【人生史】激務コンサルから精神病棟を経てJTCにジョブリターンをした理由(前編)
どうも、しょーぱんです。
自己紹介に思ったよりもたくさんスキをいただけて嬉しいです。
これからも頑張って記事を書きたいと思いますので、よろしくお願いします。
タイトルの通り、コンサルで精神を病んで入院し、JTC(商社)に戻るまでの記録です。
2番目に書く内容を悩みましたが、今の私の状況を整理するのに良いかなと思ったのでこの話題をば。
前編は精神を病んで入院してから、精神病棟を退院するまでにしようと思います。
暗い話が多いですが、今はちゃんと落ち着いておりますのでご安心を笑
何度目かの妻の陣痛の訴えに、私は急いでチャットを飛ばした。
「すみません、今度こそと言っているので…」
「気にしなくていいよ。立ち会えなかったら一生言われるから笑」
普段厳しい上司もその時は優しく送り出してくれた。
妻の出産を目前に、クライアントとのステコミ(意思決定のための重要な会議)を翌週に控えた私は病院と家の往復、息子の世話、2−3時間の睡眠の他は常にパソコンと向き合っていた。
残業時間は覚えていない。少なくとも、まともに残業をつけたら誰かに迷惑がかかることはわかっていた。
身体は限界に近く、原因不明の咳と39度近い熱に悩まされ、体重は1年で10kg落ちていた。
結局、私は娘の誕生に立ち会うことができた。
ただただ嬉しくて、泣くことしかできなかった。
その後は、また仕事に戻った。
翌日妻に呼び出され、私の体調や子供のことをどう考えているのか、育休を取る約束はどうなったのかということで大喧嘩した。
上司には、ボロボロの資料の内容について問い詰められながら、「全方向にええカッコはできない。覚悟を決めろ。」という内容のことを言われたのは覚えている。
その次の朝のことは、よく覚えていない。
いつの間にか、2日が経っていて、実家の布団で寝ていた。
妻の睡眠薬をオーバードーズして救急搬送されたということを父から聞かされた。
妻の退院日なのに私が迎えに来ないことを不審に思った両親が、倒れて失禁している私を見つけたらしい。
さらに、会社には「◯◯はしばらく休職します」と伝えてあるとも。
その時の感情は、「人生終わった…」が3、「やっと解放される」が3、「上司やクライアントに申し訳ない」が4といったところ。
ただあれこれ考える暇も余裕もなく、適応障害の診断を受け、実家近くの精神病院への入院が決まった。
病棟の中でのことはあまり詳しくは書けないが、概ね世間が想像しているものに近いのではないか。
夜中叫び出してしまう男性、常に部屋の前を徘徊している老人、自分をどこかの国のお姫様だと思い込んでいる人。
「見た目も話し方も普通だけどな」と思った男性の腕には大きな十字型の傷が刻まれていた。
その中で私は他の患者や医師、看護師からどのように見えていたのだろうか。
大学時代の教科書や本をやたら持ち込んで、「こんなに本を持ってきた人は初めてですよ」とは言われた記憶はある。
夜はスマートフォンを没収され、完全消灯で本も読めないのでとにかく暇だった。
日本シリーズの季節だったが、7戦目に贔屓のチームがボロ負けしている状況のまま21時を迎え、テレビを消されたことを覚えている。(結局日本一は相手チームだった)
毎日顔が変わる娘の写真を見たり、義実家に帰った妻や息子とLINE通話するのが楽しみだった。
あとは、認知機能を維持するためのパズルや計算問題、エクササイズの類は楽しかった。
暇で暇で仕方なかったので、転職を考えた。
バイオ系の国家資格(医者じゃないんだからそんなものアレかアレのどちらかだろと予想がついてしまうが)を活かした転職先を希望したが、やりたいことがブレていたからか、はたまた負のオーラが見えていたからかはわからないが全滅した。
今だから思うが、この資格を使う仕事に私は向いていないと思うので、結果オーライである笑
転職については「そんなに焦ってどうするんだ」と心配する両親と喧嘩した。初めて父親と殴り合いになるかと思った。
最終的に論破されて居ても立っても居られなくなった私は、裸足に玄関のサンダルで11月の夜中に実家を飛び出し20kmほど歩いた義実家との中間地点でギブアップして嫁に迎えに来てもらった。
義両親の冷ややかな目は耐え難かったが、少し大きくなった娘には癒された。
転職のことはしばらく忘れることとした。
IQテストを受けさせられたのも思い出。
発達障害の疑いがあり、そのせいで仕事で苦労したのでは、という仮説があったので、それを確かめるためである。
詳しくは記録を見つけたら後々書きたいが、確かWAIS-ⅣというテストでIQは116だった。
東大生の平均が120だと巷で聞いたことがあるので、平均ちょい下の東大卒を自覚している私としては妥当な結果であると認識している。(より頭の状況がクリアな今やったらもう少し高いスコアを取れるのかもしれないが)
言語が一番高くて、推理と処理速度はそこそこで、ワーキングメモリーが一番低かった記憶がある。
なるほど、議事録や英会話が苦手なのはこういうところから来ているのだな、と感心した。
自分の能力を証明したい人だけでなく、何かができなくて悩んでいる人は、試しにIQテストを受けてみても良いのでは、と思った。
そんなこんなをしているうちに病気への自己理解や薬による感情の安定化が進み、退院の時期が近づいてきた。
相変わらず薬でぼーっとはしていたが、年が明けるということで、私の頭にはやはり「仕事をどうしようか」ということが問題として浮かんだ。
何故か育休手当と傷病手当はダブルでもらえるので、しばらく生活に困らないことはわかっていたが、あまりキャリアに穴を開けたくないというのと、このまま仕事ができない頭になったら怖いという考えがどうしても頭をよぎるのである。(当時は治療が進んだとはいえ、2時間外出するのも身体が嫌がる様子だった)
そこで選択肢に浮かんだのが、夏に保険として申し込んでいた前職への「ジョブリターン」制度であった。(つづく)
本日はここまでにしたいと思います。
あまり愉快ではない&取り留めのない話が多いですが、リアルで接している人に話せる話でもないので、こういう形で発信できるのは自分にとっては良いことだと思っています。
続きや他のテーマもゆっくり書いていきます。
ちゃんと立ち直って今は幸せに生活しているので、今ツラい人にも勇気を与えられればと思います。
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よろしくお願いします。
