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上手くなることより、上手くなっていく時間が好きだった。

最近、あることに気付きました。
きっかけは、本当に些細なことです。

写真を撮っていても。
noteを書いていても。
新しいことを考えていても。

「あれ、なんでこんなに楽しいんだろう。」
そんなことを思う瞬間が何度かありました。


最初は、それぞれ別の楽しさなんだと思っていました。
でも、よく考えてみると、一つの共通点があったんです。
今日は、その話を書いてみようと思います。

写真を始めて16年になります。
この16年間、本当にいろいろなことに
挑戦してきました。


撮影の仕方。レタッチ。
機材。発信。カメラ教室。オンラインサロン。

振り返ると、その時その時で夢中になっていたものが
たくさんあります。

でも、不思議なことに
「これが完成したから楽しかった」という記憶は、
あまり残っていません。


逆に、今でも鮮明に覚えているのは、
うまくいかなかった時間なんです。


どう撮ればもっと伝わるんだろう。
どうすればもっと思った雰囲気になるんだろう。

何度も撮り直して。
何度もレタッチして。
少しずつ出来ることが増えていく。
その時間の方が、ずっと楽しかった気がするんです。

思い返すと、
カメラを始めたばかりの頃は毎日が新鮮でした。

背景がぼけただけで嬉しい。
逆光がきれいに撮れただけで嬉しい。
「昨日よりちょっと良くなった。」
その感覚だけで何時間でもカメラを触っていました。


今になって思うんです。
あの頃、本当に好きだったのは
「上手い写真を撮ること」ではありませんでした。
上手くなっていく自分を見ること。

その時間が、たまらなく好きだったんです。

最近は、写真の延長線のような動画にも
少し興味を持っています。

と言っても、YouTubeのような動画ではありません。

10秒くらいカメラを固定して。
風で木々が揺れたり、水が流れたり。
写真では伝えきれない空気まで残せるような映像です。


もちろん、まだ全然うまく撮れません。
動画の構成も試行錯誤してるし、
何度も失敗しています。
でも、それがすごく楽しいんです。

最初は、「動画が好きなのかな」と思っていました。
でも違いました。

好きだったのは動画じゃない。
新しいことを少しずつ覚えていく時間だったんです。

noteも同じでした。
今でこそ毎日更新していますが、
最初から書けたわけではありません。

どう書けば伝わるんだろう。
どんな言葉なら読みやすいんだろう。
何度も書いては消して。
読み返して。また書き直して。
その繰り返しでした。


今でも毎日、「もっと伝わる書き方があるんじゃないか」と考えています。

だから、書き終わった瞬間よりも、
書いている途中の方が楽しいんですよね。

そこでようやく気付きました。
私は完成したものが好きなんじゃない。
成長している時間が好きなんだ。

だから、新しいことに興味が湧く。
だから、試してみたくなる。
だから、失敗してもあまり嫌にならない。


「次はこうしてみよう。」
そう考えている時間が、一番ワクワクするんです。

もしかすると写真が長く続く人って、
そういう人なのかもしれません。

もちろん、「更に上手くなりたい」という気持ちはあります。

でも、それ以上に、
昨日より少しだけ光が見えるようになった。
昨日より少しだけレタッチが分かるようになった。
昨日より少しだけ自分らしい一枚が撮れた。


その小さな積み重ねを楽しめる人は、
自然とカメラを続けられる気がします。

逆に、「早く上手くならなきゃ」と
結果ばかりを見てしまうと、
途中の時間が苦しくなってしまう。


それは少しもったいないなと思うんです。

私はこれからも、たぶん新しいことに
挑戦し続けると思います。

続くものもあるでしょう。
途中でやめるものもあるでしょう。
でも、それでいいと思っています。
完成させることだけが目的じゃないからです。

その過程で悩んで。
試して。少しだけ前に進めたと思える。
その時間そのものが、
私にとっては一番楽しい時間なんです。

だから最近は、「何を完成させたいか」よりも、
「何を成長させたいか」を考えるようになりました。

写真も。発信も。
そして、これから始める新しい挑戦も。
きっとまた失敗すると思います。

でも、その失敗も含めて楽しめるから、
私はカメラを16年間続けてこられたんだと思います。

上手くなることより、上手くなっていく時間。
私が本当に好きだったのは、ずっとそっちだったんだと、最近ようやく気付くことができました。

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