はたらく環境を分析するマーケティング的視点― 50代からの『はたらく』を考えるために
はじめに なぜ真面目な人ほど会社で苦しくなるのか
もしあなたが50代、60代で、職場において「こんなはずじゃなかった」、「何かがおかしい」、「何か疎外感を感じる」、「パワハラで自分の尊厳が否定されている」と思いながら働いているなら、この文章はあなたのために書いたものになると言ってよいでしょう。
毎日きちんと会社へ行き、与えられた仕事をこなし、周囲に迷惑をかけないよう気を配る。上司から頼まれれば引き受ける。後輩の面倒も見る。会社のために残業もしてきた。家庭を支えるために歯を食いしばって働いてきた。
そんな人生を送ってきたにもかかわらず、ある日ふと以下のように考えるのです。なにより、長年勤務し、会社に貢献してきたことには自信があるが、ここへ来てその自信が徐々に崩れてきている。そしてふと思います。「なぜ自分はこんなに苦しいのだろう」と。
役職定年を迎えた人もいるでしょう。また、年下上司の下で働くことになった人もいるでしょう。さらには、程度の差はあれパワハラや理不尽な扱いに悩んでいる人もいるかもしれません。環境が異なってきているのも事実ですが、それにしてもこの気持ちは何なんだ、と思ってしまう。
そして、自分は評価されない、感謝されない、居場所がない、年下上司の視線が気になると思う。回りの人は冷めた目で見ているように感じる。そんなことを感じている人は多いと思います。昔はやりがいを感じていた仕事なのに、今は出勤するだけで疲れてしまう。何か力が抜けてしまい、心にはりがなくなった。
かくいう私もこうしたサラリーマンの一人でした。定年を迎え、継続雇用になり、居場所は確保し給与も大きくは変化ないという状態でしたが、突然パワハラ被害に会い、年下上司も加害者であるモンスター社員の背後でフライングモンキー化。出来高部分での評価による給与上昇がねたまれたのかもしれません。パワハラを受けてからの1年間は、何かもやもやする薄暗がりの中にいるような気分でした。そして、結局は退職。会社都合の雇止めがハローワークによって認められました。せめても慰めでした。しかし、どこか納得いかない、という気持ちを引きずっていたのも事実です。
私はこれまで、「はたらく」をテーマに発信を続けてきました。その中で、多くの人の悩みに触れてきましたが、私の経験も加えて考えると共通点に気づきました。それをまとめると以下のようになります。
〇苦しんでいる人ほど、真面目(過ぎる)。
〇そして真面目な人ほど、自分を責めている。
〇「自分の能力が足りないのではないか」と自問自答している。
〇「もっと頑張らなければならないのではないか」と焦る。
〇「我慢が足りないのではないか」とやはり自責する。
〇ローンもあるしお金のために辞められない。
〇辞めることは悪いこと。我慢が美徳。
〇パワハラや困難な状況において感情的になってしまう。
ここからわかるように、すべて自分を責める状況が固定しており、極めて感情的になってしまっています。ある意味、負のスパイラルに陥っていると言ってよいでしょう。
第1章 会社はなぜ自分だけを責めないのか
しかし私はあることを知った後、その考え方に少し異なったとらえ方を持つようになりました。もっとよい考え方、自分を客観視する方法があるのではないかということです。本当に問題はあなた自身に、あなただけにあるのでしょうか?まず、そこから疑ってかかる必要があります。
私があるとき気づいたのは、これまで自分ばかりを見ていて、環境を見ていなかったことに。自分を見るとき感情でしか反応してこなかったのではないかということでした。
その気づきのきっかけになったのが、マーケティングや戦略論の考え方でした。本来、マーケティングは企業が商品やサービスを売るための手法、ノウハウ、理論です。
ひとことでいうなら、企業は業績が悪くなったとき、自分たちだけを責めないのです。自他の条件、環境を分析します。
まず業績悪化の際に、市場を分析します。競争環境を分析します。自社の強みや弱みを分析します。そして、「今の戦い方は正しいのか」、「今いる市場は適切なのか」を考えます。
自社に問題があるのは、マーケティング、営業体制にあるのか、人事などの人材の問題、報酬に問題があるのか。あるいは、製造工程がクリティカルパスとなっているのか、またコストの管理に課題があるのか。市場における競合他社の動向はどうなのか。今正しい市場で戦っているのか?規制環境は変化していないか。
つまり、自社だけでなく環境も見るのです。自分を客観視し、原因を分析するのです。本noteは、マーケティング理論を学ぶための本ではありません。ましてや、転職を勧める本でもありません。しかし、これまで精神論や対処療法的な議論がなされてきたこの分野において、マーケティングの視点を応用することが、パワハラという状況を解決するだけでなく、自分の強みと弱みを分析することにより、人生を再編集することに役立つという、新しいコンセプトを提起することにあります。
私が伝えたいのは、マーケティング理論を通じて、「自分を責める前に、自分と環境を一緒に見てみませんか」ということなのです。
このことは、私がこれまで「自分を客観視する」と主張してきたものです。それをマーケティング理論で補強したらどのような効果があるか、ということを考えてみたいのです。
第2章 自分の分析、会社と会社を取り巻く環境の分析
マーケティングにおいては、自社の強みを分析する前に、ざっくりと仮説を立てた上で、自社の分析、会社を取り巻く環境の分析に分けて分析します。マーケティング理論ではこれを内部環境分析、外部環境分析と言いますが 後に述べるSWOT分析の前に自分、自社がおかれた環境と取り巻く環境を分析することでSWOT分析の条件を備えます。
簡単な応用事例を挙げてみましょう。
現在、自分がパワハラを受けている50代後半の男性がいるとします。この男性は、現在は年下上司の下で働いています。給与は全盛期から比較すると減少傾向にあります。この男性は、自分の置かれた状況を悲観的に見ており、「なぜこんな状況になってしまったのか?」と疑問に思う日々を送っています。
この男性が置かれた状況の内部環境と外部環境の分析を仮に示してみます。
あるとき男性はふと思い立ち、いろいろ調べてみることにしました。
まず、自分がパワハラを受けていることについて、統計的に調べてみると、厚生労働省が公表した「個別労働紛争解決制度の施行状況(令和6年度)」によると、総合労働相談件数は120万件を超え高止まりしているとされており、特に「いじめ・嫌がらせ」に関する相談が最多を占める一方、労働条件の引下げに関する相談やあっせん申請が増加傾向にあるということを知りました。
また、自社の過去の事例を友人に聞いたところ、ある部門長は2度にわたってパワハラを起こしており、従業員が抑うつ症による休職に至っていることを知りました。またその部門長は、その他の部門長に対しても隠然たる影響力をもっており(仕事ができるため会社からはパワハラ問題は不問に付されていました)、その部長の意向を直接受けたり、忖度して特定の社員に辛くあっているということがわかりました。
一方で、この男性の年齢からすると、年下の上司は他社でもよくあることであることもわかってきました。新しく入ってきた年下上司は大企業出身で切れ者です(マーケティングでいう5F(ファイブフォース)分析の「新規参入の脅威」、といってもいいでしょう)。また、給与も当社においては働き盛りの40代と比較しても定年に近づくにつれ、下がる傾向にあることも知ります。
パワハラを受けていることは自分が悪い、メンタルが弱い、意志が弱い、努力が足りないと思い込んでいましたが、よくよく考えて見ると賞与の評価についてもさほど悪くはない。
パワハラはマーケットノイズであり、会社の業務をやや停滞させるサンクコストを生み出しているのではないかと考えるようになりました。また、確率論的に現代に日本においてパワハラ被害に会う可能性はかなり高いということも客観視できました。
そうです。ここまで内部環境、外部環境を調べてみて、自分が必ずしも悪くない、ということに気づき始めたのです。初めて、自分の行動に自信が持て始めました。
第3章 SWOT分析という人生の見直し方
ここまで来てこの男性は次のように思いました。
「待てよ。ならば、この状況をどう打開すればよいのか?」。この男性は、自分がここまでやってきたことはマーケティング理論ではないか、そういえば以前買ったマーケティングの本があったな、と思い久し振りに本のほこりを払いながら開いてみました。
ぱっと開いたページに次のようなものがありました。
SWOT分析。この男性は、SWOT分析を思い出してゆきます。
SWOT分析は、S=強み(Strength)、W=弱み(Weakness)、O=機会(Opportunity)、T=脅威(Threat)という四つの視点から自社の経営を分析し客観視する今となってはスタンダードとなっている経営分析手法です。
SとWは内部環境分析に分類され、OとTは外部環境分析に分類されます。
この手法を見ていて男性は考えてみました。O(機会)としては、シニア層に属する自分としては労働市場においては以前と比較して再就職は難しい状態にある可能性が高く、ホワイトカラーの価値はAIの応用によってT(脅威)に晒されていく可能性がより高くなるだろうと考えました。
一方で、S(強み)はこの業界で長年やってきた経験があり特に人事部門の経験は長く所属している調達部門よりは得意であるということを認識、W(弱み)は年齢と体力的なものであるというものでした。
この男性の場合、経験を活かし人事部への異動を申し出るか、新人研修に力を入れている会社に人事コンサルタントとして契約社員でもいいので転職する方法があるかもしれないと考えるようになりました。制度的な救済策も調べたので、パワハラの相談窓口に相談を持ち込みつつ、異動と転職の可能性を調べ始めました。
その傍らで、これまでの経験をまとめてnoteで情報発信し、読者から共感を得ることに成功。
こうして、今後の道筋にわずかながら光明が見え始めたのです。
SWOT分析を中心に考え方のプロトタイプを示してみました。企業における経営分析のように自分を客観視したSWOT分析を中心とした分析手法は、パワハラを受けている状況を含めて状況を客観視することに役立ちます。
第4章 マーケティングの視点から人生を再設計
このようにマーケティング的な視点は、50代以降に自分の人生を再設計し、これまでの経歴を再編集して新しいフェーズに進む有力な視点になると考えています。その中心となるのがSWOT分析です。
私が時々、取り上げる大前研一氏の「戦略」について再録しておきます。
「「戦略的」と私が考えている思考の根底になるのは、一見混然一体となっていたり、常識というパッケージに包まれてしまっていたりする事象を分析し、ものの本質に基づいてバラバラにした上でそれぞれの持つ意味あいを自分にとって最も有利となるように組み立てたうえで、攻勢に転じるやり方である。」
参考文献:参考文献:大前研一著『新装版 企業参謀』プレジデント社、1999年11月刊
先ほどのあるサラリーマンの気づきの物語は、上記の簡単な実践事例です。
私もそうでしたが、感情的に浸りこんで悲劇のヒーロー、ヒロインとなり自虐的になるより、自分と自分が置かれた環境を分析することは、今の苦しい状況を打開し、今後の人生をよりよく生きていくための指針を見いだすことにつながると確信しています。そのとき、マーケティング理論は事態打開のヒントを与えてくれます。そして、今まで当たり前であると思っていたものを組みなおし、攻勢に転ずるきっかけを得ることができると思います。
SWOT分析などを中心にした経営分析手法の人生への応用は、私が今後追求する重要テーマの一つになると考えています。
このnoteを最後まで読んでくれた読者の方が何らかの気づきを得ていただけたら幸いです。
最後に、これも私がよく取り上げる孫子の名言を取り上げて締めくくりとしたいと思います。このフレーズも、客観分析がいかに大切かを力説したものになります。
「彼を知り己を知れば、百戦してあやうからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一敗す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎(ごと)に必ずあやうし。」
(訳:敵と自分の双方よく分析していれば100回戦っても危険ではない。敵の状況を知らないで自分のことだけわかっていると一勝一敗の五分五分の勝負になる。敵も自分もわかっていない状態だと戦う毎に危険な状況に追い込まれる。)
<今日の格言>
「未来は白紙だ。」
— ジャン=ポール・サルトル
