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NOBUNAGA 奪盗

歴史ファンタジー大河小説

奪盗(だっとう)
 
 いよいよ奇襲の時がきた。
 信長は、奇襲と野戦を得意としていた。
桶狭間で、織田家の何倍もの兵力を持つ今川義元と対峙し討ち破ったのも奇襲攻撃であった。
それどころか、桶狭間で僅かの兵と共に雨宿りをしていた今川義元の首まで掻いた。
そのことで、信長は、一気に時の人となった。
日乃本中の武将たちが、今川義元を僅かの兵力で撃ち負かし、大将である今川義元の首まで掻いたのだ。
「奇襲の信長」とさえ言われる程に有名になった。
反面、尾張の小童がと馬鹿にする武将もいた。
そういう武将は、「運が良かっただけぞ」と言って信長を侮った。
まさか信長が、用意周到に状況を把握し、ことに臨んでいたことなど知らない愚かな武将たちであった。
 天気をも味方につけ、周到に計画を立て罠に追い込んで信長勝ったとは、そういう愚かな武将たちは想像さえしなかった。
信長の戦の遣り方の原点は、野駆けをしていた頃に、狩りをして動物を相手に腕を磨いていたのであった。
 奇襲とは、天候や諸々の運も味方に付けなければ成し得ない極めて難しい戦法だ。
 桶狭間の戦の時も、二万五千の今川軍に対し、信長軍はたった二千弱の兵力であった。
桶狭間の戦では天候が信長に味方した。
 否、信長は天候まで、予知していて味方に付けたのだ。
事前に雲の動き、風の方向、臭い、色々な自然現象から、信長は桶狭間の天気を読み解くことができるようになっていた。
 特に、よく地の利を得た場所である桶狭間、手にとるように天候の変化さえ信長は読み解くことができるようになっていた。
 事前に修練し、そのような情報を頭に刻み込んでいたのだ。
 地元の民たちに話を訊いたり、八卦師に訊いたり、情報収集をして、奇襲の場所を桶狭間と決めていたのだ。
 あれは、奇襲であって奇襲にあらず、と信長自身は思っていた。
 あの日は土砂降りの雨であった。雨が全ての音を掻き消してくれた。
 大雨が降る日を狙って、今川義元を誘き出し、桶狭間に導いたのだ。
 今川義元を、桶狭間まで誘き寄せる手立ても事前に策を施してあった。
 その上、二万五千の軍勢に胡座をかいていた今川義元に油断もあった。
「織田の小倅など、取るに足らぬは」
と信長を舐めて掛かっていた義元であった。
だが、その侮りによって、呆気ない予期せぬ終焉の時を迎えることになって仕舞ったのだ。
織田の子倅は、軍神のような力で、勝利を自ら導きだしたのであった。
 蓋をあけてみると、信長の機を突く奇襲作戦は功を奏し、今川義元は首を掻かれた。
 洋の東西を問わず、歴史に残る稀に見る有名な戦となった。
 多勢に無勢、今川軍は織田軍の十倍以上の兵力であった。
 だが、その十分の一にも満たない兵力で、信長は義元を打ち負かし、今川義元は、織田軍兵士の刃にかかり首を掻かれてしまったのだ。
 一夜にして天下の形勢がひっくり返った。
大将今川義元の首を信長に掻かれた今川軍は敗走し、烏合の衆と化した。
 今川氏真が今川義元の跡を継ぎ今川家を束ねようとしたが、まだ氏真には家臣たちを束ねる力は備わっていなかった。
 あるのは根拠のない自信と驕りだけであった。
 信長とは、あるで月とスッポンのようであった。
 父義元が大きすぎたのだ。
 ただの父義元を笠に着る驕り昂る愚かな若武者にすぎなかった。
家臣たちの多くは、義元のカリスマ性を信じ今川家は纏まっていた。
 だが、氏真にはその器量はなかった。
若い、唯驕り昂る大大名の愚かな馬鹿息子
であった。
 もう少し時を経ていれば、氏真でも、今川家の猛者たちを束ねられたやもしれぬ。 
だが、少しばかり時が早かった。
しかし、それも運命だ。
今川氏真、今川義元の運命であった。
あれだけの大国が、一夜にして音を立てて崩れ去った。
戦国時代一の悲運であった。
 その機を狙って、甲斐の武田信玄が容赦なく駿河に雪崩れ込んできた。
最初から、信玄はそのつもりであったのだ。
 あるいは裏で蝶略し、信長が勝てるように図っていたのやもしれぬ。
 
 桶狭間の勝利は、他人には見えない信長自身の影での努力が実ったが故に為せた賜であった。
他人には絶対に見せない。
だが、信長は努力の人であった。
影で努力をし、それを他人に見せないことは信長の美学でもあった。
 確かに信玄も、裏で動いていたのかもしれない。
だが、それで信長を勝たせたというのは、これも老(ろう)略(りゃく)な信玄の驕りであった。
やはり信長の秀でた才能が、桶狭間を成功させ、義元の首を掻くこともでき、一気に全国区の強者武者と言われるようになったのだ。
 
 信長は、常に格好良く生きたいと幼い頃より思っていた。
信長の言う男振りの良さは、容姿や立ち居振る舞いだけの歌舞伎者ということではない。
如何に生きるか、という生き様の素敵さであった。
是非に及ばず。
如何に格好良く生き残るかということである。
 あの時は、武田信玄を味方にし、今川義元の情報を事前に得ていたのは本当であった。
信玄といえば、戦国時代、武将が誰もが一目置く名将であった。
 その名将武田信玄は、密かに織田信長という若武者に興味を持っていた。
 信長も、その名称の戦略を垣間見てみたいと思ったのだ。
 密に信長は、身を任せてみていたのだ。
信玄の方から密かに信長に対し機微を通じてきた。
 本来であれば信玄は敵である。
だが若い信長は、信玄の罠と解った上で、敢えて身を任せてみたのだ。
罠と解っていて信長は、知らない振りをして信玄の策に乗ったのだ。
 信長にはその度量も、勇気も若くしてあった。
度量とは一か八かの賭けに、己の身を置き賭けにのる度胸、勇気だ。
 その度量の良さによって、信長は、信玄のみならず、妻綺蝶の御尊父殿斎藤道三、マムシにも気に入られたのであった。
 どんなに頑張っても、歳もずっと上であるし、幾度の歴戦を勝ち抜いた強者で、名将でもあった。
 元々商人であった道三は、計算高く狡賢いところもあった。
 だが、そんな道三に、信長は惹かれたのだ。
 それ娘帰蝶を妻として娶ることには抗わなかったのだ。 
足掻(あが)いても到底信玄にも、道三にも太刀打ちなどできない。
 それならば、信玄の誘いにのり懐に飛び込んで信玄の人となりを見極め、気力を奪い取ってやれ、と信長は思った。
 道三も同じであった。
 娘帰蝶を娶り、道三の気力を奪い盗ってやれと思ったのだ。
 そういう勇気が、信長にはあった。
 奇しくも、信玄も、道三も、二人共海の無い山の国を領国している武将たちであった。
 それで、海のある尾張の信長に興味を惹かれたのであった。
信長には、両手を上げて捨て身になれる勇気があった。
その勇気で、信長は信玄や道三と繋がったのだ。
 残念ながら、信玄と直接面会することはできなかった。
だが、いつか実際に会う日の為のキッカケになれば、と思って信長は信玄からの情報を受け取ったのであった。
 
 信玄は、家督を奪取する際、自分の父親武田信虎を奇襲作戦で、甲斐から追い出し今川義元の元に蟄居(ちっきょ)させていた。
 そして、その後、今川、北条、武田の間で三国同盟を結び、お互い子供同士を縁組させていた。
 信玄の長男義信は、今川義元の娘を娶(めと)っていた。
 武田、北条、今川の関係は一見、盤石のように世間は見られていた。
そんなこともあり、今川家の動向は、手に取る様に信玄の元へ、父信虎からも義信の妻、義元の娘からも聞き出すことができていた。
 この時も、今川義元が上洛するに当たっての詳細な情報が信玄の元には届いていた。
蟄居(ちっきょ)させられている信玄の父信虎も、蟄居の身でありながら未だ武田家の行く末を案じて浮足立っている老人であった。
信虎は、内心、好機が巡ってくれば、また返り咲いて戦場で刀を振り回したいとさえ思っていた。
そんなこともあり、今川家の情報を逐一信玄に送っていたのだ。
 信玄としても、信長がどれだけの武将か試す意味で、自分の方から機微を通じて義元の情報を信長に提供したのであった。
 信長の器量を試すには、良い機会であった。
 それと信玄は内心、今川義元がいなくなればよい、と願っていたのだ。
 何故なら、甲斐には海がないからだ。
 もし今川義元がいなくなれば、直ちに駿河を攻め落とし、信玄は海を得ることができる。
海が無い劣等感は、甲斐の人々にとっては尋常ではなかった。
道三もまったく同じであった。
そのことは現代まで息衝いている。
 その証拠に、甲斐の土産物で代表的な物は、あわびの煮貝だ。
 また、全国一、寿司屋が多いのも甲斐の国だ。
まだこの頃、寿司は世の中にはなかった。
だが、海がない劣等感は、戦国時代から脈々と受け継がれて息衝いている。
海がないので、塩も不足する。
 信玄にとっては、京に上るのと同じくらい、否、それ以上に海が魅力的な存在であった。
 そんな信玄の夢は、最強の水軍を造ることであった。
その為に、信玄は色々と密かに準備をしていた。
水軍の猛者たちを集め、結集させようとしていたりもしていた。
 だが、肝心の海がなければ、所詮絵に描いた餅でしかない。
その意味でも、信長に情報を与え、今川義元の首を掻かせれば、信玄にとっては手を汚さずに今川家を滅ぼすことができる。
海を得ることができる。
そうなれば念願の武田水軍の創設も夢ではなくなる。
 信長は、そのような信玄からの情報を元に、桶狭間での奇襲作戦を実行することができたのだ。
 そして、信長は義元の首と共に、生涯愛用することになる名刀宗三左文字を戦利品として義元の亡骸から奪い取った。
 信長にとって、あの時の勝利への昂(たかぶ)りは、生涯忘れることはできない。
血肉に染み付いたあの時の感覚が、信長を負けないように気力を充実させ続けてくれている、と言っても決して過言ではない。
 いくら神童とはいえ、神様頼みだけでは勝てない。
持って生まれた戦上手、武芸に秀でているからこその負け知らずの信長であった。
 そんな信長にとっても、今回のような奇襲は初めての経験であり緊張した。
 奇襲自体に緊張したのではなく、奇襲を掛ける為に、その罠に導くことが上手く運べるか緊張していたのだ。
一見奇襲には見えるが、実は信長の視点では、今回の策は奇襲ではなかった。
罠に追い込み捉えることが、これほど大掛かりで、実際の戦で実現させたことは、信長にとっても初めての経験であった。
 自分独りの思惑だけではなし得ない。
家臣が信長の命令に従い、思惑通りにことを運んでくれるか否かが信長を緊張させたのだ。
 もし、家臣たちが思惑通りに動いてくれなかったら、そして、敵がその罠に引っ掛からなければ、今川義元の首を上げる代わりに自分自身、織田信長の首が上げられていたやもしれぬ。
 信長は、陰で準備を整え万端にしてから戦に臨む、石橋を叩いて渡る武将であった。
 だからこそ、ここまで歴戦を勝ち抜き、生き抜くことが出来たのだ。
 案外世間では、そのことは知られておらず、「ホトトギス、鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」などと信長の性格を表す句も残されている。
 だが、それはまったくの間違いだ。
信長は情報収集と事前準備を怠って戦いに臨んだことは一度たりともない。
いかにも奇襲戦のように世間では言われ、一見見えるが、どんな時も準備万端にことを為す手堅い武将なのである。
決して怠り事に臨むことはない。
 にもかかあらず、今回は情報がまったくないのだ。
本来、いつもの信長ならば、情報も準備もない戦には、参戦しない。
奇襲をかけること自体、躊躇うはずであった。
情報もなく、敵の数も分からないのに僅かな手勢で挑むのは、あまりにも無謀である。
勝ち目は少ない。
 そのうような状況下ではあったが、信長は今回の奇襲に賭けていた。
伸るか反るかの勝負だと思っていた。
その理由は、軍艦だ。
何としても、このポルトガル海軍の軍艦を自分のモノにしたかったのだ。
この軍艦を奪ったら、如水に進呈し、黒田家の船にさせるのだ。
 如水の船が津波で仕えなくなった以上、この軍艦を手に入れなければ、これから先、何も始まらない、と信長は覚悟したのであった。
 マニラの時のように、容易に奪い盗れることを心底祈った。
 そのような状況下、小舟をそっとこの軍艦に寄せて繋留(けいりゅう)し時を待つ信長は、軍艦内の騒ぎの様子から敵の人数を密に推し計っていた。
 信長は、緊張していた。
無用に屁を連発した。
いつになく緊張している証拠であった。
腸の活動が活発になってしまっていたのだ。
 大事な奇襲の前に不覚を取ってはいけない。
信長は船縁から尻を海に投げ出し、糞をした。
糞を我慢して、糞まみれになり、戦に負けたのでは笑い話にしかならない。
良い笑い者になってしまうのがオチだ。
正に、文字通り「糞塗れ」になってしまう。
冗談として笑うこともできない。
こういうところが、信長の人並み外れているところだ。肝が据わっていると言われる所以であた。
 幸い海の波音が糞を垂れる音を掻き消し、潮風が糞の臭いを散らしてくれた。
これで準備万端整った。
敵は油断している。
まさか誰も、この暗闇の海の中から奇襲を掛ける者がいるとは思いもしないはずである。
油断して多くのボルトガル船員たちは泥酔して寝込んでしまった。
音がしなくなった。
 これ以上の好機は、今後訪れないであろう、と信長は笑みを浮かべた。
 影の軍団と海乱鬼たちが、船縁へ縄を投げ込んだ。
その縄を伝わって、彼らが最初に艦上に躍り出て、ポルトガル軍の軍艦に乗船した。
続いて、皆寝入っていることを確認し、信長たちに報せた。
その報せを受けて、信長たちは一斉に軍艦へと乗り込んだ。
 案の定、甲板にも船室にも、泥酔したポルトガル人水兵たちが酔い潰れ爆睡していた。
 弥助は信長に命じられ船底に降り、奴隷船員たちを開放すると約束し味方に付けた。
そして、彼らを繋いでいる鎖を解いてやった。
 奴隷たちを解放した弥助が甲板に戻ったところで、信長と蘭丸は顔を見合わせ、抜刀し一挙に奇襲を掛けた。
まず艦長と思われる男の寝首を掻いた。
声を上げる間もなくその男は絶命した。
だが、泥酔している船員たちは異変にも気がつかない。
 奴隷たちが船底から駆け上がってきて初めて、多くのポルトガル人が目を覚ました。
 しかし、奇襲とは気付いていない。
寝ぼけていて何が起こっているのかもわかっていない様子で右往左往していた。
 ただ奴隷たちが逃げ出したことは理解した。
だが、奇襲だと気付いた時には、その奴隷たちが普段の鬱憤(うっぷん)をはらし、ポルトガル人水兵たちを滅多打ちにしていた。
 信長たちが斬り捨てる必要はなかった。
そもそも艦長の首はもう取ってあるのだ。
そう思い安堵した信長一行であった。
 だが、それが不覚であった。
寝首を掻いたのは、艦長ではなかったのだ。
立派な制服を着ていたので、艦長と勘違いしてしまった。
だが、それは艦長の軍服を酔っ払って勝手に着ていた一介の水兵であった。
酔っ払った水兵が、酔っ払って爆睡する艦長から奪い取って着ていた制服だったのだ。
満々と騙された。
彼は騙そうとして艦長の制服をきていたわけではなかった。
だが、艦長にとっては、殺されずに済んで運が良かった。
 一人の男が、その騒ぎが収まりかけた頃、海に飛び込んだ。
信長は不覚を取ったと悟った。
大きな声で、海に飛び込んだのは誰だ、と弥助に奴隷たちに訊かせた。
 すると奴隷たちの答えは、信長の予想通りであった。
「飛び込んだのは、ゴメス艦長だ」
 と奴隷たちが叫んだ。
 艦長を生かして逃せば、後々禍根を残す。
失敗した、と信長は余りの悔しさに船縁を叩き大きな奇声を発した。
 だが、後の祭りであった。
 力丸が間髪を入れず海に飛び込んだ。
 しかし、一足先に海に飛び込んだ人影は、月明かりに照らされマナドの砂浜の方へ向かって泳いでいく。
酔っ払っているとは思えぬほどスイスイと軽妙に泳いでいく。
 それに引き換え力丸は、もたついていた。
地上では、縦横無尽に相手を切り倒す力丸だが、泳ぎは得意でなかった。
水の中では縦横無尽どころか子供の泳ぎよりも劣っていた。
 気付くと船長らしき人影は、波の間に消えて見えなくなっていた。
 力丸は、泳いでいるのか溺れているのか分からないようであった。
 だがその時、急に月明かりが煌めき、力丸を照らした。
その白光は、何と信長の母船に待機していた銀株と結ばれ照らし出されていた。
 まるで月の光が力丸を救い上げるかのように、力丸の身体は水の中から宙に浮かせた。
そして、信長の傍らに降り立った。
 びしょ濡れの力丸は、信長の前に跪いた。
「申し訳ございません。お館様」
「地に生まれし力丸が、海に生きる艦長に敵うわけがございません。あさはかでした」
 頭を垂れる力丸であった。
「是非に及ばず」
 と信長は一言吐露した。
落胆した力丸は、宙を浮いて戻り着いたことに気付いていなかった。
周りにいたポルトガル人と奴隷たちは、目を丸くして驚き腰を抜かしていた。
酔いが覚めていないのか、悪い酒を飲んだのか、と未だ理解出来ぬ儘、只々度肝を抜かれていた。
 正気の奴隷たちは、宙に浮いた力丸の姿を目の当たりにし、恐れ慄いた。
 信長も驚いた。
 だが、その神通力よりも、銀株にもそのような神通力があったことに驚かされたのであった。
そして、信長は独り呟いた。
「やはりこれは天が定めし運命なのだ。ワシが背負った運命なのだ。その運命の旅が始まっているのだ」
 と信長は、密かに、そんな天に定められし運命を実感していた。
 
 

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