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NOBUNAGA 力丸の恋

力丸の恋
 
オランダ軍とオランダ東インド会社との条約が締結され、戻って来るポルトガル人たちとの戦の準備に明け暮れる日々が続いた。
そんな最中、一人のマナド女性が、甲斐甲斐しく力丸の世話をしたうようになっていた。
力丸のことが気に入っているようであった。
 銀株は、そのエルサというマナド女性が力丸に恋をしていることに気付いた。
「力丸さん、女泣かせだね」
 と銀株が力丸をからかった。
 すると力丸は照れて、そのエルサと女が世話をしてくれることを鬱陶しそうにして、怪訝そうな顔露わにした。
 すると、エルサは、今にも泣き出しそうな哀し気な顔をして、浜の方へと走って行ってしまった。
 鬱陶しそうにはしている割には、力丸も気になっているようで、密にエルサが走って行った浜の方ばかりを気にしている様子であった。
「早く、エルサの所に行ってあげなくちゃ。独りで泣いているよ」
 と言って銀株は力丸をからかった。
 それとはなしに銀株は、力丸にそのマナド女性エルサの気持を聞いていたのだ。
 銀株は、男にも、女にも好かれるような女であった。
 頼りになる姉貴分のような女性なのだ。
 エルサも、誰にも言えない力丸への恋心を、銀株だけには打ち明けていたのだ。
 それで、銀株が、力丸をからかっていたのだ。
 何故なら、銀株はエルサというマナド人のその女性が好きであった。
 とても純粋で、素直で、献身的で、しかも美人であった。
 銀株自身も、自他ともに認めるかなり並離れた美人であった。だからというわけではないが、銀株も美人が好きであった。
 勿論見た目がどうのという偏見はまったくもっていない。
 しかし、銀株の持論で、「自分を美人と思って自覚している女は、立ち居振る舞いも生き方も美人になり、男を出世させることができる」という訳の分からない持論を持っていた。
 その銀株の眼鏡にエルサは叶ったのだ。
 銀株は、勝手に、エルサなら、力丸のことを大切にし、二人共が幸せになれるような気がしたのだ。
 勿論、男と女のことだ、何がどうなるかは解らない。
 確約はできない。
 しかし、第六感で、銀株はエルサと力丸が結ばれるような気がしたのだ。
 それで、銀株は力丸を執拗にからかっていたのだ。
 力丸も、まだ男と女のことでは初心だ。
 経験が皆無だ。
 そこで銀株の余計なお世話が始まったのだ。
 だが最初、力丸は鬱陶しそうに銀株の話を無視していた。
それでも、エルサは力丸に寄り添い甲斐甲斐しく身の回りの世話をよくしてくれていた。
力丸も、口では嫌と言うが、満更でもない様子であった。
それどころか段々、甲斐甲斐しいエルサの気持ちが、力丸にも伝わりだしていた。
力丸も、嫌な顔はしなくなった。
それだけでも進展だ、と銀株は信長に力丸とエルサの話しをした。
 しかし、戦を前にして、そんな浮かれたことを言っていられぬ。
信長に大目玉を食らうやもしれない。
力丸は、独り案じていたのだ。
 女性経験のない力丸は、必死にエルサへの感情を押し殺し抑えた。
 若い力丸が、傍に寄り添う女子を鬱陶しいと本気で思うはずがない、と銀株は思った。
 銀株は密に、信長にそのことも耳打ちした。
 
そんな浮かれた話もあり、戦の準備をする日々は、案外楽しい平和な時に変わっていた。
皆一つの目標に向かって力を合わせていたので、倭人もマナドの人たちも、外国人奴隷船員たちも、オランダ人たちも、和気藹々楽しい時を過ごすことができた。
笑い声さえあがるようになっていた。
和気藹々であった。
信長も、皆が結束している様子に満足していた。
皆の心が一つになれば、不可能なことはなくなる。
絶対に勝てる。
結束することこそが、最大の武器になるということを信長自身は過去の戦の経験から知っていた。
信長は、そんな彼らの姿を嬉しく思った。
 
 そんな平和な日々が暫く続いた或る日、ポルトガル人の若い男が三人、先遣隊としてマナドに帰って来た。
 すっかりマナドの様子が変わっているので驚いたその男たちは、本隊に報告の為に戻ろうとした。
その男が踵(きびす)を返した刹那、、蘭丸が一人を問答無用で一刀両断に斬り捨てた。
残りの二人は、驚き腰をぬかした。
自分たちも、斬り捨てられあの男と同じような運命を辿るのではないかと恐怖で震えていた。
二人はまだ若かった。
その後、残った二人はマナドの戦士に捕まえられた。
マナド戦士にとっては、初めて敵と対峙したことになった。
顔見知りのポルトガル人ではあるが、敵にはかわりない。
彼らマナド戦士は、初戦だったのでかなり興奮していた。
しかも上手くいったので、必要以上に高揚していた。
実際に、彼らは何もしなかったのだが、敵と対峙したということで、興奮していた。
 捕らえられた若いポルトガル人の男たちは、直ぐに信長の前に引っ立てられた。
 弥助とフロイス神父は、その若いポルトガル人たちから本隊は今どの辺りにいるのか、どのくらいの武器と人数、兵力なのかを訊き出した。
そして、迎えのポルトガル船は何時来るのかも訊き出した。
 その話を総合すると、本隊は、ここから三日ほどでマナドに到着する距離にいるとのことであった。
 迎えの船は、今から一〇日後にマナドに着く予定だそうだ。
自分たちを乗せてマカオに向かうと、隊長が言っていたらしい。
 その船は、貿易船ではなく、軍艦だということだ。
ポルトガル政府公認で、ここの金山を探しに来ているので、軍艦が迎えに来るのだということであった。
 軍艦という響きを聞き、信長の心は密に燃え上がった。
 また軍艦が手に入れば、色々な可能性も増える。
船も増えれば、今までより荷物も積める。人も多く乗せられるし、船同士での戦いも優位に立てる。
 信長の夢は一挙に膨らんだ。
天竺も、欧州への夢も、夢ではなくなる。
 いよいよ時が迫っている気がした。
やはりマナドに留まったことは間違いではなかった、と信長は思った。
 勝負は、一〇日後のマカオからの船が到着するまでにつけなければならない、と信長は思った。
 そして、到着したマカオからの軍艦も乗っ取てしまおう、と信長は独り心に誓った。
 そのことを、フロイス神父に、オランダのヤン・ヨーステンに伝えるように申し付けた。
 既に、マナドの湊には二隻のオランダ軍艦と貿易船一隻が停泊していた。
 信長一行の船七隻を加えると合計で十隻であった。
 ヨーステンは、直ぐに、オランダ軍の兵士を半分だけ上陸させるてくれるとの報せであった。
 
 今までは、自由にしておいたポルトガル人の妻になったマナド人女、子どもたちとポルトガル人老医師は、船に移すことにした。
 万が一、敵に寝返ったり、逃げ出し情報漏洩したりしたら困るからだ。
 捕まえた二人の若いポルトガル人の男たちは、船には連れて行かず、浜辺近くの椰子の木に鎖で逃げられないように繋いだ。
奴隷船員たちを繋いでいた鎖と手枷足枷が山ほどある。
 捕虜として、船に移したポルトガル人の妻になったマナド女とその子どもたち、そして、ポルトガル人老医師と銀株も一緒に、船に返すことにした。
危険な思いはさせられない。
護衛には、雲水と全独狐を付けた。
元々、銀株を護衛することは、雲水と全独狐の役目であった。
しかし、銀株はそれを断った。
「雲水とと全独狐も参戦させて、私は自分の身は自分で守る。それに如水様や影の軍団の強者も何にか残っている」
 そういって、雲水と全独狐を残して船を出した。
銀株を先頭に、日乃本の女たちとマナドの女子どもたちも船に向かった。
入れ替わりに、オランダ軍兵水兵たちが上陸してきた。
 
不貞腐れる銀株に、信長は言った。
「男は男らしく、女は女らしくだ」
 それでも納得しない様子の銀株であった。
 すると信長はこう続けた。
「男には男にしかできぬ生まれつき課せられた役目がある。女には女にしかできぬ生まれつきの役目があるのだ。男には、子どもは産めない。女には、女にしかできない、大切な役目、子孫を残す役目があるのだ。その役目を果たしてくれ。そうしてくれると、ワシは嬉しいぞ」
 しかし、男勝りの銀株は納得しなかった。
「何故、男だ、女だ、と区別し差別するのですか?銀株は納得できません」
 困った様子の信長であった。
「銀株・・・」
 と言って口籠り、その後の言葉が続かなかった。
「男でも銀株より弱い者もおります。戦うことの嫌いな者もおります。銀株のように、男より強い女もおります。差別し、区別することを銀株は好きではありませぬ」
「それはそうだが、それは差別や区別ではない。男にしか出来ぬこと、女にしか出来ぬことがあるのは事実だ」
 頬を膨らませ、信長の方を見ない銀株であった。
 明らかに不愉快な表情を露わにしている。
困り果てた信長であった。
「男には子どもは産めぬのだ」
 仕方ないという様子で銀株は言葉を吐き捨てた。
「ご無事で。ご武運をお祈りいたします。御差別様」
 と不貞腐れた様子で言嫌味を吐き捨て、船に向かう小舟に乗り込んだ。
 すると、小舟に乗り込もうとする銀株の下を海からオオトカゲが顔をヌックと出した。
 驚いた銀株は、海に落ちそうになり、大声で叫んだ。
「キャー」
 するとその叫び声を聞いた信長が、銀株の元へと駆け寄った。
「大きいトカゲだのう」
 そう言うと、信長は太刀を抜刀し、オオトカゲに振りかざした。
 するとそのオオトカゲは、急に素早く海の中へと潜り素早く泳ぎ去って行った。
「あんなに大きく、泳ぐ蜥蜴(とかげ)をみたことがないぞ」
 と信長も驚いた。
「今のは、人を喰ったりはしませぬ。しかし、似た大蜥蜴がおり、そいつは獰猛です。キング・コブラでさえ敵いません。喰われます」
 と五十六が口を挟んだ。
「で、あるか」
 と言って、信長は銀株たちを送り出した。
 
 騒ぎ立てたことをはにかんだ銀株は笑顔で信長に手を振った。
 何もなかったかのように、機嫌良さそうに破顔一笑で手を振っている。
女子どもたちは、銀株と一緒に無事に小船で母船へと戻って行った。
 信長にとっては、戦は神聖なものだ。
一瞬判断を誤れば、命取りになりかねぬ。
真剣勝負なのだ。
 女子どもがいては、気が散り判断を誤ってしまう。
 信長は、女たちを問答無用で母船に戻した。
しかし、それは男尊女卑ではない。
 いや逆だ。
彼女たちや子供たちを人一倍大切に思い、案じてのことであった。
それ故に、判断を誤りかねないことを懸念したのだ。
 母船が一番安全である。
彼女たちを運んだ後、小舟は母船にそのまま残し、マナドの浜には戻らせなかった。小舟は帆船に釣り上げさせた。
もし小舟が取られたり壊されたりしてしまえば、致命的になるやもしれぬ。
 信長は、背水の陣でポルトガル人を迎え撃つ覚悟であった。
 
 これで、すっかり準備が整った。
信長を大将に、森蘭丸、森力丸、弥助、右近と如水の六人は、それぞれの隊の頭に任じた。
そして、戦に備えて腹ごしらえを皆でした。
 マナドの人たちも、信長一行も、外国人奴隷船員も、奴隷として船に乗せられていた倭人たちも、そして、オランダ人水兵たちも、皆の憎しみが一致していた。
 それはポルトガル人への憎しみであった。
 本能寺の変で陰謀によって日乃本を追い出された憎しみ、奴隷として理不尽に日乃本から連れ出された憎しみ。
 そして、平和な村マナドを土足で踏み躙り、金鉱脈を盗み出そうとすることへの憎しみ。
 どれをとっても、信長には等閑にできない、ポルトガル人の身勝手は許されぬ行為であった。
 それらの思いが、憎しみとなり彼らの共通の敵ポルトガル人ということになっていた。
 それだけではない。
 今は、オランダ人たちのスペイン人とポルトガル人たちへの憎しみも加わった。
 そもそも、イエズス会を使って、日乃本にも布教活動をし、その後に明を攻略し植民地としようと裏で糸を引いていたのは、スペインのフェリペ二世だ。
 敵は、ポルトガルとスペインだ。
 いよいよ決戦の時が迫って来ていた。
 敵もハッキリしている。
 後は討ち負かすのみぞ。
 この緊張感が、信長は好きであった。
伸るか反るか、結果は己次第と腹を括った。
この瞬間、何者にも代え難い満足感と責任感を肌で感じることが出来る。
 信長は、そう思いながら高揚感を覚えつつ敵を待った。
 信長は、人生を達観しており、悟り切っているところがあった。
 死を恐れぬのはその所為だ。
それでも、やはり、何度戦を経験しても、戦が始まる前の緊張感と高揚感は、拭うことはできない。
死を恐れぬというのは、嘘だ。
信長でも、死は怖い。
だが、そもそも人は生まれながらに仏であり、生きながらも仏であり、死んで成仏しても仏なのだ。
ならば何を恐れる事があるものか、という悟りの境地に既に至っていたのだ。
しかし、何度経験しても、この緊張感は変わらない。
 不思議なことに、始まってしまえば、それまでの緊張感と高揚感は嘘のように吹き飛んでしまうのだが。
本当に不思議なことだ。
何度経験しても同じだ。
慣れるということがない。
不思議だ。
始まるまでは、手に汗を握るし、落ち着かぬ、腹もゴロゴロ鳴る。
不思議なことだ。
心だけでなく、身体も緊張するのだ。
 
 信長はどちらかというと、待つ戦いよりも、自ら攻めかかる奇襲戦を得意としてきた。
「ホトトギス、鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」という言葉が、よく信長の性格を言い表していると言われるが、信長自身が短絡的で、短気だから、というのはまったくの誤解である。
 信長は、常に主導権を取らなければ、戦には勝てないと信じている。
 逆に、相手に主導権を取られたら、その瞬間、勝敗は決すると信じている。
 決して短気や、短絡的な訳ではない。
言わせたい奴には言わせておけ、と信長は意に介さなかった。
 どんなことでも、自分から主導権をとらなければ、物事は成就しない。
 最初から勝てぬ戦は戦わない。
 それが信長流だ。
そう信じる信長の言わんとしていることは、自分から積極的に物事を進めなければ、やらないことと同じということだ。
進める勇気と気力がないのなら、最初からやらぬことだ。
一番駄目なことは、何も試さないで、試す事、やることを諦めてしまうことだ。
これは一番愚かなことだ。
為せるか為せぬかは、神のみぞ知る事だ。
にもかかわらず、遣る前から諦めてしまうことは最も愚かなことであると信長は思っていた。
例え失敗したとしても、失敗する勇気は評価に値する。
だが、最初から諦めて何も遣らないことは、最も愚かなことだ。
そういう者は、唯の敗者だ。
何も得られはしない。
試すことが怖いのは、誰でも同じだ。
人間なら誰でも怖い。
だが、その怖さを乗り越えることこそが何より大切な勇気だ。
例え失敗しても、その経験は後に成功へと繋がる。
だが、そこで迷うだけで一歩を踏み出さなければ、何も始まりもしない。
無と同じだ。
何も遣らなかったことと同じだ。
ただ夢想しているだけ、と言われても仕方がない。
そのことを肝に銘じなければならぬ。
出来るか、出来ないかの可能性は皆平等に与えられている。
だが、問題は、その一歩を踏み出す勇気を持っているか否かということだ。
それで、その人間の未来がどうなるかが変わる。
価値が変わるのだ。
その一歩を踏み出す勇気がない者には、未来は訪れない。
夢想しているだけのことだ。
要は、勇気を出して、一歩を踏み出すことこそ最も大切なのだ。
それが出来るか否かで、その人間の未来は大きく変わる。
唯の人で終わるか、それとも何かを為す人になれるかの岐路だ。
そのことを肝に銘じなければならぬ。
 実際、信長のこれまでの人生を振り返ってみると、そのことが理解できる。
桶狭間然り、長篠の合戦然り、比叡山の焼き討ち然り、一向一揆征伐然り、どの戦も先手必勝で成し遂げてきた。
何故そうできたかというと、自分を信じ、最初の一歩を踏み出す勇気を持つことができたからだ。
それは自分自身だ。
他の誰でもない。
誰の助けでもない。
自分自身なのだ。
そのことを理解しなければならぬ。
 そのことを信長は自分で理解して戦を行ってきた。
 戦は良くないし、好きではない。
 だが、勇気をもって、一歩を踏み出さねば、その先へ進むことさえできない。
 そのことを知ることで、その人間の人生は大きく変わる。
 要は、御託ではなく、勇気を持つことだ。
 それだけだ。
 それが勝つ為の唯一の秘訣だ。
 勇気なのだ。
 信長はそう信じて疑わない。
逆に、裏を返せば、主導権を取れない戦は、最初から戦にしようとも思わない。
これが、信長流の戦の遣り方だ。
 このことは、どんなことにも、当てはめることが出来る。
この遣り方は何にでもあてはまる、と信長は信じている。
 これぞ信長流だ。
 
 そんな御託を並べていた信長は、力丸の方へ向き直った。
「力丸、エルサを好いているのであろう」
 と突然信長が力丸に訊いた。
 力丸は、あまりに突然意表を突かれたので驚いた。
 力丸ははにかんで下を向いた。
「力丸が、エルサを銀株たちと共に船に送り出す時の様子を見ていれば、その方の気持ちは誰が見てもよく解る」
 益々困った様子になる力丸であった。
「何故、本当の気持ちをエルサに伝えぬ。エルサは、力丸のことを本気で好いているではなないか。力丸もエルサのことを好いているではないか。勇気をだせ。良いな。戦が終わったら、エルサと夫婦(めおと)になれ。ワシと銀株が仲人と媒酌人をやる」
 信長が、そう力丸に言った。
「御意」
 と力丸がはにかみながらそう言った。
「女子とのことも、戦と同じよ。勇気を持った者の勝ちだ良いな。肝に命じよ」
 と信長が言うと、力丸は畏(かしこ)まった。
 

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