ミロ展 Joan Miro (東京都美術館)
平日限定チケット(少し安い)の夜間開館で先週行ってきた。さすがミロ、ガラガラだぜ。上野もお花見が終わったし、さらに雨ということもあるかな。


冒頭で迎えてくれる人物画2点。ひとつは自画像。もうひとつはスペインの踊り子。
この二つ、今回の中でいちばんいい絵じゃないかな。ピカソが生涯手元に置いたとかキャプションにあった。実際2作ともパリのピカソ美術館所蔵。
《自画像》1919年
腰から上、真正面の自画像。ひげそり跡が青く、逆富士額の七三分けで唇がキュートなおじさん。レンガ色のパジャマ?を着ているが左右の柄が違う。妙な立体感がある。福笑いみたいな顔ではないがキュビスムだね。
撮影禁止なので生成してみた。


《スペインの踊り子の肖像》
カクカクしたスペイン女性の顔。正面ではなく踊り子らしく斜に構えてる構図。頭の後ろに生えてる板みたいなのはなんでしょ?
両方ともとてもおもしろい絵だった。でも早々にミロはキュビスム的な作風を卒業する。そのままの方が私の好みなんだけどな。
《オランダの室内Ⅰ》1928年
もっとも有名な作品だろう。そんなに大きな作品ではなかった。ミロってこんな絵ばっかり描いていたのかと思っていたがこの後の展示を見てもそんなでもない。今回の展示だけのことかもしれないが。
お馴染みフェルメールっぽい構図のオランダ古典作品であるへンドリック・ソルフ《リュートを弾く人》(1661年)を自分なりに魔改造して描きあげた。
会場にはこの絵のちっちゃいコピーと解説があった。ミロはパクった元の絵からだいぶ試行錯誤してあのキャラに落ち着いたそうだ。習作ノートのコピーが一部展示されていた。このへんもピカソっぽい。
たぶん元の絵はもう著作権はないだろうし、ググればすぐ出てくるがせっかくなのでこれもAIくんに描いてもらった。

ミロバージョンはフェルメールのような静謐さとは無縁で《リュートを弾く人》のノリよりもさらに騒がしい感じに仕立てた。陽気な音楽が聞こえてきそう。リュート?を弾いている人?の顔のように見えるのは小鳥二匹というだまし絵要素も入っている。緑色の使い方ががなぜか私には印象的だった。


星座シリーズ(1940年頃)
戦時下に引きこもって制作したとか。これもわけわからない絵ばっかりだがうっかり気に入ってしまった。見ているとどうにも孤独や恐怖や祈りが染み出てくる。
お空の星座というより深海っぽさも感じる。それぞれの絵が暗闇にぽっかり浮かび上がるような会場のライティングもよかった。
奇怪な生き物?みたいなのがクレーっぽい。もっといえばアール・ブリュットっぽい。しかしミロと比べてクレーはアール・ブリュットっぽさはあまり感じない。クレーは深遠な思想を語ろうとしていたからかな。
あれ? 見ていた時は意識しなかったけどクレー展の副題も「星座」が入っていたね🪐 やっぱり同じようなことを感じる人は多いんだ。
Geminiくんに二人の年齢を聞いてみた。
パウル・クレーは1879年12月18日生まれ、ジョアン・ミロは1893年4月20日生まれです
ひと回りちょっとミロの方が若いのか。クレーをパクった?
星座はただの星の点でしかないのに人間はそこに壮大な物語を勝手に紡ぎ出した。絵は見る人の中にそれぞれ違う世界を作り上げる。ミロが描きたかったのはそんな物語であり詩であり音楽である絵画のようだ。
これらの「星座」を見ている間ブラームスのラプソディが頭の中で流れた。
上から
《女と鳥》1940年
《カタツムリの燐光の跡に導かれた夜の人物たち》1940年
《絵画(カタツムリ、女、花、星)》1934年

気に入ったので、珍しくショップでお土産の絵はがき買ってきた。
途中撮影おけフロアもあった。




完全に一致…はしてないか



抽象画の画家って理論先行で技術力は低く小難しいめんどくさい自己満足的なイメージがあったけど、この回顧展を見終わってミロは誰よりも童心を持った画家なんだと認識した。
ミロよ強い子のミロを飲んでミロ
