【掌編小説】赤城嶺
赤城嶺(あかぎね)
神宮 みかん

三十五歳の私は二十五歳の私の気持ちを探して車を走らせていた。
私は二十五歳の十一月十一日、ジンクスに出合うことができた。
二十五歳の私にはハルナ君という恋人がいた。ハルナ君は冗談が多く、この話、本当かな? ほら話かな? と度々悩まされた。でも、二十五歳の私はハルナ君の真面目な話より夢のあるほら話の方が好きだった。
十一月十一日も、ハルナ君は会うなり唐突な質問をした。
「今日は何の日でしょう?」
「ポッキーの日」
私が回答すると、にやりと笑い言った。
「残念。独立の日でした。もう言いなりになるのは嫌だと主張し、独立した国はどこでしょうか?」
「わからない」
「アメリカ。だから、十一月十一日は独立記念日なんだよ」
私はいつもの嘘だろうと思いウイキペディアで独立記念日を調べた。すると、日付は七月四日と検索できた。やはり、と思い失笑した。
「やっぱりポッキーの日でしょ」
「違う、違う。独立記念日ではないけれども、独身の日なんだよ」
私はすかさずウイキペディアを調べた。確かに十一月十一日は独身の日である。
「独身の日だから何?」
「ちょっと良いものを自分へのご褒美に自分で自分にプレゼントするのさ」
私はハルナ君がたまに見せるこの博学さにしばしばドキッとさせられる。
利根川にかかる南部大橋を渡り切ろうとした時、結婚式場のグレイス前橋の前の信号待ちに引っかかった。
「ねえ。知っている。独身の日にこの信号待ちに引っかかったカップルは幸せになれるんだって」
私は続く言葉に胸が高鳴るも、またいつもの冗談かもしれないと心を落ち着かせた。
ハルナ君は言った。
「俺にプレゼントくれない。独身の日に独身を卒業したいからさ」
私は頷いた。
それから、私とハルナ君は翌年の独身の日にアメイジンググレイス前橋で挙式した。チャペルからは雄大な赤城山が見え、これからの結婚生活は全てが上手くいくと確信できた。
挙式後、ウエディングプランナーが言った。
「アメイジンググレイス前橋には牧師さんがいます。何か悩んだら相談に来てください」
私はハルナ君となら決してこの先もずっと悩みなんてないと思え、そっぽを向いた。
十年経って、私たちは子供も生まれ、幸せに暮らしていた。南部大橋の信号に引っかかる度にあのジンクスは本当だったのだと思えた。
ある時、台湾紅茶セミナーに参加したハルナ君が私に美味しいお茶を淹れてくれた。
「疲れた体が癒される。美味しい」
私が感嘆な声を漏らすと、ハルナ君はいつもより穏やかな瞳を私に向けてくれた。
「いつかきっと俺は群馬では指折りの聞き茶職人になるよ」
私は笑顔を見せるも、ハルナ君、子どもができたから夢物語よりも真面目な現実味のある話をしようよ、と思った。
三十五歳の本日、七月四日、私はハルナ君に会社へ送ることを頼まれた。
車中でハルナ君は私に問いかけた。
「今日は何の日か知っている?」
「ふざけないで。朝だし、運転中なんだからそんなことはどうでもいいの」
私はピシャリと言った。
車は運悪く南部大橋の信号待ちにつかまった。突如、私は思いだした。
「独立記念日」
「聞き茶に自信がついてきた。独立したい」
キーンと脳に衝撃が走り、私は押し黙ることしかできなかった。そんな私をハルナ君は黙って見つめた。
帰宅すると愛娘が言った。
「ママ、行ってきます」
頭痛は更に激しいものへと変化した。
どうしてだろう。わからない。でも、私はアメイジンググレイス前橋の牧師さんに相談に行こうと思った。
式場に着くとチャペルからの赤城嶺は何ら変化なく大空に映えていた。感情が挙式時と現在の環境で大きく異なることを痛感した。
着座した私に牧師さんは厳かに言った。
「来てくれてありがとう。あなたに会いたかった。そして、今度はあなた達夫婦に会いたい」
私は改めてアメイジンググレイス前橋でハルナ君と挙式できた意義と運命を実感した。

