「riZ」第2話
バクさんの盗難にあってから一か月が過ぎ、ようやくみんなの気持ちも治まってきた。発覚した当初は船長や検品場で働く人を責めたり、バクさんが住んでいた家を壊す人など、バクさんが戻ってくることを信じている人は誰もいなかった。あの時は荷物にまぎれ自分の家財や家族たちを運んでいた。これは憶測だけど、子供の為に起こした犯行だと思われた。それでも村の人達を裏切った罪は一生償っても足りないほどこの村の希望は失われていた・・・。
「船長、少しですけど、取れました」(薄暗い中を空船が飛んでいる)
僕は変わらずに物吊りの仕事を頑張っていた。あれからいいこともあった。母さんが病院に行くことができ、薬がもらえたので徐々に良くなってきていた。
「今日はこれで帰るぞ」船長も事件当初は元気がなかったけど、今では元通りになっている。乗組員が三人になったので、大吊竿は出せないけど、僕の物吊り作業は変わらなかった。
「船長、今度は遠出しましょう」網から獲物を外しながら言った。「リズ、焦るな、こういう時はじっと我慢だ」僕はその言葉を聞いて頬を膨らまし力なく返事をする、網にかかったのはボロボロの服と破れた本、錆びだらけの鉄くずだった。もう一度、上物を取ればみんなに笑顔が戻ってくる、あれから高価な物は吊れていなかった。ノース村の人達は、男性は農業と物吊り業が主な仕事になっていて、女性は家のことをやり、子供は手伝いをする。農業と言っても白芋と呼ばれる唯一最下層で育てることができる作物だったけど、味が悪いので売れるような作物ではなかった。
最近ではログ村に移住しようと思っている人たちが増えてきていた。この日も港に着いても誰もいない、村の活気は完全に失われていた。
僕が船内で下準備をしていると「リズ、今日の集会はお前も顔を出せ」と船長に言われた。「いいんですか?」集会とは一か月に一回、村の各代表が村長の家に集まり色々話をすることだった。「2時に村長の家だ、それと、前だけ少し浮液を塗っといてくれ」「・・・わかりました」なぜ僕が呼ばれるのか検討がつかなかった。空船の下準備を済ませて家に戻り、母さんと昼食を食べてからすぐに村長の家に向かった。
コンコン、扉をノックをしてから中に入ると、船長とラウムさん、農業管理のピートさん、検品場のカリムさん、女性代表のムシカさんがいた。「リズ、こんばんは」ムシカさんに声を掛けられた。僕が来てもこっちを向くことなくみんなは話し込んでいて、深刻な雰囲気だった。「リズ」ラウムさんが呼んでくれて僕は船長の隣に座った。
村長が暗い顔で話している「12の家族がログに移住したいと言っておる、そのことをドリスに言うと、あっさり了承してきたよ」ドリスとはログ村の豪快に笑う村長のことだ。「しかし、そんなに移住されてはこの村はやっていけないし、上からの定期便もこなくなるんじゃないか?」ピートさんが反論した。「たしかにこれ以上、人が減れば、この村を出手放さなければならんかもしれん・・・」力なく村長が答える。「ログとノースの大陸を繋げることはできないのかしら?」ムシカさんが言う「無理だ、階層に吹く風が複雑で近づけん、大陸を動かす技術があるのは上階層だけだ」僕は発言することなくみんなの話を聞くしかなかった。「ドリスはまともな最下層の村が一つになって、上の層に行けるように申請してはどうだと言っていたぞ」ログ村はここの5倍の面積があった。「そんなこと第9層のやつらが納得するわけない」村長の言葉をすぐにピートさんが一蹴した。「その通りだが、このまま黙っているのもな、ログはここと違って若者も多いし、上からの信用もある・・・」それから難しい話が続いたけど、僕がなぜ呼ばれたのか意味がわからなかった。集会が始まって2時間ほどが経ったときに突然「リズ、ログ村で働かないか?」と、村長が僕に話をふってきた。「えっ、」僕は驚いた。「ドリスがお前をほしがってな、家も用意するし、母親の病気も面倒見てくれるらしい」村長は僕と目を合わせない。「・・・でも、ここの物吊りはどうするんですか?」船長を見た。「お前ひとりいなくなっても変わらんさ」船長のこの言葉が嘘だとわかっていた。唯でさえバクさんがいなくなって大変なのに、僕がいなくなるとイビルに襲われる可能性が高くなるだけだった。「母さんだけ、ではダメですか?」村長を見た。「そこが問題なんだよ」村長がため息をついた。「随分前からエリスに言ってるけど、この村を離れないの一点張りで話を聞こうとせん、だからリズ、一度真剣に二人で話し合ってくれないか?」なぜか、みんなが僕と母さんを追い出そうとしているみたいで、気持ちが沈んでしまった。
「・・・わかりました」この場の雰囲気にこう答えるしかなかった。内心は反論したかった。母さんの病気がよくなることはありがたいけど、この村を離れるのは嫌だった。何より僕を育ててくれた船長とラウムさん以外と仕事をする気になれなかった。僕はすぐに村長の家を後にした。帰る時に船長から「俺たちのことは気にせず、これからのことを真剣に考えるんだ」と言われたけど、家に帰る道のりが遠く感じていた・・・。
「ただいま」家に帰ると母さんは椅子に座って本を読んでいた。この姿が喜ばしいけど、先延ばしにするのも気が引けたので今から話すことにした。「母さん、ちょっといい」「なぁに?」そう言うと母さんは読んでいた本を閉じた。声は元通りではないが、小さく出せるまでに回復してきた。「村長からログ村で働かないかって言われたんだけど、母さんはどう思う?」母さんは何かを考えてから返答してきた。「リズが働きたいなら行くのは賛成よ、でも、私はこの村に残るわ」僕に微笑んだ。「どうして?僕もこの村を離れたくはないけど、母さんの病気が治るまでログ村で働いてもいいと思ってるんだ」「・・・それでも私はこの村にいるわ」外が暗くなり、母さんがロウソクに火を灯した。「どうして?」僕は思わず声が大きくなった。母さんは僕を見てから下を向いた。「お父さんがね・・・帰ってくるかもしれないでしょ」母さんはまだ父さんが生きていると思っているようだった。ここで父さんは死んだんだという言葉を言うのは簡単だったけど、母さんの希望に泥を塗ることはできなかった。母さんの表情を見る限り意思は固く、無理やり家を浮かせない限りこの村を離れそうにはなかった。答えはすぐに出てしまった。
「わかったよ、僕もこの村を離れない、明日村長に言ってくる」
母さんの答えがどこまで真実かわからなかった。
村長に伝えてから一週間後、15家族がログ村に移住していった。これで14歳の僕がこの村の最年少になった。定期便の物資も明らかに少なくなり、不安に思う家が次々と移住していく、村の人口が150人ほどになり、上からは本格的にログ村への移住を考えるように言われるようになった。僕はそんな暗い雰囲気を払拭するような思いで物吊りに励んでいた。上質な絹が吊れたり、使えそうな家具だったり、物吊りの収穫は不思議と安定してきていた・・・。
「船長、2時の方角に晴れ間が見えます」船首から目を凝らして先を見る。「相変わらずいい目をしてやがる」船長は帆を操り旋回した。その晴れ間のおかげか運よく落ち箱を発見することができた。それも同時に4つ落ちてきていた。操舵室の船長を見ると、僕と同じ光景が見えていたようで「ラウム、大吊だ」と日の光りがあるのでイビル警戒を止め大吊竿も用意するように言っていた。高度を下げて全速力で落下地点に向かう、僕は網を強く握りしめていた。その時、他の空船も同じ獲物を狙っていることに気が付いた。一番大きい落ち箱を狙っていたけど、先を越されたので船長は狙いを変えた。落ち箱が黒海に叩きつけられて中身が飛び散った。「今だ、リズ」僕は勢いよく網を投げ込んだ。巻き上げ機からロープが伸びていく、しばらくするとロープの勢いが弱くなった。ロープを手繰り巻き上げ機のスイッチを入れる、重さからして手ごたえがあった。後ろを向くとラウムさんが親指を立てていた。あっちも手ごたえがあったらしい、あっちの空船でも歓声が聞こえていたので、獲物を吊ることに成功したようだった。網に絡んだ獲物を船内に引き揚げていく、刃物や食器が多かったけど、銀細工もあったので久しぶりの上物だった。ラウムさんも大きい袋を釣り上げていた。
僕は網を船内に引き入れてラウムさんを手伝った。その時「いかん」船長が上を見ながら声を張り上げた。船長はすぐに空船を上昇させた。上を見るといつのまにか晴れ間が消え、辺りが暗くなってきた。僕はラウムさんの獲物を急いで船に引き入れた。下の方ではまだあの空船が物吊りをしている。「上がれ~、光りがなくなるぞ~」船長が下に向けて大声を出したけど、声が届く距離ではなかった。あの船は獲物に夢中で光りが無くなっていくことに気づいていなかった。僕とラウムさんは音の出る物を叩き声を出しながら合図をした。船長は船の警笛を鳴らす、「上がれ~」僕は釣り上げたばかりの銀食器を持って音を鳴らした。「逃げて~」船長の二度目の警笛でようやく気づいたのか船内が慌ただしくなっていた。その時、黒海の中から巨大なイビルが飛び出した。僕たちの空船より何倍もある大きなイビルだった。イビルは狙いすましたように下の空船を真っ二つにした。船の壊れる音と悲鳴が聞こえ乗組員が黒海に投げ出された。ライトで応戦するも二匹目のイビルも加わりあっという間に空船が黒海に消えていった・・・。僕は食器を叩くのをやめてその場に座り込んだ。船長が「くそっ」と呟いてからさらに船の高度を上げていった・・・。
