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その意見、本当にあなたの意見ですか?

今日は「自分の意見だと思っていたものが、実はコミュニティの誰かの代弁だった」というお話です。


建前と本音

場面によって言葉を選ぶ。相手によってトーンを変える。「本音はこうだけど、ここではこう言っておく」ということは社会に生きる誰しもが当たり前にやっていることだ。それ自体はたぶん普通のことで、悪いことでもない。

建前と本音。というと、まるで普段は嘘をついているような印象を受けるが、そうではなく、空気を読んで人を不要に傷つけないように言葉を選んでいる。そうとも言えるだろう。

みんなが言いたいことだけを言う社会なんて存在しない。

ただ、あるときネットで誰かがこんなことを書いているのを見た。「自分の意見だと思って発言しているあなたの発言は、実は所属しているコミュニティの総意の代弁である」という趣旨の投稿だった。

読んだ瞬間、少し止まった。

そういえば、自分が「自分の意見」として喋っていたことの何割かは、どこかで誰かに影響された考え方だったかもしれない。建前と本音を使い分けていたつもりが、その「本音」自体がすでに誰かの声だったとしたら——そう思うと、少し気持ち悪くなった。


自分の意見は誰の意見か

コミュニティというのは、均質な声の集合体ではない。

よく観察すると、影響力の強い一人の人間が、コミュニティ全体の意見の大きな割合を占めていることがある。声が大きいとか、頻度が高いとか、語り口が巧みとか、理由はさまざまだ。

その人は、説得力があるように振る舞い、人を洗脳していく。

「洗脳」という言葉はきつく聞こえるかもしれないけど、実態としてはそういうことだと思っている。悪意があるかどうかとは別の話で、ただ「その人の世界観がコミュニティの空気になっていく」という現象が静かに起きる。

怖いのは、それに気づかないことだ。

気づかないうちにその意見を自分の意見として内面化して、それを「自分はこう思う」として外に出してしまう。建前でも本音でもなく、誰かのコピーを、自分の声だと錯覚している状態

思い当たる節、ありませんか。


AIで「その意見の出所」を分析する

気づいてからやってみたのが、AIを使った比較検証だった。

やり方はシンプルで、その人のおおまかな性格や発言パターンをAIに投げて、「この人がこういう発言をした場合、どういう思惑や背景が考えられるか」を分析してもらう。そして「一般的にはこのテーマについてどういう見方があるか」と比較する。

「この人が言っているのはこういう構造の主張で、一般論からすると○○という部分が強調されすぎている、あるいは△△という視点が欠けている」——そういう整理が出てくる。

それを見ると、「あ、これは一般論じゃなくてその人のフィルターがかかった意見だな」というのがわかる。

もちろんAIの分析も完璧ではない。でも、自分一人で考えているよりは、圧倒的に視野が広がる。特に「その人の発言が本当にそのコミュニティの総意なのか、それとも一人の強い声なのか」を切り分けるのに、この使い方は効いた。



惑わされなくなった

変化は、じわじわと来た。

まず、その人の意見に即座に反応しなくなった。以前は「そうだな」か「なんか違うな」で終わっていたのが、「これはその人固有の見方で、一般的にはこういう文脈がある」という処理ができるようになった。

冷静に判断できるようになった、というのが一番正確な表現だと思う。

それによって一歩引いた議論ができるようになった。感情的に反論するのでも、流されるのでもなく、「この意見にはこういう前提があって、それが自分とは違う」という言い方ができるようになった。

そして、他の人に話すとき、自分の言葉で喋れるようになった

誰かの受け売りではなく、自分が検証して消化した言葉として出せるようになると、話すことに変な緊張感がなくなる。「これは自分の考えだ」という根拠が、なんとなくではなく持てるようになる。


まとめ

自分の意見を疑うのは、自分を否定することじゃない。むしろ「本当に自分の意見はどこにあるか」を探すための、最初の一歩だと思っている。まずは「これは誰かの声かもしれない」と疑うところから始めて、AIに一般論との比較を投げてみると、自分の偏りというのが少し解決されるかもしれない。


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