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【短編恋愛小説】夢幻の間で

夢想のあなたへと同じテーマ・パターンを変えて書いてみました。どちらが良かったか感想をいただけると嬉しいです。


第1章:繰り返される景色

佐倉一葉は目を開けた。窓から差し込む朝日が部屋を金色に染めている。彼女は枕元のメモ帳に手を伸ばし、まだ鮮明な夢の断片を書き留めた。

「また、あの青い光のカフェ...」

3ヶ月前から、一葉は同じ夢を見続けていた。夢の中で彼女は、知らない街を歩き、青い光に満ちた不思議なカフェで一人の男性と出会う。彼は優しく微笑み、まるで昔からの知り合いのように彼女に話しかける。

「やっと会えたね」

目覚めても、その声は耳に残り続けた。

一葉は出版社の編集者として働いていた。小説部門で3年目、仕事にも慣れ、周囲からの信頼も得ていた。しかし最近、彼女の心はどこか遠くにさまよっていた。

「佐倉さん、この原稿のチェック終わった?」 同僚の杉本真琴が彼女の机に近づいてきた。

「あ、ごめん。今やってるところ」 一葉は慌てて手元の書類に目を戻した。

「最近、ボーっとしてるけど大丈夫?恋でもしてるの?」 真琴はからかうように笑った。

一葉は苦笑いを返した。恋愛なんて、現実には遠い話だ。昨年、5年間の交際相手と別れたばかりで、新しい恋など考える余裕はなかった。ただ、その夢の中の人物が、妙に心に引っかかっていた。

夜、一葉はまたあの夢を見た。今回は少し違った。カフェで男性が彼女を見つけ、近づいてきた。

「僕の名前は月村航。君は?」 「佐倉一葉です」 彼女は夢の中で初めて自分の名前を告げた。

「一葉さん、君はいつも途中で消えてしまうね」 彼の声には寂しさが混じっていた。

「どうして?」 「目を覚ましてしまうからだよ」

その瞬間、一葉は目を覚ました。時計は午前3時27分を指していた。心臓が早鐘を打っている。彼女は震える手でメモ帳を取り、月村航という名前を書き記した。

現実では決して会えないはずの人物なのに、心は確かに彼に惹かれていることを自覚していた。それは一体どういうことなのか。

第2章:境界の揺らぎ

「佐倉さん、新しい企画があるんだけど」 編集長の中村が一葉を呼び止めた。

「はい、なんでしょうか?」

「『世界の狭間』っていう新しいファンタジー小説の担当をお願いしたいんだ。パラレルワールドものなんだが、君なら合うと思ってね」

一葉は企画書を受け取った。「パラレルワールド」という言葉が、彼女の胸に奇妙な響きを残す。

その日の午後、作家の高橋誠との打ち合わせが行われた。彼は40代半ばの、物静かな男性だった。

「私の小説は、現実と並行して存在する別の世界についての物語です」 高橋は静かに語った。 「それぞれの世界には『対応者』と呼ばれる、同じ魂を持つ存在がいて...」

一葉はペンを握る手に力が入るのを感じた。

「対応者...」 彼女は思わず言葉を繰り返していた。

高橋は不思議そうに彼女を見た。 「何か、気になることでも?」

「いえ、面白い設定だなと思って...」 一葉は慌てて取り繕った。

その夜、一葉は夢の中で月村航と再会した。カフェのテラス席で、彼はピアノを奏でていた。美しい旋律が空間を満たす。

「あなたは本当に存在するの?」 一葉は勇気を出して尋ねた。

航は静かに微笑んだ。 「君こそ、本当に存在するのかな?」

「どういう意味?」

「この世界では、僕は演奏家なんだ。君のいる世界では何をしているの?」

「私は...出版社で編集者をしています」

「そう、編集者か。素敵な仕事だね」 航は優しく笑った。

一葉が目を覚ますと、航が弾いていたメロディが頭から離れなかった。彼女はハミングしながらシャワーを浴び、出社の準備をした。

週末、大学時代の友人・彩花の結婚式に出席した一葉。披露宴の途中、ピアニストが演奏を始めた瞬間、彼女は凍りついた。

それは夢の中で航が弾いていたのと全く同じメロディだった。

「この曲...何ていう曲ですか?」 演奏後、一葉はピアニストに尋ねた。

「あぁ、これは最近作曲した曲で、まだ名前はないんです」 若い男性は答えた。

一葉の心臓が早鐘を打つ。現実と夢がつながっているような不安と期待が、彼女の中で膨らんでいた。

第3章:交差する世界

「今日も会えたね」 航は一葉を見て穏やかに微笑んだ。

夜ごと、一葉は航とのひとときを過ごすようになっていた。彼の世界のことを聞き、自分の世界のことを話す。二人の会話は時々奇妙なことになった。

「東京タワーって知ってる?」と一葉が尋ねると、航は「もちろん。でも、僕の世界では『天空の塔』って呼ばれているよ」と答えた。

「渋谷のスクランブル交差点は?」 「渋谷?あぁ、僕の世界では『四方市』って呼ばれているよ。人々が四方から集まる場所だからね」

共通点と相違点を発見していくたびに、一葉は航の世界に魅了されていった。そして、現実の世界に戻るのが少しずつ辛くなっていく。

ある日、原稿の資料を探しに古書店を訪れた一葉は、書棚の奥に一冊の古い本を見つけた。『世界の狭間に生きる者たち』というタイトルの研究書だった。

著者は高野修平という名の研究者。一葉は半信半疑で本を手に取り、購入した。

アパートに戻った一葉は、夢中で本を読み進めた。そこには「夢見の扉」と呼ばれる現象について詳しく書かれていた。

「二つの並行世界に存在する『対応者』が、夢を通じて出会うことがある。これは世界の狭間に生じた"裂け目"を通じて魂が共鳴する現象であり...」

一葉は息を飲んだ。まさに自分が体験していることが書かれている。しかし、最後のページには警告めいた言葉も記されていた。

「二つの世界の対応者が現実世界で出会うとき、均衡は崩れ、一方の世界は消滅への道を歩む」

本を閉じた一葉は、窓の外を見つめた。夜空には星がきらめいていた。「こんな古い迷信、信じられるわけがない」と自分に言い聞かせた。

しかし、心の奥底では、この本が真実を語っているのではないかという恐れが芽生えていた。

第4章:現実との接点

「皆さん、今日から編集部に新しいメンバーが加わります」 編集長の声に、一葉は資料から顔を上げた。

「佐々木玲です。音楽評論家として活躍していましたが、今回本の編集にも挑戦したいということで、我が社に来てくれました」

目の前に立っていたのは、30代前半の男性だった。航とは似ても似つかないが、彼が会議室に入ってきたとき、一葉は奇妙な既視感を覚えた。

「よろしくお願いします」 佐々木玲は丁寧に挨拶した。その声の調子、言葉の間の取り方が、どこか航を思わせた。

昼休み、一葉は社内カフェテリアでひとり昼食を取っていた。

「ここ、空いてますか?」 佐々木玲が彼女のテーブルの前に立っていた。

「ど、どうぞ」 一葉は慌てて答えた。

「佐倉さんでしたよね。さっきは十分な挨拶ができなくて」 玲は笑顔で言った。

「あ、いえ...これからよろしくお願いします」

会話が始まると、玲はすぐに一葉に興味を示し、彼女の担当作品や好きな音楽について質問した。彼の話し方は穏やかで、一葉はいつの間にか緊張がほぐれていた。

しかし、その日の夢で航に会うと、彼は心配そうな表情をしていた。

「僕の世界で異変が起きている」 航は静かに言った。 「昨日、空が一瞬歪んだんだ。誰もそれに気づいていないみたいだけど...」

一葉は本で読んだ警告を思い出し、航にその話をした。

「もし本当なら、僕たちは現実で会ってはいけないのかもしれない」 航は真剣な表情で言った。

「でも、どうすれば...」 一葉の言葉が途切れたとき、夢が急に霞み始めた。

「また明日...」 航の声が遠くなり、一葉は目を覚ました。

翌日、外出先で突然の土砂降りに見舞われた一葉は、出版社に戻る途中、傘を持たずに立ち尽くしていた。

「佐倉さん!」 声の方を振り向くと、佐々木玲が傘を差し出していた。 「一緒に帰りましょう」

雨宿りのため、二人は近くのカフェに入った。温かいコーヒーを前に、玲は自分の過去について語り始めた。

「実は、僕は最初音楽家になりたかったんです。でも、ある理由で挫折して...今は評論家として音楽に関わる道を選びました」

一葉は航との共通点を感じ、動揺を隠せなかった。

「佐倉さん、どうかしました?」

「いえ、ただ...音楽家になりたかったなんて、意外でした」

帰宅した一葉は、窓から見える夕焼けが一瞬歪んだように見えて、思わずスマホで写真を撮った。画面を確認すると、確かに空が波打つように歪んでいた。

「これはいったい...」 彼女の手は震えていた。

第5章:二つの想い

一葉と玲は仕事を通じて急速に親しくなっていった。共同で担当することになった音楽評論の特集では、二人の感性が見事に噛み合い、編集部内で話題になるほどだった。

「佐倉さん、明日の夜、時間ありますか?」 ある日、玲は遠慮がちに一葉を誘った。

「えっ?」

「いや、特集も一段落したし、お疲れ様の食事でも...」

一葉は一瞬躊躇したが、「はい、大丈夫です」と答えていた。

ディナーの席で、二人は仕事の話から次第に個人的な話題へと移っていった。趣味、好きな映画、子供の頃の思い出...話せば話すほど、二人の価値観が驚くほど似ていることに気づいた。

「不思議ですね」 玲は言った。 「佐倉さんとは初対面なのに、まるで昔から知っているような...」

一葉は心臓が高鳴るのを感じた。「私も同じことを感じていました」と正直に答えた。

帰り道、二人は星空を見上げながら歩いた。玲が一葉の肩に触れようとしたとき、一葉は思わず身をひるがえした。

「あ、ごめんなさい」 玲は困惑した顔をした。 「僕、勘違いしてました?」

「いえ、そうじゃなくて...」 一葉は言葉に詰まった。彼女は玲に惹かれていることを自覚していた。しかし同時に、夢の中の航への感情も確かなものだった。

その夜、夢の中で航は以前より憔悴した様子で現れた。

「僕の世界が少しずつ崩れ始めている」 航は疲れた声で言った。 「建物が消え、道が途切れる...誰も気づいていないけど、確実に何かが起きている」

「私の世界でも奇妙なことが起きているの」 一葉は現実の空の歪みについて話した。

「もしかしたら、君の世界で何か重要なことが起きているのかもしれない」 航は一葉をじっと見つめた。 「何か変わったこと、新しい出会いとか...」

一葉は玲のことを話そうとしたが、何かに阻まれるように言葉が出てこなかった。

翌朝、通勤途中の一葉は、いつも通る路地が突然なくなっていることに気づいた。地図アプリで確認しても、確かにそこには道があるはずなのに、実際には何もなかった。

出版社に着くと、玲が彼女を待っていた。

「佐倉さん、昨日は急に帰ってしまってごめん」

「いえ、私こそ...」

「実は、君のことを...」 玲は言いかけて、周囲に人がいることに気づき、言葉を切った。 「また今度、二人きりで話せる時に」

一葉は頷いたが、心は混乱していた。玲への好意と、航を失うかもしれない恐怖の間で揺れ動いていた。

第6章:記憶の共鳴

「このメロディどう思います?」 編集会議の後、玲は一葉にスマホの録音を聴かせた。それは彼自身が作曲したピアノ曲だった。

一葉は凍りついた。それは夢の中で航が弾いていたメロディとそっくりだった。

「これは...」

「実は、子供の頃から繰り返し見る夢があって...」 玲は少し恥ずかしそうに言った。 「夢の中で青い光のカフェに行くんだ。そこで感じたイメージからこの曲を作ったんだけど...」

「青い光のカフェ?」 一葉の声が震えた。

「うん、不思議な場所なんだけど...」 玲は一葉の反応に気づき、「どうかした?」と尋ねた。

「いえ、ただ...その夢の話、もっと聞きたいです」

二人は仕事の後、近くのカフェで長話をした。玲の話す夢の内容は、一葉が見ている夢と驚くほど似ていた。ただ、彼の夢には一葉のような人物は登場しないという。

「不思議ですね」 一葉は慎重に言葉を選んだ。 「私も似たような夢を見ることがあるんです」

「本当に?」 玲は目を丸くした。 「それって、何かの縁かもしれないね」

その夜、一葉は夢の中で航を探した。彼は青い光のカフェではなく、霞がかった公園のベンチに座っていた。

「航さん、あなたの対応者がいるかもしれない」 一葉は玲のことを話した。

航は黙ってうなずいた。 「やっぱり、そうだったか」

「どういうこと?」

「僕は薄々感じていたんだ。僕の世界がこんな風に歪んでいるのは、僕と対応者が何らかの形で共鳴しているからだって」

「それって...」

「もしかしたら、彼は僕の対応者なのかもしれない」 航は悲しげに微笑んだ。 「僕の世界はもうだめかもしれない。街の一部が消え始め、人々の記憶も変化している」

目覚めた一葉は、すぐに『世界の狭間に生きる者たち』を手に取り、著者の情報を調べた。高野修平はすでに他界していたが、彼の研究を継いだ孫の高野哲也が東京大学で教鞭を取っていることがわかった。

勇気を出して大学に連絡を取った一葉は、高野教授との面会の約束を取り付けた。

その日の午後、玲から「明日、大切な話がある」とメッセージが届いた。一葉の胸は高鳴り、不安と期待が入り混じった。

第7章:揺れる世界

東京大学の研究室で、一葉は高野教授と対面した。60代半ばの穏やかな表情の男性は、彼女の長い説明を黙って聞いた。

「信じられないかもしれませんが...」 一葉が言い終わると、教授は静かに言った。

「いいえ、君の話は十分信じられますよ」 教授は祖父の研究書を指さした。 「君は珍しい現象の当事者なんだ」

高野教授によると、パラレルワールドは無数に存在するが、時に二つの世界の「対応者」が強く共鳴し、夢を通じてつながることがあるという。

「でも、なぜ今...」 一葉が尋ねると、教授は肩をすくめた。

「それは謎だね。強い感情、運命的な出会い、あるいは両世界の物理的な接近...様々な理由が考えられる」

「対応者が現実で会うと世界が崩壊するって本当ですか?」

「理論上はそうだ。二つの世界の境界が崩れ、混乱が生じる。だが...」 教授は言葉を選んだ。 「これは理論にすぎない。実際に何が起きるのかは誰にもわからない」

教授は一葉に「本当に大切なのは何か」を考えるよう助言した。

「世界の均衡より大切なものがあるとすれば、それは何だろう?」

その問いを胸に、一葉は玲との約束の場所へ向かった。

夕暮れの公園で、玲は一葉を待っていた。

「来てくれてありがとう」 玲は緊張した様子で言った。

「聞きたいことがあるんです」 彼は深呼吸して続けた。 「これは突拍子もなく聞こえるかもしれないけど...君のことを夢で見続けてきたんだ」

一葉の心臓が跳ねた。

「子供の頃から、青い光のカフェで、君とそっくりの女性と会う夢を見ていた。最近になって、その人が君だと気づいたんだ」

「それが、昨日言おうとしていたこと?」

「うん。もし信じられないなら、これを見て」 玲はスケッチブックを差し出した。

そこには、夢の中の青い光のカフェの絵と、そこで奏でられていた楽譜が記されていた。一葉が夢で見た景色と全く同じだった。

「私も...」 一葉は震える声で言った。 「同じ夢を見ています。でも、私の夢には航という人が...」

「航?」 玲は首を傾げた。

一葉はすべてを打ち明けた。夢の世界のこと、高野教授のこと、そして二つの世界の均衡が崩れているということを。

「そう、君の世界で僕に対応する人物がいるんだね」 玲は静かに言った。 「僕が君の夢に入り込めないのは、僕の魂が対応者と共鳴しているからかもしれない」

二人は互いの経験を共有し、自分たちが「対応者」であり、航は玲の別世界での姿なのではないかという結論に達した。

「じゃあ、僕たちが出会ったことで、世界の均衡が崩れ始めたのか...」 玲は空を見上げた。確かに、今日の夕焼けも不自然に波打っていた。

第8章:選択の時

一葉のアパート近くの公園が突然消失し、玲の住む地域では長年あった駅が存在しなくなるなど、異変は加速していた。奇妙なことに、彼ら以外の人々はその変化に気づかないようだった。

「何が起きているのか、もう疑いようがないな」 玲は一葉と電話で話しながらため息をついた。

二人は頻繁に連絡を取り合うようになり、それぞれの世界で起きる異変について報告し合った。同時に、彼らの関係も深まっていった。

玲は一葉に「何が起きても、君と一緒にいたい」と伝えた。一葉も同じ気持ちだった。しかし同時に、夢の中の航への罪悪感も拭えなかった。

その夜、夢の中で一葉は航に会ったが、彼の姿は透けるように薄くなっていた。

「僕の世界は急速に崩壊している」 航は言った。 「もう時間がない。君が選択をしなければならない」

「選択?」

「君が玲を選べば、僕の世界は消える。僕を選べば、玲の存在が危うくなる」

「そんな...どうして私がそんな選択を...」 一葉は涙を流した。

「世界の均衡を保つには、どちらかの世界が犠牲になる必要がある」 航は悲しげに言った。 「でも、僕は君の幸せを望んでいる。だから、迷わないで」

目覚めた一葉は、すぐに玲に連絡した。二人は再び高野教授を訪ね、解決策を探った。

「理論上、世界の崩壊を止めるには、二つの対応者が二度と会わないと誓い、物理的に離れることだ」 教授は言った。 「ただ、それが本当に効果があるかは...」

「それが唯一の方法ですか?」 一葉は尋ねた。

「いや、もう一つ...」 教授は躊躇った。 「二つの世界を融合させる方法もある。ただし、それは大きなリスクを伴う。世界の記憶が混ざり合い、誰も本来の記憶を保てなくなるかもしれない」

「でも、私たちはお互いを覚えていられる?」 玲が熱心に尋ねた。

「それは...わからない」 教授は正直に答えた。

玲は一葉に「何が起きても、君と一緒にいたい」と告げた。 一葉は玲への感情と、航を救いたいという気持ちの間で揺れ動いた。

「時間をください」 彼女は答えた。

第9章:崩壊の加速

一葉と玲は一時的に別れを決意し、会わないようにした。しかし、その選択は意味を持たなかった。異変は加速する一方だった。

一葉の住むアパート全体が一夜にして消失し、代わりに古い神社が建っていた。周囲の人々はそれが「昔からある神社」だと信じていた。

混乱して友人の家に身を寄せた一葉は、唯一記憶を共有する玲に連絡を取った。

「玲さん、私のアパートが...」

「一葉さん、こっちも大変なことになっている」 玲の声は緊張に満ちていた。 「私の住んでいる街の半分が、一晩で別の街並みに変わってしまったんだ」

二人は再会することを決意した。現実が急速に崩れていく今、もはや離れていることに意味はなかった。

「今すぐ行くよ」 玲は言った。

待ち合わせ場所に向かう途中、一葉は街のあちこちで現実が歪み、建物や道路が変形したり消失したりする現象を目撃した。パニックに陥る人もいれば、何も気づかない人もいた。

玲と合流した一葉は、彼の腕にしがみついた。

「どうしたらいいの...」

「高野教授に会おう」 玲は言った。

二人は教授の家を訪ねたが、その家は跡形もなく消え、代わりに小さな公園があった。そこで遊ぶ子供たちに教授のことを尋ねても、誰も知らなかった。

「教授の存在まで消えてしまった...」 一葉は絶望的な気分になった。

その夜、一葉は宿泊先のホテルで眠りについた。しかし、夢の中には航が現れなかった。代わりに彼女は無限に広がる青い光の中に一人でいた。

「航さん!航さん!」 彼女は叫んだが、返事はなかった。

「もう手遅れなのかもしれない」 彼女は絶望感に襲われた。

目覚めると、玲から緊急の連絡が入った。 「一葉さん、大変なことになっている。僕の住む地域全体が崩壊し始めているんだ」

玲の住むマンションの周りでは、建物が霧のように消え始め、道路は歪み、空は不自然な色に染まっていた。しかし、驚くべきことに、ほとんどの人々はそれを気にする様子もなく日常を過ごしていた。

「街の記憶が書き換わっているのかもしれない」 玲は震える声で言った。

二人は話し合い、崩壊の中心地点が、一葉が初めて玲に会ったカフェだと気づいた。

「そこへ行くべきだ」 玲は決意を込めて言った。 「何かの手がかりがあるかもしれない」

一葉も同意し、二人はカフェへ向かうことにした。街はますます奇妙な様相を呈し、二人の目には建物が消えたり現れたりする光景が見えるのに、周囲の人々は全く気にしていないようだった。

「私たちだけが気づいている...」 一葉は不思議に思った。

「僕たちが原因だからかもしれないね」 玲は苦笑した。

カフェに近づくにつれ、異変は激しくなった。空が歪み、風が止まり、音が消えていった。二人の周りだけが、現実から切り離されたような感覚だった。

第10章:夢幻の狭間で

カフェに到着した二人の前に、突如として青い光のゲートが出現した。それは夢の中のカフェへの入口のようだった。ゲートの向こうには、かすかに航の姿が見えた。

「航さん!」 一葉は思わず叫んだ。

「やっと見つけた」 航の声は遠く、エコーのように響いた。 「二つの世界が共鳴し、崩壊が始まっている。このままでは両方の世界が消滅する」

「どうすればいいんだ?」 玲は前に出て尋ねた。

航は玲をじっと見つめた。それは鏡に映る自分を見るような不思議な光景だった。

「君が僕の対応者か...」 航は静かに言った。

「解決策はある」と航は続けた。 「一人が自分の世界を離れ、もう一方の世界に永遠に移らなければならない。そうすれば、一つの世界は安定し、残る」

「つまり、どちらかが消えなければならないということ?」 一葉は震える声で尋ねた。

「そうだ。でも、それはあくまで一つの解決策だ」

玲は即座に「僕が行く」と名乗り出た。 「僕の世界の方が崩壊が進んでいる。一葉さんの世界で、僕たちは一緒にいられる」

「でも、玲さんの世界の人々は?」 一葉は心配そうに尋ねた。

「君のいないこの世界は、僕には意味がない」 玲は一葉の手をしっかり握った。

航も「僕の世界も既に崩壊が進んでいる。救えるのは一つの世界だけだ」と言った。

決断を迫られる一葉。彼女は玲の手を取り、「私たちが出会ったのは偶然じゃない。二つの世界を繋ぐために」と言った。そして航に向かって「あなたの世界を救う方法はない?」と尋ねた。

航は微笑み、「もう一つの可能性がある」と言った。 「二つの世界を完全に融合させる方法だ」

「融合?」 一葉と玲は同時に尋ねた。

「そう。二つの世界を一つにまとめる。でも、それには大きなリスクが伴う。世界の記憶が混ざり合い、誰も本来の記憶を保てなくなるかもしれない」

玲は「僕たちの記憶も?」と訊いた。

「そうだ」と航は答えた。 「でも、この感情までは消えないだろう」

一葉と玲は見つめ合った。言葉は必要なかった。二人はすでに答えを知っていた。

「もう一度出会えるなら」 玲は一葉の頬に触れた。

「どんな世界でも、あなたを見つけるわ」 一葉は静かに応えた。

二人は手を取り合い、航に向かって「世界を融合させて」と告げた。

航は二人に「ゲートをくぐる」よう指示した。一葉と玲がゲートに足を踏み入れた瞬間、眩い光が三人を包み込んだ。

世界が白く染まり、すべてが溶けていくような感覚。一葉の意識も、ゆっくりと霧の中に消えていった...

エピローグ

東京の出版社、小説部門の編集フロア。 新人編集者の佐倉一葉が、データ入力に集中していた。

「佐倉さん、この原稿のチェック、お願いできる?」 先輩編集者の杉本真琴が彼女の机に近づいてきた。

「はい、今やります」 一葉はにっこり笑った。

「あ、それから今日の打ち合わせ、音楽評論家の佐々木さんが来るから、よろしくね」 真琴は言い残して去っていった。

一葉は不思議な既視感を覚えながらも、仕事に戻った。

昼時、社内のカフェテリアで一葉は静かに食事をしていた。

「ここ、空いてますか?」 声に顔を上げると、見知らぬ男性が立っていた。

「どうぞ」 一葉は席を勧めた。

「佐々木玲です。今日初めて御社に伺いました」 男性は礼儀正しく挨拶した。

「佐倉一葉です。今日の打ち合わせでご一緒する予定でした」

二人は握手を交わした。その瞬間、不思議な感覚が一葉を包み込んだ。まるで長い間探していた何かを、やっと見つけたような感覚。玲の目にも同じような感情が浮かんでいるようだった。

「変な質問かもしれないんですが」 玲は少し躊躇いながら言った。 「僕たち、前にどこかで会ったことありませんか?」

一葉は笑顔で首を振った。 「いいえ、初めてです。でも...」

「でも?」

「なぜか懐かしい気がします」

会話が弾み、二人はまるで昔からの知り合いのように笑い合った。共通の趣味、似た価値観、同じような人生観。あまりの偶然に、二人とも驚いていた。

「これも何かの縁でしょうね」 玲は優しく微笑んだ。

カフェの窓の外では、青い光が一瞬だけ煌めいた。テーブルに置かれた玲のノートには、半分書きかけの楽譜があった。一葉はそれを見て、どこかで聴いたことのあるメロディを思い出したような気がした。

「この曲、素敵ですね」 彼女は言った。

「ありがとう。実はまだ名前が決まってなくて...」

「『夢幻の間で』はどうですか?」 一葉は思わず言っていた。なぜそんなタイトルを思いついたのか、自分でも分からなかった。

「『夢幻の間で』...」 玲は言葉を噛みしめるように繰り返した。 「完璧だね。まるで僕の心を読んだみたい」

帰り際、玲はメモを一葉に手渡した。そこには彼の連絡先と、一行の言葉が書かれていた。

「二つの世界の狭間で、愛は続く」

一葉はその言葉に見覚えがあるような、ないような...。何か大切なことを思い出そうとするような感覚に包まれたが、すぐに消えていった。

代わりに彼女の心に広がったのは、これから始まる新しい物語への期待だった。

玲と別れた後、一葉は空を見上げた。雲の切れ間から差し込む光が、青く輝いていた。

「どこかで会ったことがあるような...」

彼女は微笑んだ。答えはきっと、これから二人で見つけていくものなのだろう。

END

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