#09 アラサー百遍 音楽というお祭りjazztronik
先日あるアーティストのライブを初めて聞き、ノリノリな気持ちで家に帰った。
音楽の良さを人と共有して共感を得るのはなかなか難しいと思う。映像とは違って指示する名詞があるわけでもなく、形容詞や擬音擬態語でなんとか言葉にしていくからだとは思う。でもなんとか言葉を残せないか、伝えることはできないかと思い、言葉にしてみる。
とはいえ百聞は一見にしかずでもあるため、念のためリンクを貼っておく。
https://youtu.be/HljSYHZa_VA?t=5005&si=0-lqOlYsJ5RttECB
Samuraiという曲だ。ノリのよいリズムに綺麗な和音が乗り、流れるように曲が展開していくのが気持ち良い。
この曲をかき、ピアノを演奏しているのがjazztronikの野崎良太という人だ。若い頃はライブ終わりの葉加瀬太郎を捕まえて、曲作りの手伝いをしていたらしい。
私がjazztronikに出会ったのは、2年ほど前。黙々と作業する時間が増え、youtubemusicで2355に流れているjazzやfox capture planやtoconomaといった、歌のない曲をよく聴いていたころ、不意に流れてきたのがきっかけであった。何回か聞くうちにいつの間にかハマっていた。始めに聞いたのは「守破離」という曲で、少し悲しめなメロディから入り、段々と元気なリズムに変わっていく展開が面白い曲だ。その後「samurai」や「rita」といったノリの良い曲に惹かれていき、他の曲も聴くようになっていった。
jazztronikの特徴の一つは、一つの曲が何度もアレンジされ、メロディは変わらずも、テンポや曲の雰囲気などが変わり何度も味わえるところだ。きっとライブもCDにない、聞いたことのないアレンジがライブでは聞けるんだろうなーと思っていたところ、運よくチケットを手に入れることができた。友人や後輩を誘うか迷ったあげく、今回は音を良く聴きたいと思い、1人で行くことにした。
ライブに行く
運よく予約できたのは、2階席。「相席あり」というので緊張していった。行ってみると柱の前に小さなテーブルと背の高いハイスツールのある、お一人様専用席であった。ほっとした。テーブルでトークを回すこともなく、黙って気まずくなることもなく。
中はとにかく暗く、足元のカーペットの模様が見えないくらいほどで、まぶしくない明るさの電球色の筒状の大きな照明が天井から吊るされていた。テーブルの上にはイタリアで見たようなテーブルランプがあり、机だけを照らしている。壁にはサイン入りのレコードが立てかけてあり、おぼろげに光っている。外を見れば、恵比寿ガーデンプレイスのレンガ色の舗装と暖色の照明が、半円にきり取られた窓の向こうに見え、いかにもなおしゃれな感じを醸し出していた。
1階はステージの前にテーブルが並び、周りをソファ席が取り囲んでいる。皆薄暗い中コース料理を堪能していた。そんな様子を僕は席のすぐ斜め後ろの大きな吹き抜けから手すりに寄りかかって眺めていた。
さて、ライブまでにはまだ時間がある。いわゆるライブハウスとは違い、料理を注文できる会場、むしろ料理がメインの場所である。しかもここのご飯は美味しいらしい。とはいえ音楽を聴きにきたのが一番の目的である。1人のご飯で贅沢はしないと決めている私は迷ったあげく、みかんジュースとホットサンドを注文し、美味しくいただいた。
ライブが始まる
ライブの時間になり、下を覗いて見る。
ステージにはピアノ、ベース、ドラムが置かれ、演奏者が足元を照らされながら静かにステージにやってくる。最後にピアノを弾く野崎さんが現れ拍手で迎えられる。
待ちに待ったライブである。何から始まるのだろうか、トリオの音楽って迫力あるのかな
どのくらい音楽に乗ってもいいのかなと聞く側も色々思いが巡る。
綺麗なピアノの和音から始まり、Life Syncopationという曲からライブは始まった。ほぼ上から見ているので、ピアノの鍵盤と手先までよく見える。クラシックコンサートではありえない視点だ。
ピアノのメロディにドラムとベースが加わり、リズムが加速していく。もとはダンスミュージック、踊るためにあるような曲でもある。1階の人も2階の人もノリノリに静かに体を揺らす。隣に立つ人は特にノリノリだ。音に耳を傾けながら音に乗るのが、心地よいと思える演奏であった。
その後何曲もの演奏と間のトークがあった。一見おしゃれな音楽だが、本人はおしゃれな生活ではないらしい。そんな本人は50歳の誕生日前日のライブということもあり、曲についてのエピソードを踏まえ、これまでを振り返っていた。MCは気取った感じもなく、仲間に素で話しているようで、ノリノリの曲とは打って変わっての緩いトーク、緩急がよかった。
休憩時間、物販コーナーでレコードを買うか、いや買っても聴く環境がない、でもいい音で聴けるならありかと迷ったあげくCDを買った。サブスク時代にはもはや記念品ではあるが、わざわざCDをかけて聴く楽しみもある。
Ritaという曲が一番好きで、聴けたらよいなと思っていたところ、休憩後の一曲目で聴くことができて嬉しいひと時であった。CDとは違うイントロでも、なんとなく、もしやこの曲はという期待から、いつものイントロ、いつものメロディがやってきたときの興奮は大きかった。
CDと違ってだいぶ早い、そんな違いも楽しめる。
ritaという曲は、ラテンの音楽のような軽快なリズムの上に、流れるようなピアノのメロディが乗る曲である。ずっと乗れるにも関わらず、メロディが流れるように展開していき飽きがこない。だんだんと賑やかになって、聞いている側の気持ちも上がっていく。
最後はsamuraiという曲だ。ダラララーとピアノから太いピアノのメロディが聞こえてくる。クラップを求められ、客も音に合わせて手を叩き楽しく。音が聞きたいので、やや控えめなクラップ。それでも体はもうみんなノリノリで横に揺れていて、ウズウズしているそんな感じであった。
メロディの間奏には、ベースとドラムのソロが入る。これでもかとボンボンと音を出すベース、色んなリズムを刻む、ドラムのソロパートには音が積み重なる。2階の人が手を叩く、もう何も気にする必要ななく、ただ音楽に乗ってよい、そんな気持ちにさせてくれた。一つの楽器の音でこれほど楽しめるのかと圧倒された。
皆が耳を澄まして音を聞きつつ、リズムにのって体を揺らす。頭の中では踊り狂っているのだろう。でも大人な場所なので座ってはいるという。足は動かないが、音の楽しさを浴びるお祭りのようであった。
jazztronikの音楽とは
他のライブとの違いを言葉で表してみると、ロックバンドは音の重なりが唸り、ボーカルの声にのるイメージである。クラシックコンサートは音の重なりを味わう感じである。
そしてこのjazztronikは純粋に綺麗な音を味わいながら、リズムの重なりを楽しむようなライブであった。
ライブが終わり、なんとなくしばらくそこにいたい気持ちはありつつも、ライブ会場を出て、さて自分も好きなことを元気よくやろうとすっと駅に向かった。
音楽も大事なものがそれぞれ違う
サビが大事な曲は、サビに向かっていき、メディアで取り上げられるのもサビが多い。一方で、曲のリズムにのれることが大事になると、サビのメロディだけでなく、間奏やイントロも一貫してノリを維持し続けることが大事になる。
いくつかの種類の繰り返しで曲が構成され、かといって予定調和に全てが続くのではなく、ライブ毎のアレンジがありつつ、次々に展開しつつも、変わらないメロディがノリを後押ししてくれる。
ZUNの東方がピアノをマシンガンのように鳴らし音を連ねていき、エリック・サティがふわりと霧のようにピアノで雰囲気を作るとすれば、jazztronikのピアノは波の泡のように押し寄せてはさっと消えていくようである。波の形は似ているが同じではない、次々と展開し押し寄せてくる。
変わらないメロディと次々に展開する音楽をこれからも味わいたい。
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その後の新曲を聴きながら
この数ヶ月後、渋谷のイベントでjazztronkのDJを聞くことができた。DJを聞くのもほぼ初めてだったので後ろの方で聞いて揺れていたのだが、前の方でおじさんが腕を上げてノリノリだったのが妙に印象深い。その1 ヶ月後にリリースされた新曲もおそらく流れていた。
その新曲を今聴くたびに、ノリノリで腕を上げて踊り狂っているおじさんの背中が目に浮かぶようになった。音楽は視覚に表れないものゆえに、視覚と結びつくものであるなと、おじさんを思い出しながら実感した。
僕がMVを作るなら、波のイメージと踊り狂うおじさんを撮るんだろうなと思う。
