セロテープで補強された給与明細と、駅のホームのケーキ屋さん
その紙、まだある。
私が社会人デビューをして、はじめてもらった、給与明細。
税金とかいろいろ引かれて、手取り200,886円。

何度か引っ越したし、荷物も整理してきたのに、この明細だけはなぜか捨てられなかった。
今じゃ絶滅危惧種扱いの紙の給与明細。
セロテープで補強した跡が、年季の証。

ちゃんと「私、社会人になったよ」って証明してくれる、大事な給与明細用紙。
明細をくれたとき、師長さんが言った。
「お疲れ様でした」って。
それだけの言葉が、めちゃくちゃうれしかった。
ああ、大人になったんだぁって思ったけど口にはしなかった。
だって、もう大人だし。
同い年の子たちはまだ大学生だったり、就活してたり。
私はひと足早く、社会に出た。
白衣の袖も、ナースシューズの履き心地も、まだ身体に馴染んでいなかったけど、がんばって働いた分だけ、ちゃんと数字になって戻ってきた。
この世界、働いたらお金がもらえるんだ。
しかも、けっこうな額だ。
バイトはしていたけれど、こんなに大金を一度にもらったことなんてない。
もらったお給料を使って、誰かに何かをあげられるんだ。
すごいな、って思った。
だから、帰り道にケーキ屋さんに寄った。
駅のホームにある、あの小さなケーキ屋さん。
お父さんにはチーズケーキ、お母さんにはモンブラン。
好きだった気がする、たぶん。
ちょっと自信なかったけど、どっちも美味しそうだったから、まあいいやって思った。
そして自分には、フルーツタルト。
色とりどりで、見てるだけでテンション上がるやつ。
頑張った私の、デビュー戦祝い。
自腹で買った自分へのごほうび。
家に帰って、箱をあけたときの両親の顔、いまだに思い出せる。
「え、なにこれ」「買ってきたの?」ってちょっと驚いた顔からの、ニコッとした笑顔。
「お給料、もらえたから」って明細を見せたら、ふたりともめっちゃ喜んでくれた。
お金を稼ぐって楽しいぞ!って、お父さんが笑いながら言った。
お母さんは、何も言わずにケーキをフォークで割ってた。
でも、その手がすごくやさしかった。
あの日のケーキの味は正直忘れてしまったけど、見た目は覚えてる。
3つ、私たち家族みたいに仲良く並んでた。
今はもう、ケーキ買って帰るような余裕はなかなかない。
給料はあがったけど、責任も、仕事の重さも、それ以上に増えた。
まさかあの時の私からしたら主任をやってるなんて聞いたら、おでこに手を当てられて
「熱あるの?」って、真顔で聞いてきそう。
でも、ときどき思い出す。
あの紙と、駅のホームと、社会人デビュー戦。
この間、久々に、本当に久々にその駅のホームに行ったら、まだケーキ屋さんがあった。
お父さんとお母さんと私の3人分買って、ただいまって実家のドアを開けてみようかな。
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