摩訶 不思議男
気づいたらいる。
気づいたらもういない。
いつも呼ぼうとしたらそばにいるし、忘れた頃にはもういない。
探し物はすぐ見つけてくるくせに、失くしたものはもう見つからない。
ひとつはふたつにするし、ふたつ以上は消してしまう。
そういうやつなんだあいつは。
そいつは、いつの間にか街の角に立っていて、安っぽい身なりで、よれよれのシャツにヨレヨレのジャケット、全てのポケットが得体の知れないガラクタでパンパンに膨らんでいる。
顔には不自然な付け髭があり、それが時折ずれるのをやつは無造作に直した。
みなさまに真に驚くべき奇跡をお見せしましょう。
そういうとやつはニヤニヤとわざとらしい口調で通行人に呼びかけた。
袖口からは安っぽい電子音のような動物の鳴き声が漏れている。誰もがずっと彼をタチの悪いペテン師か、少し頭のおかしい浮浪者だと思っていた。
ある日、誰かがやつに言った。
そんなに自信があるなら、この退屈な世界を少しはマシに変えてみろよ。
やつはニヤニヤしたままわざとらしく深々とお辞儀をして、少し曲がった安物のステッキで地面を軽く叩いた。
その瞬間、
灰色のビル群が音もなく溶け出し、内側から鮮血のように鮮やかなお菓子が溢れ出し、みるみるうちにお菓子のビルへと変わった。
ポツポツと雨が降り出したかと思うと、空からは宝石のような飴が降り注ぐ。
空気は熱帯のように花の香りに満たされた。
ビルはたわみ、雨は地面で弾けてひかる。
むせかえるような甘ったるい香りが鼻腔を刺激し、ここが現実であることを明らかにしている。
世界は文字通り物理法則も常識も、すべてが一瞬で書き換えられてしまった。
人々が呆然と立ち尽くす中、男は満足げに一度だけ頷いた。
では、お達者で
男の姿は、まるで最初から存在しなかったかのように、パッとかき消えてしまった。
後には、完璧に作り変えられた世界と、奇妙な静寂だけが残された。
彼が何者で、何の目的でそんなことをしたのか、誰にもわからない。
ただ、その名前だけが記録に残っている。
摩訶 不思議男。
