カメラを買って一番良かったのは、散歩のときに「足元」を見るようになったこと。
カメラを始める前の私は、
散歩をしていてもほとんど前しか見ていませんでした。
目的地を見て歩く。
信号を見て歩く。
周りの人を見ながら歩く。
当たり前ですが、それが普通でした。
だから道端に咲いている小さな花も、
アスファルトに伸びる影も、雨上がりの水たまりも、
ほとんど気にしたことがありませんでした。
見えてはいたんでしょうけど、見てはいなかったんです。
でもカメラを持つようになってから、
その歩き方が少しずつ変わっていきました。
最初は写真を撮るために景色を探していました。
有名な場所へ行ったり、絶景を探したり。
でも続けているうちに、
だんだん撮るものが変わってきたんです。

ふと足元を見るようになりました。
アスファルトのひび割れから咲いている小さな花。
夕日で長く伸びた影。
雨上がりにできた水たまりへ映る空。
落ち葉がきれいに並んでいる歩道。
以前なら気にも留めなかったものが、
不思議と気になるようになりました。
面白いのは、
景色が変わったわけじゃないということです。
同じ道です。
同じ散歩コースです。
昨日まで歩いていた道と何も変わっていません。
変わったのは、私の視点でした。

カメラを持つと、「何かないかな」と
自然に探すようになります。
その繰り返しが、
少しずつ見る力を育ててくれるんです。
そして気づいたんですよね。
写真って、特別なものを撮る趣味じゃないのかも
しれないと。
むしろ、普通の毎日に隠れている小さな魅力を
見つける趣味なんじゃないかと。
だから最近は、散歩をしていても
スマホを見る時間が減りました。
代わりに、
道を見ます。光を見ます。
影を見ます。季節の変化を見ます。

足元を見るようになったことで、
今まで何気なく歩いていた道が少しだけ
面白くなりました。
春になれば、小さな草花が増える。
夏になれば、木漏れ日の形が変わる。
秋には落ち葉の色が変わる。
冬には朝の光が少し柔らかくなる。
そんな小さな変化に気づけるようになったんです。
もちろん、いい写真が撮れない日もあります。
シャッターを一枚も切らずに帰る日もあります。
でも、それでもいいと思っています。
なぜなら、その日は何も見ていなかったわけ
じゃないからです。
ちゃんと周りを見て歩いた。
光を感じた。
季節を感じた。
それだけでも、カメラを持って出かけた
意味はあったと思えるようになりました?

カメラを買って良かったことはたくさんあります。
写真が残るようになったこと。
いろんな場所へ行くようになったこと。
たくさんの人と出会えたこと。
どれも大切です。
でも、一番大きかったのは、
歩き方が変わったことなのかもしれません。
ただ目的地へ向かうために歩くのではなく、
周りを見ながら歩くようになった。
足元に目を向けるようになった。
その小さな変化が、
毎日を少しだけ豊かにしてくれました。

「毎日同じことの繰り返しだな」と感じている人がいたら、一度だけ足元を見ながら歩いてみてください。
きっと昨日までは見えていなかった景色が、
少しだけ見えてくるはずです。
カメラは写真を残す道具でもありますが、
それ以上に、毎日の見え方を変えてくれる道具なんだと私は思っています。

