撮りたい気持ちがない日は、カメラを持ち歩くだけでもいい
ふと、「なんか最近、撮りたいって思えないな…」
そんな風に感じたこと、ありませんか?
私は今では、ほとんどそう感じることはなくなりました。
でもカメラを始めたばかりの頃や、写真を本格的に学び始めた時期には、定期的に「撮れない」「撮りたくない」という時期が訪れていました。
それは、自分だけの問題じゃなくて、写真に向き合うすべての人が一度は経験する“波”のようなものなんじゃないかなと思います。
最初のうちは、「毎日何か撮らなきゃ」「成長し続けなきゃ」という気持ちが強くなりがちです。
でも、その一方で、思うように撮れない日や、シャッターを切る気分にならない日もある。
そんな自分に、「なんで自分は撮れないんだろう」「自分にはセンスがないのかもしれない」と、落ち込んでしまうこともありました。

⸻
焦って、比べて、空回りしていたあの頃
当時は、「とにかく撮らなきゃうまくならない」と思い込んでいたし、
撮れない=遅れを取っているような感覚に襲われて、必要以上に焦っていたように思います。
SNSを開けば、同じように写真を始めた人たちが、季節の風景や話題のスポット、完成度の高い作品を投稿していて、
「自分はなんで撮れていないんだろう」「置いていかれてる気がする」と感じていました。
同じようなカメラを使っているはずなのに、なぜか写りが違う。
同じような場所に行っても、なんかピンとこない。
そんな違和感が積み重なっていくと、いつの間にか「撮ること自体がしんどい」になっていきました。

⸻
撮れないときは、カメラに触れることすら怖くなった
正直に言うと、カメラをバッグに入れることすら億劫だった時期もありました。
「どうせ今日も撮れないだろうな」って、心のどこかで思っていたんです。
それでも、完全にカメラから離れたわけではなく、雑誌の写真を眺めたり、ブランド広告の構図に「なるほど」と思ったり。
でもそれも、学ぶためではなく、ただ“写真に触れていたい”という気持ちの延長でした。
そしてある日、ふとこう思ったんです。
⸻
撮らなくていい。ただ、持ち歩こう
「撮れないなら、まずは持ち歩くだけでもいいんじゃないか?」
そう考えるようになってから、私は少しずつカメラとの距離を取り戻していきました。
撮らないことに罪悪感を抱くのではなく、
「いつでも撮れる」状態をつくっておくことが、心を軽くするということに気づいたんです。
特別な目的がなくてもいい。
今日は何も撮らないかもしれない。
でも、カメラがそばにあるだけで、心のどこかが写真に向いている。
「ちゃんと撮る」ことに縛られず、
ただ「一緒に出かける」くらいの感覚で持ち歩いてみる。
それが、私にとっての最初のリスタートでした。

⸻
夕焼けが、私の気持ちを取り戻してくれた
そんな日々の中で、心が動いた瞬間がありました。
昼の用事を終えて帰る車の中。
ふと見上げた空が、驚くほど綺麗なオレンジに染まっていて、
「あ、これ、今しかない」と思って、急いで車を停めました。
バッグには、なんとなく持ってきていたカメラ。
レンズを向けると、スマホじゃ絶対に出せない色のグラデーションがそこにあったんです。
シャッターを切ったその瞬間、
「あぁ、やっぱりカメラって楽しい」と、素直に思えたんです。

⸻
撮りたい気持ちは、自然に湧き上がるもの
あの夕焼けをきっかけに、少しずつまた撮りたい気持ちが戻ってきました。
無理にひねり出したわけじゃない。
どこかで、「撮ってもいいかな」と思えたタイミングが訪れただけ。
気持ちが自然に動いた時にシャッターを切る。
それだけでいいんだと、初めて思えるようになりました。
「撮らなきゃいけない」ではなく、
「撮りたくなる瞬間を、待ってもいい」という考え方が、私を写真から遠ざけずにいてくれました。
⸻
今でも、私は“持ち歩く”ことを続けています
撮れない時期があったからこそ、私は今でも
「撮れない日もある」という前提で、カメラと付き合っています。
もちろん、撮ることが目的の日もあります。
でも、なにも撮らずに1日が終わる日もあります。
それでもカメラをそっと持って出かける。
それが、今の私にとっては自然なスタイルです。
最近では、重いレンズをやめて、
35mmや50mmの軽い単焦点で出かけることも増えました。
「撮る」よりも、「持ち歩くこと」を目的にする日もあるんです。

⸻
最後に──撮りたい気持ちがなくて、悩んでいるあなたへ
「最近、撮れてないな」
「気持ちが上がらないな」
そう感じている方がいたら、まずは自分を責めないでください。
カメラを持ち歩くだけでもいいんです。
そして、持ち歩いているうちに、また「撮りたい」と思える日がきっと来ます。
カメラって、そういうふうに私たちの気持ちと寄り添ってくれる道具なんだと思います。
もし今日、シャッターを切らなくても、
それは「遠ざかった」のではなく、「立ち止まっているだけ」。
その先に、またあなたらしい写真が待っているかもしれません。

