見出し画像

お正月の香り

 一人息子の母親である友人と理想のお嫁さんの話になったことがある。
今から10年以上前の話で、息子さんが中学生くらいだったかと思う。その頃はまだ、私たち自身が嫁真っ只中であり、子供の結婚相手について理想を述べるよりも、舅小姑の愚痴や兄嫁の話の方が話ばかりしていたような気がするが、その日、なぜか、まだ、声変わりもままならない息子の将来の相手について彼女が語った。
 料理上手でなくてもいいし、掃除の行き届いた部屋でなくてもいいけれど、だしの香りがしたとき、お正月の匂いがする、と言えるような子がいいな、と。
 なるほどね。
 その一言に、彼女の言いたいことがすべて詰まっているように感じた。
 天然だしの香りは、かつて私たちが子供のころ、どこの家にも漂っていた正月の香りだった。お雑煮のだしの香りとともに年が明け、前日まで大掃除や正月準備であわただしかった家が、清々しい空気に満ち溢れ、背筋が伸びた気になったものだ。彼女は、今では廃れつつある正月文化を、今なお家族の行事として継承し、大切にしているような家庭で育ったお嬢さんをお迎えしたい、ということなのだろう。
 正月になると、彼女の言葉を思い出す。そして、毎年、面倒だと思いながらもお雑煮用の出汁を引く。元旦の朝は優しいだしの香りに包まれていたい。ファーストフードとスナック菓子が大好きな娘も、かまぼこや鶏肉、三つ葉に彩られた関東風のお雑煮から香り立つ出汁と柚子の香りを、「いい香り!」と言いながら深呼吸するように吸い込んでいる。年末に買い揃えたかまぼこと伊達巻、自分で作ったなますや黒豆、テレビで簡単にできると知ったローストビーフを並べ、来年こそはおせちセットを買おうと心に決めるのも毎年のこと。
 お雑煮の準備に母が丁寧に出汁を取っていた姿を、今でも思い出す。私もいつの間にか、その頃の母と同じことができるようになっていたのか。娘が将来家庭を持った時に、娘は出汁を引くのだろうか。出汁は引かなくてもいいけれど、どこかでふと出汁の香りを感じたときに、家族で過ごした正月を思い出し、ふと懐かしんでくれたらうれしいと思う。
 
 

いいなと思ったら応援しよう!