妻が出産し、3人の家族になった。
先日、妻が無事に第一子を出産した。
無痛分娩を選んだうえでの出産だった。
この時期を忘れないように。言葉にしておく。

1. 男は無力だ
妊娠・出産にあたって、僕たち夫婦は近くの某国立病院を選んだ。
無痛分娩を希望していたこともあり、麻酔科医の先生が常勤で対応してくれる病院であることを条件にした。妻の体の事情もあって、予定日の数日前に事前入院し、いくつかの処置をしたうえで陣痛促進剤を使っての出産、という段取りになった。
出産には立ち会った。
本格的な陣痛が始まった頃だろうか。
恥骨のあたりを抜けるあのゾーンに入ったとき、妻の表情が一気に変わった。
すでに麻酔のコントロール下にはあるのだけれど、弱めの麻酔ではどうにもならないほどの痛みらしい。
涙を流しながら、声を上げて痛がっていた。
そのすぐ横に、夫である自分が立っている。
けれど、できることは驚くほど少ない。
痛みを肩代わりすることはできない。
代わりに叫ぶことも、代わりにいきむこともできない。
命を賭けて命を産み落とすのは、すべて妻。
夫にできるのは、ただ隣にいることだけだ。
陣痛が進み、出産が近づいてきた頃、麻酔の量を少し増やしてもらった。
さっきまでの壮絶さからすると、嘘のように表情には落ち着きが戻ってきた。
そして、いよいよ出産のとき。
子宮が収縮するタイミングに合わせて妻はいきみ、
いきんだあとの短いインターバルでは、水を飲んで呼吸を整え、また次の波に備える。
一般的なイメージでは「出産直前は痛みで叫び続けている」ような印象があったが、麻酔のおかげもあってか、妻は驚くほど冷静さを保っていた。
それでいて、麻酔が効いているはずなのに、しっかりいきむ力も残っている。
このあたり、麻酔の調整の細やかさを肌で感じた瞬間でもあった。
妻はいきみ始めてから20分ほどで、ついにわが子がこの世に現れた。
妻の人生の中でも最大級のイベントを、まさに走りきった瞬間だった。
命を賭けて、家族を一人増やしてくれた。
そこにあるのは、感謝という言葉だけでは足りない感情だった。
同時に、夫である自分もまた、「この二人の命を、これから自分も命を賭けて守ろう」と心のどこかで静かに覚悟していた。
2. 高度な管理下での出産は安心感をもたらしてくれた
少し、出産の体制そのものを振り返ってみたい。
妊娠中から、外来ではこまめにエコーで様子を診てくれた。
妊娠後期には、毎週のようにNSTを行い、赤ちゃんの状態を細かくチェックしてくれた。
そして、いざ出産当日。
産科医、麻酔科医、助産師。
日勤と夜勤の交代も含めれば、延べ人数で10人は軽く超えていたと思う。
特に出産のクライマックスの時間帯は、常に6〜7人ほどが同じ空間で妻の状態を見守ってくれていた。
誰か一人の目が離れても、ほかの誰かが必ずフォローしている——そんな「チーム」での出産という感じだった。
それぞれが自分の役割を理解したスペシャリストたちが、
お互いに連携しながら、安全に産むための体制を敷いている。
事前の説明では、国(正確には健康保険組合)からの出産手当金の50万円を超えて、30〜40万円ほどの自己負担が発生すると聞いていた。
実際にその現場を目の当たりにして思ったのは、
「あの体制でこの金額なら、むしろ安すぎるのではないか」という感想だった。
もし無痛分娩を選んでいなかったら、妻は精神的にも肉体的にも限界を超えていたかもしれない。
それを想像できるくらい、出産というものは、こちらの想像を軽く飛び越えてくる出来事だった。
だから今は、はっきりと言える。
「お金をかけてでも、24時間体制で無痛分娩に対応してくれる病院を選ぶ価値はある」と。
出産は「頑張るイベント」というより、
「命を賭けた戦い」に近いと感じたからだ。
3. 家族の物語が始まる
出産を経て、僕たちの家族は「夫婦ふたり」から「三人家族」になった。
壮絶な出産を乗り越えた母子が、これから健やかに暮らしていけるように。
自分は、その日常を守り続ける存在でありたいと思った。
守るべき存在が目の前にいると、「仕事をする理由」も自然と変わってくる。
同じタスクでも、どこか違う重みを帯びて感じられる。
結婚前後の自分は、正直なところ、こうも思っていた。
「こんな大変な世界に、わざわざ新しい命を迎え入れるなんて、親の身勝手なのではないか」と。
その認識自体は、今も完全に消えたわけではない。
世界が劇的に優しくなったわけでもない。
それでも、実際に子どもを授かってみて、見え方が少し変わった気がする。
「確かに大変な世の中ではある。それでも、その試練の中から新しい幸せを見出し続ける系譜をつくることも、同じくらい尊いことなのだ」と。
子どもは、いつかまた自分の子どもを持つかもしれない。
そのとき、僕たちがそうであったように、誰かと手を取り合い、悩みながらも幸せを見つけていくかもしれない。
命の系譜をつくるということは、
「終わりのないマラソンにバトンを渡すこと」にも似ている。
それでも、自分の親の気持ちが少し分かった今、
同じように「愛情というバトン」を子どもに渡していくことも、やはり尊い営みなのだろうと思う。
何が幸せなのか。その答えは、人の数だけある。
どんな選択をした人生であっても、その一つひとつが尊い。
今回、自分は子どもを授かり、妻と子どもと歩む人生を選ぶことになった。
子どもという存在は、これから先、きっとまた違ったものの見方を教えてくれるのだろう。
ときには悲しい出来事も避けられないかもしれない。
それでも、そのたびに立ち止まりながら、また一歩ずつ進んでいきたい。
一日一日、一歩ずつ。
生まれてきてくれて、ありがとう。
