見出し画像

六十四|花野奇譚

 御舟みふねの漁師、沖野嘉一おきのかいちはある日の晩、右耳に耳鳴りを覚えた。耳鳴りはやむことなく左耳にも伝わり、とうとう両耳とも耳鳴りで塞がってしまった。翌朝も夜明け前から沖に出るので、早めに床に就いた。沖野おきのは夢を見た。沖野おきのは夢の中でも寝間で寝ていた。耳鳴りもしている。早く寝なければという焦りがあった。寝よう寝ようと考えるほど目は冴えていくようであった。足元に見覚えのない花器があり、ヤエヤマブキが生けてあった。これは花音はなおとの夢の前兆に違いないと思った。周囲の音に集中していると、耳鳴りの奥に旋律が聴こえるのが分かった。沖野おきのは歌うことが好きであった。耳を澄まして丁寧に旋律を聞き取り、声に出した。その声で目が覚めたという。数日の後、奉納した。

▼次の話へ


いいなと思ったら応援しよう!