真夏の三重大阪ツアー③開創1150年記念 醍醐寺 国宝展(大阪中之島美術館)
の続き
早めにチェックアウト。近鉄津駅から特急ひのとりで移動。昨日の夜に特急指定席券をネット購入していた。よかった今朝はもう全席売り切れだって。プレミアムシートとかいうのもあってそこそこいい値段するのにそれも売れちゃうんだ。

座席に大昔は新幹線にもあった足置きが付いてる。でも「靴を脱いでご利用ください」と。この時期車内がクサくなりそう。

道中はもう山また山ね。だいぶ前に三重で仕事があった時に京都に移動した際恐らくこの路線使ったはずじゃないかな。
そんな中変なの見つけた。写真撮れなかったけどこれだな
某国にあるという、パチモンガンダムやドラえもんみたいなものではなくちゃんと本家の了承を得ているようなのがすごい。いつか行ってみよう。
長谷寺も通った。ああそういや昔来たわ。ブログに書いたはずなんだけど見つからない。書いた気になっただけだろうか。
大阪に着く。鶴橋駅で降りる。JR環状線乗り換え。近鉄もJRもSuicaで行けるはずなのでのりかえ口でスマホのモバイルSuicaをタッチ。「✘」ブー。へ? Pixel Watchで入ったっけ?(それぞれ別のSuicaなのだ)。そっちもブー。
駅員さんに聞くと「そのSuicaでもうJR乗り換えってことになっているのでそのまま通ってください」。は? なんかよくわからんがいいっていうんでいいんだろう。また降りる駅でブーにならないかな。ドキドキ。
京橋駅着(結局無事降りれた)。



この時以来ね。
さて、今回の特集
山王美術館 開館15周年記念 コレクションでつづる印象派展
に行くつもりが…。

「展示替えのため休館」!!

では次に行こう。展示替えにはこちらも切り替えでいこう(前向きぃ)
開創1150年記念 醍醐寺 国宝展(大阪中之島美術館)


明日行こうと思っていたが通りかかったので今日見てしまおうかと。
醍醐寺か。何度か行ったことはある。紅葉のみで桜は写真に撮ってないか。カメラを持つ前に行ってたんだ。
こういう企画展はお寺に行ってもふだん見れないものが拝めるのがいいよね。目に留まったものをいくつか。
《大威徳明王像(上醍醐五大堂五大明王像のうち)》
顔がいっぱいある闘神様が牛?に乗ってるの像。腕が六本生えてるのとかは天津飯や阿修羅でお馴染みだが、足まで六本生えてるのは初めて見た。
顔は六個なんで全員分の手足があるわけでもなさそうなのがどうにも。
撮影禁止なので醍醐寺さんのHPでお姿はどうぞご覧ください
腕がたくさんあったりするのは、神性を表現することもあるだろうが、目にも止まらぬ速さであらゆる事を片付けていくあるいは敵をなぎ倒す様子をアニメーション的に表現する手法でもあるのでは(マンガでそういう表現するよね)。
忙しい時に猫の手も借りたいというが、自分の手が増えてもいいわけでその願望が表れたものか。実際手足がたくさんある昆虫とかひとは見てるわけだし。え?宗教的意味合いも考えろ…?
《善女龍王図像》
雨をもたらす龍神(女)の化身みたいなんだけどどう見ても古代中国の偉い人コスプレしてるおっさんである。キャプションを読んでもこの理由がさっぱりわからなかった。
醍醐寺さんのページに画像がなかったので「善女龍王図像 醍醐寺」で検索して〜。
《桜花と杉樹》堂本印象
屏風絵。中央の杉の樹がクリスマスツリーにしか見えない🎄
左側屏風にはに若竹の葉っぱ、右に大輪の咲いた桜の木。その伸びた桜の枝が杉に掛かっていて、前を遮り邪魔してるようなんだが。この配置センスよくわからなかった。やっぱりクリスマスツリーの飾り付けの玉のつもりだろうか?
《醍醐寺の春》岸田夏子
題名通り醍醐寺の大きな桜の木の絵。会場出口そばにあったこの絵も大きい。畳一畳分はあるかな。これぞ花の雲海。あそこのはたしかに見事な桜だがこんなにでかくはないぞかなり盛ってる。ところで岸田夏子さんて誰?とググったら、
画家。祖父が岸田劉生。母が《麗子像》のモデルであった岸田麗子
はい?! そうなんだ。岸田劉生さんのお孫さんなのか。ひえぇ。
落合陽一
醍醐寺企画展とは別にフリースペースに

物化する計算機自然・微分可能存在論における密教世界
なんてものがあった。またややこしいものを。


張り出されたボードにあったキャプション:
計算機自然の出現は、存在論に根本的な再考を迫る。近年の進歩が著しい大規模言語モデル (LLM)が体現する「ファントムレゾナンス」いわば人類知識の残響は、デジタルとフィジカルの境界を溶解させ、密教的世界観に呼応した存在と意味の多重化された存在様式を示唆する。LLMは、 ある意味でチューリングの思考機械の現代的具現であり、同時に人類の集合的阿頼耶識ともいえ るだろう。この二重性は、エンゲルバートの知的増幅からマトゥラーナとヴァレラのオートポイエーシスを経て、ボストロムのシミュレーション仮説に至る系譜を体現し、言葉によって認識され、オブジェクトの連撃された世界の中での存在の出現と消失を常に多重化している。
計算機自然は、やがて人間の概念体系と機械可読なオントロジーを架橋し、大日如来の法身に比する遍在的知性を具現化するだろう。例えば微分可能プログラミング (Olah, Dalrymple, and LeCun, 2015-18)は、この遍在性を数学的に捉えるものとも言えるかもしれない。オブジェク(以下略)
黒電話

同じブース内にあり、「電話を取ってください」とあるので(細かくは忘れたが何番にかけてくださいとか指示があったかも)

やってみたらなんか韓国語っぽい返事が返ってきた。黒電話で韓国語…?
