらないように、こっちから攻めるんだ」とのこと。
保育園児だからといって侮れない。むしろ全然かわいくない。本気で勝ちに来てるぞ。

そして私がもっと驚いたのは、ゲームが終わった後だった。

「ママ、あの時あそこに置いたのがダメだったんだよ」
「あそこであのブロックを選ぶか、すごく迷ったんだ」
「こっちを選んだのが失敗だった」

そんな話を自然にするようになった。
勝った理由。負けた理由。次に試したいこと。ゲームが終わっても思考が続いている。

ここで気づいた。
息子はゲームをしている時だけ考えているのではなかった。
ゲームが終わった後も考えていた。

次に遊ぶ時にはもっと良い手が打てないか。なぜ勝てたのか。なぜ負けたのか。その振り返りが、自然に始まっていた。

私も一緒に振り返る。
「あの手はどうだったんだろう」
「別の選択肢はなかったかな」

親子でそんな会話をする時間が増えた。

今思えば、ここにボードゲームの面白さの本質がある。ゲームを遊んでいる時間だけではなく、その前後も含めて考えたくなるのだ。

なぜ考えるようになったのか

コレクションの一部、各ゲームの子供の思考への影響を考察したいな

ボードゲームは思考力を育てる。そんな言い方をよく見かける。
それも正しいんだけど、我が家での出来事は少し順番が違う。
思考力が育ったから考えるようになったのではない。考えるように教えたわけでもない。

まず楽しかった。だから夢中になった。夢中になったから勝ちたくなった。勝ちたいから考えた。考える回数が増えた。

その積み重ねの結果として、考えることが習慣になった
そして、それがより深い思考に結びついた。
そんな順番だった。

我が家では、オセロで勝ちたいと思い、ブロックスを一人で研究し、ゲーム後に振り返る。そんな小さな積み重ねが続いた。

ボードゲームが特別な教育教材だったわけではない。

息子は、勝ちたくて考えた。
楽しいから続けた。
そして気づけば、ゲームの外でも考えるようになっていた。

我が家で起きたのは、そんな変化だった。


次回は、そんな経験を通して感じた「ボードゲームが育てたのは思考力ではなく、考える習慣だった」という話を書いてみたい。

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