なんでもするから、もう一度声を聴かせて
今日はやけに蛍光灯の無機質さが際立つ。
別に普段の救急外来と変わらないのに。
救急車からの要請電話をうけている救命士がこちらを見る。
どうした?と目で合図したら手元に
「事故 死亡 12歳女の子」
ああ。
長い長い夜になりそうだ。
司法解剖というものがある。
主体で行うのは、検察や警察だ。
救命の現場にいると、交通事故で運ばれてくる患者さんがいる。
そう、最悪の場合病院到着時には亡くなっている。
今回は、その症例。
1人で発見された場合、警察が死に物狂いでその人の家族を探し出す。
尋常ではないほどの気迫をたまに見る。
亡くなっている。
でも、病院だけで終わりにできない。
事件性がある場合、司法解剖をしなければいけない法律が存在する。
ご遺体は警察に引き渡し、そのあと警察からご家族に引き渡される。
私はこれを、する側もされる側も両方を経験している。
ご家族が病院に到着した時、すでに亡くなっていると告げるのは医師だ。
そのあとの対応はすべて看護師に委ねられる。
何歳になったって辛いけど、10代前半で亡くなった方もいる。
今回、12歳の女の子の名前も年齢もすぐに分かったのは、持ち物に学生証があったから。
警察から連絡を受けた家族は、どうやって病院まで辿り着くんだろう。
私はどうしたっけ。
確か泣きながらタクシーに乗って向かったんだっけ。
ねえ、どうして
なんで
お願いかえして、なんでもするから
救急外来の夜中の廊下に響き渡るあの声は、
なんて形容していいか分からない。
交通事故も、場合によっては司法解剖が行われる。
ご家族からしたら、解剖?これ以上傷つけないで。
そう願うのは当然だ。
ただし、法律で拒否ができない。
解剖からご遺体がご家族のところに戻るまで数日から数週間かかる。
その間、どんな気持ちになるだろうか。
私はずっと痛くないといいなと思ってた。
亡くなってるんだから痛いわけないじゃんという人がいるならば、黙ってろ。
解剖の流れや日数、そのあとどんな経過をたどるか。
この説明をするのも私の仕事のひとつだ。
残酷だなと思う。
目の前の人からしたら、受け入れられない言葉の羅列を話しているんだから。
日本には、六曜という風習がある。
火葬は友引は避けるという風習があるから、ご遺体がかえってきたあとにできるだけ長く一緒に過ごせるといいな。
そんなことをぼんやりと思う。
なんでもするから
お願いだからかえして
あの子の声をもう一度聴かせて
ねえ、私は知ってる。
嫌なくらい分かってる。
もう二度と戻らないってことも、声も聴けないってことも。
そして、それは私だけじゃない。
それでも、聴かせてあげたいと願ってしまう。
廊下の蛍光灯の光は冷たい。
冷たくて、無機質な光の下で、ご家族の手を握ったことは何回あったんだろう。
こっちが泣くわけにはいかない。
悔しい気持ちも悲しい気持ちもやり切れない気持ちも。
“私は看護師だから”とやりすごす。
司法解剖が終わったご遺体は、きれいに縫合され、整えられる。
あそこはプロ中のプロの集まりだ。
それでも私は知っている。
元に戻ることは、ない。
もう二度と、話したり動く姿では、かえってこない。
時間なんて残酷に過ぎていく。
残されたのは、写真の中の笑顔と、夜中に響いた声の記憶だけ。
ああ、次の救急車の要請の電話が鳴る。
やり切れない気持ちを、あの蛍光灯に預けながら現場に立ち続けるんだ。
だって、私は看護師だから。
それでも。
どうか、どこかで、せめてもう一度だけでも。
あの子の声が、ご家族の夢の中で笑っていますように。
救急外来で働いていると、いろんな方に出会います。
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