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借金取りとナイフ回しを間違えた話

とある場所での通訳で「借金取り」と「ナイフ回し」を間違えた。そんなもん間違いようがないだろうと思うかもしれないのだが、実際に聞き違えたのだ。幸いすぐに気がついて、訂正してことなきをえた。

聞き違えたのにはいくつか理由がある。

まず、このふたつのフレーズの発音がだいぶ近いこと。「借金を取る」は “ทวงหนี้” で、発音記号は “thuaŋ nîi” となる。「ナイフを回す」は “ควงมีด” で、発音記号は “khuaŋ mîit”。最初の音節の母音から末子音部分 “uaŋ” と、次の音節の母音部分 “îi” が、声調まで共通してしまっている。

もちろん頭子音の音や2音節目の末子音の違いはある。ただ、たまたまこの通訳の場は、ふだんの環境とは違って、話者の地声やイヤホンからの音声ではなく、比較的ざわついた中で、スピーカー越しの音を聞き取らなければいけなかった。話者の口元を見ることも物理的に不可能だった。それで頭子音や末子音があまりはっきりと聞き取れなかった。

こうなると今度は文脈で判断するというのが大事なのだが、これがまた「借金取り」と「ナイフ回し」が、どちらも存在している文脈だったのだ。なんじゃそれと思うかもしれないが、このときはあるドラマの話をしていて、どちらも作品に登場する要素だったのだ。そして作品設定としては「借金取り」のほうがやや比重が大きい要素であった。

というようなところで、文脈の(誤った)手助けもあり、“ควงมีด”(ナイフを回す)を “ทวงหนี้”(借金を取り立てる)と通訳してしまったのであった。そのあとすぐ話が噛み合わないなということに気がつき、「あれ?なんだなんだ?」と慌てるフェーズが入り、そこから正解→訂正とあいなった。

さっさと気づけてよかったと思うが、しかしこういう環境要因とか思い込みというのは常に起こりうるもので、そういう意味でのミスを100%避けるというのはやはり難しいなとも思ってしまった。だとすると、避けることそれよりも、きちんと間違いに気がついて素直に訂正する、みたいなほうが大事なのかもしれない。

まあ、そもそもぼくは世の翻訳者さんや通訳者さんに比べると、圧倒的に視覚的情報(本)で学んできており、相対的にはやはりリスニングが弱いのだのな、とも思う。年齢的に聴力がよくなるわけでもないのだが、これはこれでトレーニングをしていく必要があるなとも思った。

という通訳のこぼれ話。

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