「riZ」第3話

 突然の嵐で今日の物吊りが中止になった。
(外は風が強いが雨は降っていない)
僕は納屋で父さんが乗っていた細長い小さな空船の帆を確かめていた。
乗り手はいなくなったけど、いつでも飛べる準備だけは欠かさずやっていた。
ロープで固定した空船に乗り込み操舵を確認する、そしてエンジンのスイッチを入れた。(空船は宙に浮いてロープで固定されている)
ブンッという力強い音を立てながらプロペラが回転した。強い風の音とエンジンの音がぶつかる。
問題ないことを確認してからすぐにエンジンを止めた。この空船は父さんと一度だけ一緒に乗ったことがある。村の周りを一周しただけだけど、その時の感動は今でも覚えていた。一人で操縦することもできるけど、船長からは18歳になるまで待てと言われていた。

あれから村の人口は減っていき、定期便は遂に来なくなった。
僕たちがログ村まで物資を取りに行っていた。
悪いことは続くみたいで8、9階層の人たちが物吊り業を始めたらしく、大型の空船が増えて仕事がやりづらくなった。前まではゴミを拾うのは最下層の人間だと嫌われ、物吊り業は僕たちの仕事だったけど、最近では上層から上質な物が降ってくることが知られ、それを目当てにされていた。
それでもイビルに襲われる空船も多くなり、慣れない物吊り業で命を落としている人も多かった。
母さんの病気は良くなったけど、村の元気はなくなり、外の風が一段と強く吹いていた・・・。

 今日の物吊りは良い感じがしていた。
いつもよりも視界がはっきりと見えていたので絶好の日だと思った。
出航してから15分ほどで「くるぞ」と船長が早くも落ち箱を見つけていた。
幸先のいい出だしに獲物も期待してしまう、急降下し船長の合図で網を投げ入れた。
手ごたえはさほどなかったけど、巻き上げ機を見てから網を上げる、船長は船を上昇させてからすぐに次の獲物に向かっていた。僕は網にかかった獲物を外していく、大きな袋が引っかかっていて、中にはきれいな生地が入っていた。
「船長、やりました」操舵室を見ると手で合図してくれた。ラウムさんも頷いている。
久々に上物が取れた。

網を船内に上げて、残った鉄くずを網から外していたその時、網が少し動いた感じがした。
「気のせいか・・・」
すぐに網をまとめようとした瞬間、僕の顔目掛けて何かが飛んできた。
僕は咄嗟に尻もちをついた。
「リズッ」とラウムさんが僕の名前を叫んだ。ラウムさんの視線の先を見ると後ろの巻き上げ機の上に何かがいた。
よく見ると手のひらサイズの小さなイビルがいた。
獲物と一緒にイビルを釣り上げてしまった。
そのイビルが唸り声を上げながら再び僕の方を向き、狙いを定めて襲い掛かろうとしている。小さいイビルでも恐怖を感じるのに十分だった。
尻もちをついたまま立ち上がれない、イビルが動いたのを見て僕は目を閉じ両手で顔を守るように防御姿勢を取った。
バシッ・・・。(暗闇の中で小さい音だけが聞こえた)
僕の体に痛みはなかった。
すぐに目を開けると、ラウムさんが僕を守るように腕を出しイビルがその腕を噛んでいた。
ラウムさんはすぐに持っていたナイフでイビルを刺すように剥がし、船内に叩きつけた。
そして、イビルにライトを当てると、動かなくなりラウムさんはすぐにそのイビルを船外に放り投げた。一瞬の出来事だった・・・。
「ラウムさん」僕は膝をついたラウムさんに駆け寄った。
「リズ、ケガはないか?」自分のことより僕の心配をしてくれた。
「血が出てるよ」前腕の服が破れて血が滲んでいた。
「大丈夫、かすり傷だ」ラウムさんは持っているタオルで腕を縛った。
「ログに行くぞ」船長がすぐに進路を変えてログ村に向かった。

 船内ではラウムさんが自分の手を確かめるように問題はないと言っていた。僕は謝り続けたが、ラウムさんは気にするなと言っただけで、変わらず周囲の見張りを続けていた。
タオルを見ると赤く染まり、僕は早くログに着くことだけを願っていた。
回転するプロペラにもっと速くなれと念をこめる。
遠くの方でログ村の灯台が見えてきた・・・。

 幸いにもラウムさんのケガは大したことがなく、念のためログ村に3日間ほど泊まることになった。病院に行くほどでもなく、傷口を縫って薬を飲めば大丈夫だった。上から物吊り船が来るようになってからログ村の薬は充実していた。僕が安堵の声を上げると「心配かけてすまんな」とラウムさんに言われた。
それからラウムさんだけ診療所に残し、次の日の朝早くに僕たちはログ村を後にした・・・。

 僕は船長と二人で帰港することになった。
船内にラウムさんはいない。
完全に僕のミスだった。
幸先が良いことに浮かれ、イビルの確認を怠ってしまった。
網を船内に入れる前にライトで確認しなければいけなかった。
しっかりと確認していればラウムさんがケガすることはなかった。
「リズ、あれを見ろ」船長の声が聞こえた。
そう言われて操舵室を見てから、船長の指さした方向を見る。
空から落ち箱ではない物が落ちてきていた。

棺だった。

人が死ねば黒海に落とすのがこの世界の法だった。
飾りつけの派手さでどの階層の人かわかる。
棺に色が塗られて装飾がしてあったので、上層階の人だとわかった。
棺に金目の物を入れることがあると言っていたけど、僕たちはどんなことがあっても棺に手を出すことはなかった。
最初に物吊りの仕事をするときに、絶対棺には手を出すなと言われていた。
棺が降ってくるのは物吊りの仕事をしているとよく見る光景だった。
「リズ、覚えとけ、お前が俺たちよりああなるなんてことは、絶対あってはダメだ、だからラウムがお前を守るのは当然だ、ミスなんか誰にでもある、こんな世界で子供が先に落ちるなんてあってはならん」
僕は下を向きながら「はい」と返事をした。
「さぁ、今日は上物が取れたから腹いっぱい食うぞ」
上層階が船長みたいな人だったら、世界は変わると思ってしまった。

 ラウムさんが無事に戻ってきたけど、2週間ほど物吊りが休みだった。
僕は日差しが出たので洗濯物を干しに外に出た。
眩しいぐらいに光が溢れていた。
上の大陸が近くに見えて、視界が良好なので絶好の物吊り日和だった。
水は貴重なので洗濯は香粉をかけて天日干しにする。
上質な香粉は汚れがすぐに落ちると聞いたことがあるけど、僕たちが使うのは上質とは程遠かった。
洗濯物を干していると、真上の空に黒い点が見えた気がした・・・。
僕は目を凝らしてその一点に集中する。
「棺?・・・落ち箱?」その黒い点が上空でフワッと進路を変えた。
浮液の影響があると大陸を避けるように黒海に落ちる、この動きをするということは何かの落ち箱かもしれなかった。
僕は思わず港の方を見た。
今から船長を呼びに行って船を出してと考えるが、あの高さでは間に合わない、僕の家は大陸の端にあるので落ちてくる様子が見えていた。
ゆっくりと高度が下がってきて、箱の全体図が見えてくると、見たことがない落ち箱だった。
四角い黒い箱で、なぜか四方が格子に囲まれた黒い檻だった。
僕は目を凝らして中の物を確認する。そこには何かが入っていた。
「人だ、人がいる」
牢屋のように捕らわれた人が、こっちを見ながら僕に手で何か合図をしていた。
このままいけばあの人は黒海に沈んでしまう。
罪人ということも考えられるけど、罪を犯した人は刑務大陸に送られるだけで、黒海に落とされるということは聞いたことがなかった。
「助けなきゃ」
船長を呼びに行く時間はない、僕は洗濯籠をその場に置き、納屋に走った。そして、空船を固定してあるロープを全て解いてから、空船に飛び乗りエンジンをかけた。
ブォーン、ブーン
プロペラが勢いよく音を立てて回転する
帆を張ってから舵を前に倒すと勢いよく僕の空船が外に飛び出した。
その間も落ち箱はどんどん落下している、僕は全速力で箱に近づいた。
空船が近づくと黒い檻が逃げた、浮液の関係性だった。
空船と落ち箱は離れてしまう。
それでも小さい船なので声の届く距離まで近づくことができた。
黒い檻の中をよく見ると、身なりのいい僕と同じぐらいの年齢の男の子がこっちを見ている。
「今、助けるから」
僕はロープを束ねて先端に磁石を結び、狙いを定めて黒い檻に投げた。
カンッ、カラン
見事、格子にロープが絡みついた。
日頃の物吊りのお陰で一発で中に入れることができた。
その人がロープを掴むと、少しだけ落下速度が弱まった。
しかし、その重みで僕の空船はギシッギシッっという音を立てていた。
「今、引き揚げるよ」僕は舵を上に向けた。
村まで強引に引いていくしかなかった。
長年飛んでいない空船が悲鳴を上げている。
プロペラが激しく回転しながら嫌な音が鳴り響いていた。

その時、ロープから裂ける音がした。

「大丈夫、助けるから」すぐに他のロープを探した。操舵を握りながらロープを探していると
「勇敢な人よ、聞いてくれ、私の名前はアレクサンダー・ユース・ウィリアムだ」
黒い檻の中の人が名前を言っていた。僕は探す手を止めてその人を見た。
「君に頼みがある、この世界を救ってほしい」僕は震える手で操舵を握っている。
「私はユース大国の第4皇子だ、私はもう助からない、せめて下に落ちるわずかな時間で君に伝えたいことがある」空船は悲鳴を上げ今にもロープが切れそうだった。僕はその人の声を無視して別のロープに手を伸ばした。
「聞いてくれ、勇敢な人よ」僕はロープに磁石を縛る。
その時、エンジンより大きい声が聞こえてきた。「君の名前を教えてくれ」
僕はその人を見てから「リズです」と答えた。
「リズ、聞いてくれ、今、ユースとロアが戦争を始めようとしている、そうなればどちらかの大陸が落ちてこの世界は崩壊するだろう」
その人が渡したロープに何かを結んでいる。
すぐ下には黒海が迫っていた・・・。




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